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転生総務課長代理(6歳)が奴隷法を律儀に守ったら、死にたがりの元騎士がやたら過保護で最強の相棒になりました。  作者: 雪凪


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1-4 果たすべき責任

 ギルドを出た俺は、まず服屋へ向かった。道具より先に、やるべきことがある。


 隣を歩くノルの格好は、ひどいものだった。薄汚れた麻の、ワンピースみたいな奴隷服が1枚。足元は擦り切れた草鞋。昨夜の大部屋でも、一番、酷い格好だった。衣食住の「衣」が、査定不能レベルである。


 安い小さな店で、黒のシンプルなチュニックシャツとズボンを店主に選んでもらう。ノルは案の定「今の服で問題ない」と抵抗したが、「試着は業務命令です」で押し切った。着替えて出てきた姿は、どこからどう見てもまともな……いや、まともを通り越して、体格のいいイケメンアクション俳優のようだった。素材がいいとペラペラの安物の服でも高級ブランドのように見える。ちょっと悔しい。


 ついでに、首輪が隠れる襟の高いマントを手に取ってノルに当てると、店主が慌てて首を振った。


「坊主、それはダメだ。奴隷の首輪を隠すのは犯罪になる。冬でも、首元の見える外套しか着せられないよ」


「へ? 隠したら罪……?」


 衣食住の保証は使用者の義務と言いながら、首輪を隠すのは禁止。奴隷を保護したいのか、差別させたいのか、よくわからない法律だ。俺は釈然としないまま、マントの購入は止めて、締めて4,300ゼナを払った。古い奴隷服は、ノルが武器の手入れ布にするというので持ち帰る。まだ、武器は無いが。


 次は道具屋だ。このあとすぐ薬草採取に出るなら、装備というものが要る。


「ノル、草原の薬草採取に必要なものを教えてくれ」


「不要だ。行って、摘んで、帰るだけだ」


「何があるかわからないだろ? 地震とか台風とか」


「じしん? たいふう? 主は何を言ってるんだ」


「マジか。ここは平和だな。じゃあ、ちょっとだけ危険な狩りに行く時に必要なものを教えてくれ」


 道具屋は、雑多な品で天井まで埋め尽くされた、宝の山みたいな店だった。

 近郊の地図、水筒の革袋2つ、エナジーバーみたいな非常食を6食分、傷薬(下級)を2つ、毒消し(下級)を1つ。上級の傷薬は綺麗なガラス瓶入りで3,000ゼナもするので、油紙にくるまれた500ゼナの下級品で我慢する。


「非常食も薬も不要だ。半日で帰る距離だ」


「ダメだ。災害用品3日分。これは俺の使用者としての義務だ」


 前世で防災備蓄の管理をしていた身としては、ここは絶対に譲れない。会社の倉庫に、試食して選んだ美味しい非常食や簡易トイレ、ポタ電やカセットコンロを山積みにした俺を舐めてもらっては困る。寝袋を買わないだけ有難いと思ってくれ。


 それから、砂時計。


「不要だ」


「時間の管理だ。労働時間は測らないとな」


 労働時間の管理原則は1分単位だ。本当は魔法懐中時計(最安1万ゼナ)が欲しかった。店の棚に、色々な機能がついた時計が魅惑的に並んでいる。だが今の財務状況では論外だ。砂時計の弱点は、ひっくり返し忘れたらその瞬間に計測が終わることだ。集中して作業していたら絶対に忘れる自信がある。金が貯まったら、真っ先に買い替えたい。


 会計を待つ間、ふと壁際の棚が目に入った。厳重なガラスケースに、地味な革鞄が1つ。値札を見て、俺は二度見した。


「えっ! 1,000万ゼナ? あの鞄が!?」


「魔法鞄。ダンジョンや長期遠征には必須だ」


「あぁ、空間魔法的なアレか。必須って……ダンジョン系の報酬は高額だからそのうち行きたかったのに」


「諦めろ」


「就職の面接にスーツが要るのに、スーツを買う金がないから就職できない、みたいな話だ……」


「すーつ?」


「事務職の戦闘用の礼服だ」


 ノルが微妙にずれた納得顔をした。とにかく、目標ができた。地道に稼いで、いつかは空間魔法鞄を買うんだ。異世界転生したからには、絶対に欲しいアイテムだ。




 店を出て、町の門へ向かう道すがら、俺は本題を切り出した。さっきの服屋から、ずっと引っかかっていることがある。この世界の奴隷法は、条文は立派なのに、どうも運用がおかしい。確かめておきたい。


