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転生総務課長代理(6歳)が奴隷法を律儀に守ったら、死にたがりの元騎士がやたら過保護で最強の相棒になりました。  作者: 雪凪


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1-23 枯れ井戸

 「戦闘奴隷」ノルの初日は、雲ひとつない秋晴れの狩り日和(?)だった。


「じゃあ、4時間後に。無理はしないでね。危険を感じたら即撤退。それと──」


「森猪(フォレストボア)ごとき、騎士時代は朝訓練のついでに狩っていた雑魚だ」


「雑魚……わかったよ、行ってらっしゃい」


 午前中は俺が癒し草を採取し、結界地でお昼ご飯を一緒に食べて休憩する。午後の1時から5時がノルの狩りの時間だ。6巻の剣を腰に差して、森の奥へと消えていく後ろ姿は、明らかにウキウキと弾んでいる。布に巻かれたシルベリウスは、俺に任せるのは不安らしく、背中に括り付けて行ってしまった。俺は、結界地でお留守番だ。


 切り株に腰を下ろし、図書館で借りた本を開く。今日のお供は『大陸商法概説』。心躍る題名だ。共同体経営者として、白紙になっている長期計画の案を練らなければならない。毎回、俺が借りる本を差し出すと、司書のおじいさんが心配そうな顔をするが大丈夫。中身は32歳だ。前世知識を利用した商会経営で安定経営を目指すのだ。さぁ、しっかりと知識を蓄えよう。


 ……と思ったのだが。


 3頁目で、視線が本から逸れた。視線の先には、あの井戸がある。


 板で塞がれた、枯れ井戸。糸がところどころで切れ、絡まって、機能が死んだままの枯井戸だ。昨夜から、ずっと頭の隅に引っかかっていたのだ。


 俺は広場を見回した。今日は先客がいない。幌馬車も、冒険者パーティもなし。さっき警備隊の巡回が通り過ぎたばかりだから、次に人が来るまで、しばらく間があるはずだ。

 荷車によじ登って、街道を遠くまで確認する。人影は全く見えない。


 よし、やるか。やるなら今でしょ。


 ただし、入念な準備が必要だ。今は一人。倒れてもベッドへ運んでくれる人はいない。倒れても大丈夫な準備にとりかかる。


 俺は荷物からボロ毛布を取り出し、作業位置の周りをグルっとその毛布で囲む。水筒と非常食を手の届く場所に置き、ゴロンと転がって倒れ心地を確認する。転倒対策よし、養生よし、動線よし。指さし確認しながら、工事現場の朝礼かよと自分でも思うが、安全管理に過剰はない。ご安全に。


「では、始めます」


 心を落ち着けるためにも様式美は大事だ。


 まず「見る」。井戸の周りには、剣より少し太い白い糸が石積みに沿って幾重にも巻いていた。それが、あちこちで切れている。切れた箇所には、例の絡まり団子がぽよんとある。全部で5つ。


 多いな。だが、やることは剣と同じだ。規模が違うだけ。


 愛用品のハサミを思い浮かべる。手の中に、ひやりとした感触とともにハサミが現れた。よし、出せた。


 1つ目の団子の根元に刃を入れ、ちょきんと切る。少し硬いが、剣の時と同じように団子は消える。切れた糸と反対の糸を引き伸ばして、堅結びで結ぶ。結び目が溶けて、1本になる。


 2つ目。ちょきん。繋ぐ。ふぅ。立ち上がって伸びをしてから、毛布や非常食と一緒に次の団子のそばに移動する。


 3つ目。──なんかかなり硬い。今までより、団子が大きいせいだろうか。刃の角度を変えながら、少しずつ切り込む。額から汗が落ちてくる。10分くらいかかった。喉が渇いてきたので、水を飲んでから寝ころんで休憩する。


 4つ目を終えた時点で、視界の端にじわりと黒がチラつく。警告だ。さっきより更に長く休憩する。水を飲む。一度、立ち上がって屈伸する。座って呼吸を整える。焦る必要は無い。誰も来ないし、時間はある。


 5つ目。ちょきん。繋ぐ。


 終わった。ギリセーフ。これで糸が光れば──あれ? 光らない。


 もう一度、井戸の周りをじっくりと確認する。糸の流れを指さしながら追うと、裏側の上の方で、石の隙間に入っている部分があった。隙間をよく見ると、白い糸がモヤモヤと絡まっている。うーん、子供の腕でも中に入らないな。じっくりやるか。


 隙間が正面になる位置へ、毛布と非常食を配置し直す。ハサミを石の隙間に差し込み、指先の感覚だけで団子の根元を探す。たぶん捉えた。たぶん。止めるべきか少し迷ったが、失敗しても問題ないと自分に言い聞かせて、思い切って切る。


