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転生総務課長代理(6歳)が奴隷法を律儀に守ったら、死にたがりの元騎士がやたら過保護で最強の相棒になりました。  作者: 雪凪


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1-30 紙束の戦場

 翌週から、事務仕事が始まった。


 案内された作業部屋は、書類に埋もれた小部屋だった。棚という棚から紙束が溢れ、床にも書類の塔が何本も立っている。5年前から昨年までの書類が放置されているらしい。俺たちの仕事は、この書類の整理だ。


「ここを、全部か……」


 思わず声が漏れた。だが、顔は自然と笑顔になり、指先は概算の書類枚数を弾き始めた。会社の書庫の電子化をした時に、1センチ100枚で計算したが、この世界の紙はコピー用紙より厚い。半分と見積もると、1メートルで5,000枚か。ということは……。俺はメモ帳に、猛然と3カ月の計画を書きなぐった。


 隣では、ノルが書類の塔を見上げて固まっていた。珍しく、周りを確認せずに、言葉が先にこぼれた。


「主……本当に、座ってるだけでいいんだな」


「約束する。ノルは机に座って、偉そうにしてて」


「偉そうにしたことはない」


「いつものままで、十分に偉そうだよ。ノルが名義上の担当者なんだ。堂々としててよね」


 コゲは書類の山をフンフンと嗅ぎまわり、俺たちのやり取りを聞いていたガロスさんは、腹を抱えて笑っていた。ガロスさんの前では取り繕うのはやめた。どうせ、雇ってもらう時の経緯で、俺が取り仕切ることはバレてるだろう。




 帰り道、ノルがぽつりと言った。


「主……あの老人は、色々なことに気づいていそうだが」


「たぶんね」


「なぜ、聞いてこない」


「さあ。でもたぶん──聞かない方が面白いと思ってるんじゃないかな。たまにそういう人っているよ。何でも面白がる人。別の世界の専務がそういうタイプだったな。予告なしで避難訓練しちゃってさ、結果としては消防からも『実戦的ですね』って言われたけど、こっちは本当に大変だったよ」


「また、意味がわからんことを……」


 ノルはそれっきり黙りこんで、俺を抱え上げて宿への道を歩いた。




 作業部屋に籠って3日目。全体を把握した俺は、道具を作ることにした。

 書類の整理は、画一化した道具が大切なのだ。


 材料は、道具屋で買った色紙と厚紙だ。


 まずは、色紙を三角に折って、紙クリップもどきを大量に作る。同じ案件の書類をまとめて左上で挟めば、ばらけない。ゼムクリップやホチキスがないため自作したが、意外にエコでいいのではないだろうか。5色分を用意したので、用途別に色分けする予定だ。


 もう1つは、厚紙を2つ折りにして糊で縁を固めた紙ファイルだ。紙クリップで留めにくい大きさの違う書類も、これに入れれば迷子にならない。


 作るのに丸一日かかったが、惜しくない手間だ。整理は、まず入れ物を用意するところから始まるのである。ノルも黙って作業を手伝ってくれた。手先は器用なようで、紙クリップの折り目は俺より綺麗だった。厚紙を折るのも、俺は定規を使って折り目を付けるが、ノルは数枚を重ねてぐいっときれいに折る。パワー大事。




「……キンネ坊、それは何じゃ」


 ガロスさんが、机の上の紙箱に山盛りになった自作紙クリップを見て、眉を上げた。


「書類を束ねる道具です。同じ案件を挟んでおくだけで、散らばりませんし、色によって中身の種類がすぐに判別できます」


「ほう。……儂らは、紐で縛っておったが」


「紐だと、書類を追加で差し込む時は縛り直しですよね。この紙クリップで書類を種類別に分けた後、紐で縛れば早くキレイに整理できます」


 ガロスさんは1つ手に取り、しげしげと眺めて、小さく笑った。


「これはええのう。面白い発想じゃ」


 ちなみにこの紙クリップは、3日後には事務のお姉さんたちに人気になって、気付けば机の箱から半分消えていた。仕方がないので追加で量産する許可をもらい、色紙は自費ではなく経費で買ってもらえることになった。災い転じて福となすだ。




 書類整理を始めて2週間がたつ頃、帰り道でノルが思いつめたような顔で言葉を口にした。


「主……」


「なに?」


「……頼むから、休みの日は狩りに行かせてくれ」


「んー、それは終業規定違反になるよ。認めるわけには──」


「頼む。毎日、書類に囲まれておかしくなりそうだ」


 囲まれてるだけで、書類仕事はしてないだろと言いたかったが、ノルの目の光が消えかけていたので許可することにした。また、死にたいと言われては困る。ただし、週末のどちらかだけだ。