「ノル。給料の話をしよう」


「……給料?」


 ノルの足が止まった。


「小冊子に書いてあったぞ。護衛奴隷の法定日給は、3,000ゼナ」


「あれか」


 ノルは興味なさそうに、歩き出した。


「気にしなくていい。形だけの決まりだ」


「形だけ?」


「主人は奴隷の日給から宿代と食費を引く。野宿と水だけでも高額だ。奴隷は働くほど、主人に借金が増えていく。そういう仕組みだ」


 今までで一番長く、ノルが話してくれた。だが、他人事みたいな淡々とした説明だった。


 俺は立ち止まって、ノルの手を引いた。


 あのな。それはな。


 『賃金全額払いの原則』違反なんだよ。天引きで実質賃金ゼロどころかマイナスなんて、前世なら労基署が跳んでくる案件なんだよ。しかもこの世界でも、小冊子にちゃんと書いてある。誰も守ってないのに咎められない方がおかしいんだよ。


 言っても無駄だと思いつつ、気づけば、口が勝手に動いていた。


「──私には、使用者として果たすべき責任があります」


「……は?」


「大陸奴隷法に基づき、あなたの雇用条件を通知します。日給3,000ゼナ、宿代・食費の控除は行いません。衣食住の提供は賃金とは別枠、使用者たる私の法定義務です」


 ノルは、俺を見下ろしたまま無言だった。


 いつも無表情な男の顔に、初めて明確な表情が浮かんでいる。強いて名前をつけるなら、「何を言っているんだこのガキは」だ。


「……主。日給3,000を、俺に払うのか」


「払います。ただ」


 俺は革袋の中身を思い浮かべた。5万を切っている。日給を毎日払っていたら、10日と保たない。ここで見栄を張って即金払いにして、結局、食い詰めるのでは本末転倒だ。


「正直に言います。今、即日の現金払いをする余裕はありません」


「ふん、だろうな」


「ですから、しばらくの給料は書面で発行します。未払い賃金証書。発生日、金額を明記して、あなたに渡します。いつでもあなたが換金を請求できる、正式な権利書です」


 俺はメモ帳を開き、ページの下半分に書式を書いてみせた。


 ────────────────────────

  【未払い賃金証書】

   発生日:10月02日

   発行者:キンネ


     金額3,000ゼナ


   ※ 請求権はノルグレン殿に帰属する

 ────────────────────────


 上半分には日付と金額だけ書き込んで、メモ帳に残す。書き終えたら中央にサインをして、それに掛かるように下半分だけを、ビリビリと破り取る。控えの上部と突き合わせれば、本物かどうか一目でわかる仕組みで、前世で言う割印だ。最近は電子契約が増えたし、封緘印も使うことはなくなっていたが、単純な真偽判定手段だ。


「これは見本です。第1号は、今日の業務が終わったら発行します。賃金は後払いが原則ですから。血判が必要であれば、名前の横に押しますので言ってください」


 ノルは紙切れを一瞥しただけで、手を出さなかった。


「ふん、単なる紙切れだ」


「確かに魔法契約の紙ではありませんが、書いてある中身は間違いありません」


「口だけの主人は、掃いて捨てるほど見てきた」


「お察しいたします。ですが、だからこそ証書にすることが大切なんです。口約束ではなく、証拠を残すことになりますから」


 ノルはしばらく黙って俺を見下ろしていたが、いつものように、どうでもよさそうに目を逸らした。


「……好きにしろ」


 全く信用されていない。見本を受け取ってくれさえしない。しょうがない、俺の行動の積み重ねで認めてもらうしかない。とりあえず、これから薬草採取だ。稼ぐぞー!






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