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転生総務課長代理(6歳)が奴隷法を律儀に守ったら、死にたがりの元騎士がやたら過保護で最強の相棒になりました。  作者: 雪凪


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1-35 指名依頼

 やはり上級癒し草は、ルーデンのどこにもなかった。


 道具屋を回った隊員が肩を落として帰ってきた。ギルドの素材倉庫も、秋の在庫は先月の質の悪い流行り病で使い切った後だった。そもそも上級ともなると、入荷自体が年に数えるほどだという。


 俺も自生している上級癒し草は、まだ見つけたことは無い。中級癒し草をスキルで巻けば上級にできるが、倉庫や道具屋の癒し草は全て粉薬になっていて、糸を伸ばすことはできない。


「隣町なら、あるかもしれん。だが早馬でも往復2日かかる」


 警備隊隊長のマドックさんが吐き捨てるように言った。

 医者は「今夜が峠」と言って首を振っていた。女の子が見つかった喜びも消え、みんなが項垂れていた。




 俺とノルは、昼過ぎにギルドに呼ばれた。応接間で待っていたのは、ガロスさんとザイデンさんの新旧ギルド長コンビだった。


「キンネ坊。単刀直入に聞く」


 ガロスさんに、いつもの温かな笑顔はなかった。


「お前は秋に、上級薬草2本をギルドの買取に持ってきたそうじゃな。上級癒し草が採れそうな場所に、心当たりはないか」


 ルーデンの町長からギルドへ依頼が来て、俺たちならとギルド長が受けたらしい。初めての指名依頼だった。


 俺はメモ帳を取り出して、秋の記録を探した。雪が積もった森では、中級癒し草すら見つけられないのは確実だ。だが、森の少し奥で見かけたある場所を、俺は思い出していた。ノルが見つけて連れていってくれた、あそこならあるいは。


『結界地より街道を北へ12分。大岩の手前から森の中へ16分。湯の湧く窪地。要調査』


 そのうち調べようとメモしたまま、冬になってしまった天然の温泉である。


「心当たりが一か所だけあります。この雪だし確実とは言えませんが……」


「キンネ坊だけが頼りじゃ。頼む」


「俺からも頼む。町長からは通常買取額の10倍、1本20万で2本頼まれている」


 熊のギルド長ザイデンさんも、「あの子は本当にいい子なんだ。助けてくれ」と頭を下げる。もちろん、俺も力になりたい。だが、俺だけじゃ行けない。


「ノル、連れて行ってくれる?」


 ノルの答えは、長い沈黙の後に返ってきた。


「──条件がある。主は俺の腕から、一歩も降りないこと。現地での待機はなし、採ったら即帰る。約束できるなら、連れて行く」


「全部、言うとおりにするよ。ノル、お願いします」


「うむ、仕方ない」


「おいおい、どっちが主人なんだ」


 ザイデンさんは呆れていたが、俺たちのことをよく知るガロスさんは、苦笑いしながら頷いていた。




 俺は雪豹のマントを羽織り、青緑色の手袋をはめた。ノルが俺を襟巻きでぐるぐるに巻いて、目の下まで覆う。ザイデンさんの高級な小型暖房魔道具を借りて、しっかりと胸元に入れる。魔力を流して起動するとほわんと暖かくなった。

 ノルには温石を柔らかい布でくるんだものがいくつも渡され、胸元や腰にくくりつけていた。なるほど、あれならノルでも温まるのか。次の休日狩りまでには用意しよう。


 ギルドを出ると、雪はまだ降り続いていた。コゲが先導し、ノルが俺を抱えて森へ向かう。森の中の1メートルは積もっている雪の上を、ノルはやっぱり少し沈むだけで、すいすいと進む。もちろんコゲも。


「ねえ、前から聞きたかったんだけど。なんで雪に埋まらないの?」


「歩き方だ」


「歩き方で済む話?」


「済む」


 済むらしい。騎士の技術は謎が多い。忍者が水の上を走るやつかな。足が沈む前に、次の足を出すとか? ……いや、気にするのは止めよう。学習させない男、それがノルだ。




 森の奥は、雪が全部の音を吸収して静かだった。コゲの足跡と、ノルの規則正しい息だけが聞こえる。俺の大雑把なメモでは位置がわかるか心配だったが、コゲが先頭を元気に走っていく。やがて、木々の間に、白い湯気が見えた。


「あそこだ」


「あぁ。コゲがちゃんと覚えていたようだな」


 記憶通りの、小さな窪地だった。覗き込むと、底が青みがかった小さな天然の温泉だ。そして周囲3メートルほどだけ、雪がない。地熱で解けるのだろう。緑の草が生い茂っていて、まるで砂漠の中のオアシスのように、雪景色とは別世界を作り出していた。


「──『見る』ね」


 スキルを使って目を凝らす。下草の緑の中に、白い糸がくるくると何か所か光っている。その中で5巻のものを探す。


「あった! 中級癒し草、2本!」


 ノルの腕から身を乗り出して摘み取る。瑞々しくて、いい状態だ。秋に採ったどの株より、糸の光が強い気さえする。温泉効果かな。


「よし、撤収! ……ノル、帰りながら、スキル使うから」


「……巻く気か」


「ルーデンに着いたらできないし、中級のままじゃ足りない」


 上級を2本、真冬に納品するなんて、噂になるに決まっている。「少し運がいい新人」レベルではなくなるのは明らかだ。

 だが、ノルは俺の顔を見て、ため息をつきながらも俺を抱える腕の角度を少し変えた。俺の両手が自由になる角度だ。


「危ないと判断したら、途中でもやめさせる」


「はい。労働基準監督官権限を認めます」


「倒れるまで魔力を酷使するのは、身体に悪い」


「人命優先のための不可抗力です。ちゃんと気絶する前に止めます」


 俺が(自分比)キリっとした顔を向けると、ノルは再び大きなため息をついて歩き出した。それにしても、ノルは急ぎ足になっても、腕の中はまったく揺れない。どういう体幹をしているんだ。




