1-34 吹雪の捜索本部
その日は夜通し、吹雪が窓をガタガタと鳴らしていた。春前の最後の雪嵐だった。
朝になって風は弱まったが、雪はまだ降り続いている。俺はいつも通り、ノルに抱えられてコゲと一緒に、三人で警備隊に向かっていた。
警備隊の建物の入り口近くの詰所まで来て、ノルが足を止めた。
様子がおかしい。雪まみれの隊員たちが、急ぎ足で出入りしているし、中から怒鳴り声が聞こえてくる。扉から覗き込むと、警備隊のマドック隊長が真っ先に俺たちに気付いた。
「キンネか。……ちょうどいい、お前の頭を貸せ」
マドックさんは、ノルではなく真っすぐ俺を見て声をかけてきた。
「何があったんですか」
「町長の孫娘だ。5つの女の子が、昨日の夕方から行方不明だ」
5つ。俺より小さいのか。
「屋敷の庭で雪で遊んでいたはずが、気付いたら姿がなかったそうだ。探そうにも、夜の吹雪で足跡が全部消えた。夜通し隊を出したが、見つからん」
マドックさんの目は赤く、声は掠れていた。この人も一睡もしていないのだろう。
詰所の中では、報告が飛び交っていた。
「東の橋はいなかったぞ!」
「乗合馬車の馬小屋の裏はさっき俺が……いや、あれは夜中か?」
「誰か、西の水路沿いは行ったのか!?」
「俺とネスがさっき見てきた」
「早く言えよ! トッドたちが見に行ったぞ!」
口頭の報告が、宙に浮かんでは消えていく。誰が、いつ、どこを探したのか。もう誰にも分かっていない。机の真ん中に町の地図が広げてあるが、その中の気になる場所をそれぞれが確認しているようだ。疲労と焦りで、探す側が空回りしていた。
あきらかに、情報の整理係が必要だ。ノルを表に立てて、俺が裏から目立たないように指示するか──いや、ノルを挟んでる時間は無い。マドックさんは「俺」に声をかけたんだ。
「隊長。記録係を、やらせてください」
俺は覚悟を決めて、マドックさんの前に進んだ。
「記録係? 整理してくれると助かる。ウィルがいないとグチャグチャだ」
こういう時に、いつも指揮をとるウィル副隊長が、先週から隣町の実家に帰っているらしい。隊長も最初は指揮していたようだが、人の出入りが増えた夜中の2時でメモは止まっている。立て続けに報告ミスが起こって、そこから一気に混乱したようだ。
俺は書類倉庫から自分の道具箱を引っ張ってきた。巡回記録の整理のために作った町の詳細な全体区画図を会議室の机いっぱいに広げ、メモ用紙とペンを構える。
「今から報告は出入り口で済まさずに、全てこの机まで来て地図を指さししてください。探し終えた区画は、俺が潰します。まず、昨夜からの分を聞き取ります」
半信半疑の隊員たちが、順番に報告していく。
東の橋から中央広場にかけて。「朝、済み」と白い紙に書き込んでピンで止める。
馬小屋の裏、夜中と明け方の2回。済み。
西の水路沿い、南半分だけ済み。北半分は夜中の確認だけ。
ノルが地図に近づいて、一度、口を開きかけて閉じた。隊員たちの鋭い視線が、首輪に集まっている。
「──北の砦にいた頃、冬に何度か人の捜索をした。夜中は見落としやすい。もう一度、確認した方がいい。建物だけでなく、塀や木の根元や荷車の下なども必ず見逃さないように捜索してくれ」
ノルが静かに告げて、隊員たちを見回した。何人かは、「なんで奴隷が」という不満げな顔をしている。だが、マドックさんの「こいつは北領の元騎士だ」の一言で態度が変わった。
本来、騎士の方が警備隊よりずっと上級職で、騎士に憧れている警備隊員は多い。厳しいことで有名な騎士団の入団試験に受かったというだけでも、ノルの実力がわかるのだ。
俺も、ダメ押しで「ノルは雪に慣れてるんだ。この雪豹のマントもノルが『一人で』狩ってきてくれたんだよ」と、6歳児スマイルを振りまきながらマントをヒラヒラさせておく。
「一人で……」と誰かが喉を鳴らした。
俺は赤の色紙を取り出して、「再確認」と書き込み、夜中しか捜索していない区域に貼っていった。
10分もすると、机を囲む空気が変わった。
白いメモで埋まった地区と、夜中しか確認していない赤い色紙の場所。メモが全くない残された地区。どこが未確認なのかが、誰でも一目で分かる。情報の可視化──有名なカンバン方式のメリットだ。
「マドック隊長、見えてきましたね」
地図を覗き込んだマドックさんが、低く唸った。
「ああ。──全隊、次は紙が無い区画だけ回れ! 先にどこへ向かうかここで申告しろ! ついでに近くの赤紙の場所も確認してこい」
次々と、隊員が確認しに行く地区を申告する。
「キンネ、お前はメモを続けろ。捜索の指示は俺が出す。ノル、お前は現場の注意点を頼む」
隊長の言葉通りに分業が始まった。隊長が捜索区域を指示し、ノルが特に気を付けるべき場所を伝え、それに頷いた隊員が出ていく。その申告を、俺が色紙に書き込んで、地図にピン止めしていった。
しばらくすると、ギルドから冒険者15人ほどの応援が到着した。その先頭に、見覚えのある赤髭がいた。あの厭味ったらしい三人組だ。後ろには、毛布を背負った、あの痩せた荷物持ちの男もいる。
赤髭は会議室の俺を見つけると、あからさまに顔をしかめた。
「……チッ。なんでガキと奴隷が仕切ってやがるんだ」
ペンを持つ指が強張った。ここで揉めて時間を浪費するよりは、俺たちが引いた方が捜索がスムーズに進むかもしれない。この辺で抜けるべきか。俺は少し悩んでノルを見上げた。だが──