「わかった。無理のない範囲で狩りをしてもらうよ。法定外休日労働に当たるから割増賃金はちゃんと受け取ってね」


「なんでもいい。ありがとう。コゲも行くか?」


「きゃんきゃん」


「狩り」の言葉に反応したのか、コゲの尻尾はすごい勢いで回っていた。


 それからは、休みのたびに、鬱憤晴らしのように何匹もの雪狼や雪鳥、たまには大物の雪豹まで狩ってくるようになった。事務の日給16,800ゼナでは、毎日の収支は赤字になって余剰金を取り崩していたが、すごい勢いで回復し始めた。


 ノルが言うには、コゲは雪の下の魔物の残滓がわかるらしい。コゲが鳴く方について行くと、必ず魔獣がいると言うので、コゲにはたっぷりとご褒美の焦げ肉をあげた。


 収支のV字回復だけでなく、もう1つ、俺には助かることがあった。

 事務仕事が始まってから、予想していた通り、ノルから何度も契約区分を「護衛奴隷」に戻してくれと言われていたのだ。どこかで魔族のロアに会うかもしれないから戦闘奴隷のままでと誤魔化していたが、休みの狩りを許可してからは何も言われなくなった。


 ノルは平日が休みみたいなものだから、休日はいらないと言うが、元総務としてはそういうわけにはいかない。冬の間だけ変形休日制にして、大雪の日を休暇にすることで渋々合意させた。休みを貰う側の態度が「渋々」なのはおかしいだろ。




 ギルドに通い出して1か月、すっかり雪が積もる冬になった。南に出稼ぎに行った冒険者も多く、ギルドは少し寂しい雰囲気だ。そんな中、ノルと俺は書類の山と格闘していた。正確に言うと、格闘しているのは俺で、ノルは横に座って──いや座ってもいなかった。ほぼ筋トレと素振りをしていた。


 最初に、全部の書類を、大まかに3種類に分けた。討伐報告、取引記録、内部連絡。案件ごとに紙クリップや紙ファイルで整理した。さらに、重要な書類には目立つ紙クリップを付けたまま、日付順に並べて紐でまとめてから棚に立てる。すでに、書類の山の半分が棚にきれいに収まっている。ノルの仕事は、俺が仕分けた書類の束を棚に運ぶことだ。190センチの身長は、棚の上段にハシゴ無しで届く。しかも重い書類も軽々と並べる。パワー大事。


 問題は、たまに職員が質問に来ることだった。表の事務職員はノルなのだ。


「ノルグレンさん、この書類なんですけど。討伐報告と取引記録の、どちらに──」


 足音が聞こえると同時に、音もなく椅子に座ったノルの目が、すっと俺の方に動いた。


 ──おい、こっち見んな。


 ノルは俺が答えずに書類を触り出したのを見ると、一瞬、目を瞑ってから、職員の方に向き直った。


「討伐報告……か?」


 ──おい、疑問形で答えんな。


「なるほど。ありがとうございます」


 職員が去った後、俺はノルの耳元で囁いた。


「正解だけど、質問されるたびに俺を見ないでよ。バレるだろ」


「……気をつける」


 気をつけた結果、次に質問された時、ノルは俺を見る代わりに天井を見上げた。学習しているようでしていない男、それがノルだ。天井に答えは書いてない。俺は咳払いをしながら、それとなく答えを誘導するしかなかった。


 そのやり取りを、たまたま廊下を通りかかったガロスさんが見ていた。お腹をかかえて、呼吸困難になるほど爆笑していた。




 お昼過ぎに、熊のギルド長ザイデンさんが作業部屋に顔を出した。


「おう。1か月で半分も整理できたのか。春までかかると思っていたがな」


 きれいに納まった書類棚を見回して、太い指で顎を撫でた。


「こりゃあすげぇな。ノルグレン、いい仕事するじゃねえか。──日給、上げてやるよ。16,800から24,800だ」


 ノルは黙って頭を下げた。俺も机の下でガッツポーズをしながら頭を下げた。


 ノルの狩猟能力でも、キンネ少年の繰魔糸スキルでもなく、俺自身の仕事がこの世界で認められたのだ。ちゃんと俺の事務能力で金を稼いでいる。それが、自分でも驚くほど嬉しかった。喜びを噛みしめて、俺はしばらく顔を上げられなかった。




「キンネ坊。お前さんに、ちと聞きたいことがあるんじゃが」


 その日の仕事終わり、ガロスさんが俺を呼び止めた。


 ぎくり。何かバレたのだろうか。


 疚しいことしかない俺は、引きつった笑顔でガロスさんに近づいた。






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