 1本目。腰の革鞄の上に置いた癒し草の糸に、指をかける。中級の5巻を上級の7巻にしなければならない。6巻。7巻──店で見た上級品と、同じ強さの光。でも、念のためにもう1巻。力を振り絞る。糸が、ひときわ強く輝いた。上級プラス1巻。


「1本目、完成」


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


 2本目。6巻。腕が鉛みたいに重くなり、喉が渇く。無理して巻数を増やしたせいか、かなり魔力が削られた感じだ。7巻。視界の端に、見覚えのある暗さが滲んでくる。8巻。まだだ、命がかかっているんだ。あと1巻。9──


 光が見えたから、巻き切ったと思う。ノルの呼び声が聞こえた気がした。そこから先は、覚えていない。




 目が覚めると、見慣れた宿の天井が目に入った。窓の外が明るい。朝のようだ。顔の横で、コゲが俺の頬をぺろぺろと舐めていた。そして枕元には、腕を組んで渋い顔をして椅子に座るノル。こちらも、ある意味、いつもの光景だ。


「……おはよう。癒し草は?」


「昨日のうちに、ギルドに渡した。『温泉のそばで、主が見つけた』と言っておいた」


「騒ぎにはなってない?」


「町長の孫だ。今回の話は、ルーデンの外まで行くだろう。ガロス翁に、倉庫でみつかったことにしてもらうよう話は付けた」


「だよね、ありがとう。……で、あの子は?」


「まだ熱は高い。だが、明け方に呼吸が落ち着いたようだ」


 よかった。力が抜けて、俺は布団に沈み直した。安心したところに、低い声が降ってきた。


「主。そもそも最初から倒れる前提で、巻いただろう」


 追及は、たっぷり続いた。時渡り人だと認識されてからお説教は減ったが、容赦ない指摘が増えた気がする。6歳児無邪気スマイルも、ノルには利かなくなった。


 最後に、ノルが無言で紙とペンを差し出してきた。

「ノルのいないところでスキルを使わない」と「嘘をついてノルにおしつけない」という2枚の誓約書に、「ノルがいても倒れるまでスキルを使わない」という新たな誓約書が増えた。


 署名をしながら、「ただし、戦術的必要性、および不測の事態を除く」と付け加えるのは、時渡り人総務課長代理の意地だった。




 3日後、熱が下がったという知らせが来た。

 ギルドへ行くと、廊下でガロスさんに呼び止められた。


「温泉とはのう。冬でも上級が採れるとは、儂も知らんかったわい」


「たまたま運が良かったんですよ」


「そうか、そうか。坊主は引きがいいからのう。まあ、よい。指名依頼を完了させたし、これまでの働きも十分じゃ。お前たちをEランクに引き上げるよう推薦するぞ」


 ガロスさんの意味ありげな笑い方は気になるが、それよりも冒険者レベルのランクアップが嬉しかった。


 帰り際、買取窓口の前で、赤髭たちと行き合った。向こうが先に気付いて、気まずそうに視線を泳がせ──それから、ぶっきらぼうに言った。


「……嬢ちゃん、助かったんだってな」


「はい。見つかってよかったです。雪かき、誰よりもあなたが早かったって聞きました」


「フン。見間違いだ」


 赤髭は乱暴に踵を返した。その後ろで、あの荷物持ちの男が、浅く会釈をして続く。よく見ると、男は赤髭が着ていた外套を着ている。丈は少しぶかぶかだったが、暖かそうだった。


 ……ふうん。なるほどね。




 数日後の夕方、俺たちが泊っている灰月亭に、ルーデンの町長さん本人がやってきた。白髪で小柄なおじいさんだけど、町長と言うだけあって貫禄がある。着ている服も上等だ。女将さんが、慌てて紅茶を持ってきてくれた。


 町長は、ジャムとクリームがたっぷり挟まった高級焼き菓子の箱と、上級癒し草2本分の40万ゼナを差し出してくる。


「キンネ君。ガロスからもマドックからも、君が孫娘の命の恩人だと聞いた。雪の中、上級の癒し草を見つけてきてくれたそうじゃな。しかも最上級に近い品質のものを。本当に感謝する」


「いえいえ、やめてください。お嬢さんを探したのは警備隊と冒険者で、見つけたのはコゲで、運んだのはノルです」


「地図を使って、孫娘の場所を特定してくれたのも君だそうじゃないか。医者が言うには、あと1時間、発見が遅かったら助からなかったようじゃ」


 町長さんは目を細めて、それから足元のコゲの前に、よっこらせとしゃがみ込んだ。


「この子にも、礼をせんとな」


 懐から出てきたのは、上等な干し肉の包みだった。ちゃんと周囲が真っ黒に焦げている。コゲの尻尾が、ちぎれそうな勢いで回り出した。現金なやつめ。


 町長さんは、ノルには何も言わなかったが、少しだけ見つめて軽く頭を下げた。


「キンネ君。依頼料ではなく臨時報酬という形にするほうが、君が喜ぶだろうとガロスが教えてくれた。この40万ゼナは臨時報酬として受け取ってくれ」


 臨時報酬なら、20万ずつノルと山分けできる。町長さんとガロスさんが、ノルの解放を手伝おうとしてくれているということだ。


 荷物持ちの男が暖かそうな外套を着ていた姿を思い出す。


 少しずつ、みんな変わっている。




 ◇─────────◇─────────◇

   ノルの買い戻しまで:29,019,800ゼナ

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