「文句があるなら帰れ」
マドックさんが地図から顔も上げずに言い放った。赤髭は舌打ちしたが、帰らずに捜索隊に加わることになった。
冒険者たちに捜索区域を割り当てる順番になり、俺はメモが貼られていない区画の一番広い北西部分を指した。町外れで、建物がまばらな分、2~3人では手が回らない。
「この区画、コゲを連れて15人で行ってください。コゲは雪の下の魔力の残滓を見つけられます」
「あぁ? なんで俺らがガキの犬を──」
「犬じゃなくて、登録済みの従魔です。それと、吠えたら必ずその場所を確認してください。コゲは無駄吠えをしません」
赤髭は大声で文句を言いながら、それでもコゲを連れて出て行った。コゲも心得た顔で、先に立って駆けていく。
捜索が再開され、何もない区画に次々と白いメモがピン止めされていく。だが、報告はどれも「見つからない」だった。
「北の倉庫街、いませんでした!」
「お前ら、次はこの区画へ行ってこい」
「ここは、裏路地が三本ある。一本ずつ潰してくれ。特にこの商店裏は、積荷の隙間まで頼む」
「ピン止め完了、次の報告どうぞ」
マドックさんとノルと俺の連携速度が早くなっていく。
戻ってきた元気な隊員には次の空白区域を割り振る。疲れ切っている隊員には、事務員さんが温めたスープを配ってくれていた。
「隊長、あの三人を先に休ませてほしい。判断が鈍っている者に、雪は危険だ」
ノルが隊員の顔を見て、マドックさんに告げる。
「そうだな。おい、お前ら1時間休憩しろ」
今日のノルは、一度も俺を見ない。「奴隷だから」という一歩引いた態度を捨てたノルは、とても有能だった。隊員への気配りも、指示の的確さも、正直に言って隊長より上だ。助かる。ものすごく助かる。でも……ちょっとだけ、寂しいかもしれない。
「キンネ、あとどれくらいかかると思う」
マドックさんが隊員を労わって地図の前に戻ってきた。まだ昼前だが、目の下の隈が朝より濃い。
「未確認は、あと4区画です。日暮れまでには全部回れます」
「日暮れまでか」
マドックさんは、それ以上を口にしなかった。5歳の体力で、この寒さで、あとどれだけもつのか。嫌な考えが勝手に進むのを、俺は頭を振って追い出した。今やるのは、捜索範囲を絞り込むことだ。
「残りは、ここと──ここです」
俺が地図を指した、その時だった。
詰所の扉が乱暴に開いて、赤髭の仲間の男が転がり込んできた。肩で息をしながら、必死に腕を振る。
「す、水車小屋! 水車小屋の方で、犬っころが……あの従魔が、吠えてる!」
会議室が、一斉に立ち上がった。
「ノル!」
「ああ」
気付いた時には、俺はもうノルの腕の中だった。詰所を飛び出し、雪の街道を駆ける。膝近くまで積もった雪の上を、ノルはなぜかほとんど沈まずに走る。小さな雪輪みたいな道具を靴に付けているが、それだけでは謎過ぎる。だが、今はこの速さがありがたい。
水車小屋が見えてきた。雪をかぶって、白い塊になっている。その裏手に、人が集まっていた。
コゲが、小屋裏の吹き溜まりに向かって吠えている。その前で、赤髭たちが既に雪をかき分けていた。
「こっちだ! 急げ!」
ノルが俺を降ろして、赤髭たちの中に飛び込む。大人たちの手で、白い塊がざくざくと崩されていき──少女の赤いコートの端が、見えた。
「いたぞ!」
水車小屋の壁と立てかけられた厚い木の板。その狭い隙間にはちょうど乾いた藁が積まれていて、その上に老犬を抱きかかえた女の子が蹲っていた。ちょうど吹きだまった雪が入口を塞いで風を遮っていたようだ。
赤髭が両腕で慎重に抱え上げた。抱きかかえられていた老犬はピクリとも動かなくなっていたが、女の子の口元からは白い微かな息がこぼれていた。
生きてる。
「おい! グズグズすんな」
赤髭が荷物持ちの男が差し出す毛布をひったくって、女の子をぐるぐる巻きにした。
そして、ノルに向かって「お前が走れ。その方が早い」と女の子を差し出す。
「主。先に行く」
「行って! 全速力で!」
ノルの背中が、あっという間に消えた。俺はへたり込みそうになる膝を叩いて、コゲの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「大手柄だ、コゲ。危険察知手当に、発見報奨を上乗せするぞ。今日は焦げ肉祭りだ」
「きゃう!」
俺が、コゲと一緒にヨタヨタと雪の上を歩いていると、荷物持ちの男が俺を抱き上げてくれた。慌てて赤髭の方を見ると、彼はしっかり抱けというジェスチャーをしている。俺は思わず、目も口もぽかんと見開いて見つめてしまった。赤髭は、俺の視線に気づくと少し顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。まさか、赤髭もノルの過保護仲間だったとは。
町へ戻ると、診療所の前は人だかりができていた。下から掻き分けてノルを探しに進むと、女の子は寝台の上で、赤い顔で苦しそうに浅い息をしていた。診ていた医者は、女の子の家族に向かって首を振っている。
「体の芯まで冷え切って衰弱し、高熱が出てる。上級の癒し草がないと、回復できないだろう」
上級の癒し草?
真冬の町のどこに、そんなものがあるというのだ。




