1-5 スキル鑑定
買い物を済ませた俺たちは、そのまま町の外の草原に来ていた。
空は青く、風はさわやか。見渡す限りの緑の絨毯。異世界の大自然の中、記念すべき初仕事である。
そして俺は、開始10分で途方に暮れていた。
……どれが薬草だ?
しゃがみ込んで地面を見る。草。草。草。ぜんぶ草だ。ギルドでもらった薬草の絵と似た葉っぱは山ほどあるが、微妙にギザギザの形が違ったり、葉の裏の色が違ったりする。しかも、たまにバッタが飛び出してきて、俺の心臓を止めようとする。
前世の草むしり知識は完全に無力だった。昨日までコンクリートジャングルで働いていた現代人の男に、草の見分けなどつくわけがない。
ノルは少し離れた場所に立ち、黙って周囲を警戒している。手伝ってはくれない。
いや、正確には、俺が手伝わせていない。
ノルの契約区分は「護衛奴隷」。業務内容は「主人や施設の護衛及び警備」と明確に決められている。つまり、警護であって採取ではない。契約外の業務をさせるわけにはいかないのだ。契約の業務範囲は厳守する。前世での派遣会社とのトラブルが頭をよぎる総務人間の悲しい性だ。あの脳筋営業課長とセクハラ役員め。異世界まで影響をあたえやがって。
昼になった。宿で作ってもらった弁当(黒パンと干し肉、二人分で600ゼナ)を、木陰で二人で並んで齧る。
「全然わかんない……」
つい、愚痴がこぼれた。籠の中には、薬草の可能性がある草が数本。これで100ゼナになるかも怪しい。日給3,000ゼナの護衛を雇っておいて、売上がゼロでは話にならない。
ノルに薬草(暫定)を見てもらったが、ノルも薬草には詳しくないようだ。元騎士だし、薬草採取なんてしたことはないのだろう。
思わず大きなため息をつくと、干し肉を噛んでいたノルが、珍しく自分から口を開いた。
「主は、何かスキルを持っていないのか」
「スキル?」
「さっきギルドで申告しただろう。それを活かせる依頼を選んだ方がいい」
……そういうことは、早く言ってくれよ。
だが、スキルは持っていなかったはずだ。魔力はあるが上手く使えないという記憶が薄っすらとある。──いや、待て。スキル。このキンネ少年の体が、わずかに震える。何かが引っ掛かる。俺は目を閉じ、元の少年の淡い記憶を、慎重に探ってみた。
6歳の誕生日。
両親と手を繋いで、お出かけする。
父親も母親も「楽しみね」と笑っている。
石造りの、ひんやりした大広間。
真っ白で静謐な空間。
──神殿。
何組もの家族が緊張して並んでいる。
嬉しそうな顔。
がっかりした顔。
苦笑いをしている顔。
結果を聞いた家族が様々な表情をしている。
俺の順番がやってきた。
優しく促されて、大きな水晶に両手を乗せる。
水晶に手をかざした神官が、困惑した声で告げる。
「クリマイト……? 聞いたことがないですね」
ざわつく大人たち。
他の神官も次々と手をかざして難しい顔をする。
「新しいスキルだ」
最後に、煌びやかな衣装を着たお爺さんが出てきて、
水晶に手をかざして高らかに告げる。
「この子は神殿預りとする」
青ざめる父。
「神殿預りになったら、二度と会えなくなるわ」
母の手が、俺の……少年の手を、強く握りしめた。
そして、夜の街道。
必死に荷馬車を走らせる父親。
俺に覆いかぶさって、泣き続ける母親。
神殿からの追手の可能性に怯えている。
それから──盗賊。
悲鳴。
切られて真っ赤に染まる父親。
荷馬車から引きずり降ろされる母親。
「逃げて! キンネェェ」
興奮して暴れる馬。
崖から転がり落ちる荷車。
浮遊感。
視界いっぱいに広がる星空。
衝撃。
そして、一瞬だけ過ぎるあの日の映像。
畳と西日と長く伸びる影。
俺は目を開けた。心臓が、嫌な速さで打っている。
この少年の体は、悲鳴を上げるように震えていた。
……そうか。そういうことだったのか。
この子は、正体不明のスキルのせいで神殿に囲われそうになり、両親と逃げる途中で盗賊に襲われた。両親は殺され、この子は荷車ごと崖から落ちて──そこに、俺が入った。
俺を見つけた警備隊の人が言っていた「崖の上の遺体」の意味と、俺を見る痛ましげな視線、これは全部お前のものだと拾い集めてくれた荷物が、ようやく全部つながった。忘れたい昔の記憶まで、まとめて思い出してしまった。
黒パンを持ったまま固まっている俺を、ノルが無言で見ていた。
「……あったよ、スキル。でも、その……変わったスキルみたいで、俺も、使い方がわからなくて」
「なんてスキルだ?」
俺は一瞬、言葉が出てこなかった。どうやら秘密にした方がよい類のスキルのようだ。ノルに教えても大丈夫なのだろうか。
「特殊なスキルか? 主人に関する守秘義務も俺の誓約に入っているが」
ノルがここまで言ってくれることにビックリした。
俺は思い切って話すことにした。どちらにしろ、今後はノルと協力していかないといけない。虎穴に入らずんばだ。
「えっとさ……『クリマイト』ってスキルなんだけど」
「クリマイト? 聞いたことが無いな」
ノルは口元に手をあてて考え込んでいる。
「神殿でも初めてのスキルだったみたい。そのせいで神殿預りにならないように住んでた町から逃げて、途中で両親は死んでしまったんだ」
「……そうか。……神殿にも記録が無いのか」
ノルの表情が厳しい。神殿預りのことは言わない方がよかったのだろうか。
でも、使えなければ意味がない。
くりまいと。クリマイト。
自動翻訳されてるみたいだし、日本語で考えても大丈夫だよな?
栗舞人、久里my都、違うな。
色々な言葉の組合せを頭に浮かべる。
九里、栗間、米、クリスマス、might、違う。
クリマ意図? それともクリマ──
『糸』
その一文字を頭に浮かべた、瞬間だった。
視界が、変わった。
正面に座るノルの体に──白い糸が、巻き付いて見えた。
瞬きしたら、もう消えていた。だが確かに見えた。腕に、肩に、胸に、顔以外の全身に細い白い糸が、何重にも巻き付いていた。
「……ノル」
「なんだ」
「今、体に白い糸が」
言いかけて、もう一度、意識して念じる。糸。糸だ。見えろ。
視界に、白い光が弾けた。
明日は2話、投稿します。
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