 ちょきん。


 隙間の中で団子が消え、糸の端だけが残っていた。


 視界の端が完全に暗くなってきたが、ここで止めることはできない。俺は、金曜日までに稟議を提出して、スッキリした週末を迎える主義だ。なお、実践できるとは言ってない。


 指を無理やり突っ込んで、奥の糸を引き出し、手前の糸と固く結ぶ。


 結び目が溶け、糸が光り出した。


 瞬間──井戸の底から、ごぼり、と音がした。半分、暗くなった視界で覗き込むと、暗い底の奥で何かが盛り上がり、澄んだ水が、静かに湧き上がってくるのが見えた。


 直った。水源復活だ。これで、ここで休憩する人が便利になるだろう。


 ふぅと満足の息を吐いたところで、視界が完全に暗くなり、体が傾く。大丈夫、この下は毛布だ。ちゃんと敷いた。俺は偉い──。




 目を覚ますと、頬に、温かくて柔らかいものが当たっていた。


 毛布……ではない。毛布はこんなに、たぷたぷしていない。ウォーター枕だろうか。たぷたぷ。温かい。たぷたぷ。天国の枕か、これは。


 薄目を開けると、視界いっぱいに、薄茶色の毛皮があった。


「──うおっ!?」


 飛び起きた。巨大な猪が、横倒しになっている。森猪だ。牙の長さが俺の腕くらいある。俺は、その腹を枕にして寝ていた。


「起きたか」


 振り向くと、ノルが渋い顔で荷車を止めた。


「な、なんで俺は、たぷたぷの猪が天国の枕に?!」


「戻ったら、井戸の横で倒れていた。ボアの腹の上しか寝かせられるところが無い」


「あー、ごめんね? 俺もヤバいとは思ったんだけどさ」


「主……俺は護衛奴隷に戻る」


「いやいやいや、ほんとごめんて。あの、ほら、結界地の井戸って大切だろ? いつも旅人の皆さんがガッカリしてたからさ。もうしない。絶対にノルがいないところでスキルを使わない。約束します!」


「誓約書を書いてくれ」


 うっ。ノルが総務の2年目くらいに急成長している。俺の弱点を理解して有効打を出してくるとは。くぅー、半眼の圧も強い。

 だが、今回は完全に俺の落ち度だ。俺はため息をつきながらメモ帳を取り出した。




 帰り道、ギルドに寄って、俺は窓口で報告した。依頼書の掲示板に「結界地、新型魔獣に関することは、必ず報告すること」という貼り紙があるのを見ていたからだ。


「森の近くの結界地の井戸から、水が湧いていました」


 直したとは言っていない。湧いているのを見たのは事実だ。虚偽報告ではない。

 だが、その報告は思いのほか大事になった。


 状況を事細かに何度も聞かれ、最後はギルド長室にまで連れていかれた。警備隊の巡回記録から、井戸が直ったタイミングで結界地を利用していたのが俺たちだけだとバレたようだ。

 いかつい熊のようなおっさんギルド長が、「どうやって直したのか」「魔道具を使ったのか」「何故、覚えていないんだ」と、まるで俺が悪いことでもしたかのように威圧しながら詰問してくる。ノルを怒らせてまで井戸を直してやったのに、なぜ更に怒られるのか納得がいかない。


 俺はつい出来心で、「そう言えば、水が湧く前にノルグレンが井戸を剣で叩いてました」とノルを指さしながら報告した。決して、さっきの誓約書の腹いせではない。

 ノルは目を剥いて俺を凝視するが、何も言えない。俺は、6歳児無邪気スマイルを発しながら、ノルが剣でポンと井戸を叩く様子まででっちあげた。圧倒的な虚偽報告である。


 熊のギルド長は、ノルにいくつか質問したが、ノルに魔力がないことはハッキリしているから、スキルや魔道具を使ったわけではないと納得してくれた。俺の冒険者カードは「スキル:無」だから最初からノーチェックだ。最終的に、ノルが井戸を叩いたことは関係なく、偶然、井戸が直ったのだろうという結論になり、俺たちは解放された。だが、疑いが晴れていないことは、ギルド長の表情からわかった。しばらく大人しくしよう。


 現場確認に行っていたギルド事務員が、水源復活の報告をしたため、俺は「水源復活の第1報告者」として、特別報酬30万ゼナをもらえることになった。街道の水場は、それだけ旅人の命に関わるらしい。倒れてまで頑張ったかいがあったというものだ。




 宿に戻り、俺はメモ帳を開いて、ノルに向き直った。もちろん、「今後、ノルに押し付けるような嘘はつきません」と誓約書を書かされた後だ。ちなみにノルはまだ総務2年目なので、小さく書かれた「ただし、平時における対人関係に限る」と書かれた但し書きの罠はわかっていない。


「この30万は、山分けにする。15万はノルの取り分だよ」


「なぜだ。井戸は、主が──」


「俺が安心してスキルを使えたのは、絶対に4時間で戻ってくるって信じられる相棒がいたからだよ。それに今後もこういう臨時収入はある。予定外の収入は、山分けルールにしておこう」


「だが、犯罪奴隷の収入は、全て主のものだと決まっているはずだ」


「それは、ギルドの依頼報酬や素材の買取みたいな通常の成功報酬を想定した条文だ。今回みたいな臨時報酬は規定の対象外だ。つまり禁止規定がない以上、違法ではない」


 ノルは例のごとく反論を探し、見つからず、天井を仰いだ。


 遡り残業代と合わせて、これでノルの資産は、今日一日で8万から一気に30万近くになった。3,000万ゼナへの道のりは遠いが、初めて目に見えて縮んだ気がした。




 ◇─────────◇─────────◇

   ノルの買い戻しまで:29,719,800ゼナ

 ◇─────────◇─────────◇






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