1-16 森と荷車
朝一番、俺たちはギルドの窓口で荷車を借りた。1日500ゼナ。
「馬も一緒に借りられますよ。1日3,000ゼナになります」
「馬は結構です。動力は間に合ってますので」
貸出し受付のお兄さんが不思議そうな顔をしたが、見てもらった方が早い。
というわけで、現在。俺は森へ向かう街道を、荷車の上で揺られている。荷台には水筒と弁当と空の籠。籠の中には、中級薬草を包む柔らかい布。それから膝の上には毛布と図書館で借りた本。引いているのは、うちの頼りになる動力──ノルの人力である。
とても快適で速い。走っているわけではないのに、スイスイと進んでいく。しかも段差の手前では減速し、揺れが少ない進路を選んで走る。乗り心地への配慮までしてくる素晴らしい動力だ。というか、ノルの過保護っぷりに磨きがかかった気がする。
ちなみに、「荷車引きの仕事として特別交通費を増額する」戦いは、俺が負けた。護衛者が周囲の索敵を兼ねて、馬車の御者をすることはよくあるとの理屈だった。御車と荷車引きでは労力が違うと食い下がったが、鍛錬を兼ねているので問題ないと言う。認めないなら荷馬車は借りずに、獲物を手で持ち帰る(もちろん、俺を抱っこして)というので、仕方なく折れたのだ。早くたくさん稼いで、荷馬車を借りられるようにならなければ。
森は、思ったより明るかった。
浅い場所と呼ばれる街道沿いの区域は、木々の間隔が広くて低木も多い。陽も差し込むので薄暗い森をイメージしていた俺の想像とは違っていた。
ノルによると、出る魔物はC級まで。それでも草原のD級とは格が違うので、俺は言いつけ通り、ノルの視界から隠れないように採取を開始する。
目当ての癒し草は、すぐに見つかった。日陰の湿った土に、白い糸がくるくると光っている。薬草と同じ要領だ。摘む。次は、あっちの倒木の陰にも光ってる。摘む。次は、低木の茂みのところ。摘む。
確かに、草原の薬草と比べると、何かの陰にあることが多いので、繰魔糸スキルがなかったら面倒かもしれない。
巡回するノルの足音が、常に俺の周囲にある。安心して白い糸だけを追う。目標の下級20本、中級2本は、昼前には集まった。これ以上採ると、「運のいい新人」から外れてしまうので我慢だ。
「よし。じゃあ予定通り、俺は結界地で待機するよ」
「ああ。俺は狩りに行ってくる」
言葉が、少し弾んでいる気がした。気のせいじゃない。よく見ると、ノルの右の口の端が少しだけ上がっている。
森の近くの結界地は、街道からすぐの開けた広場だった。結界地とは、ゲームで言うところのセーフティゾーンみたいな範囲らしい。魔獣が近寄らないので、行商人や乗合馬車、旅の冒険者などが休憩や宿泊に利用する場所だ。俺もノルが狩りに行く間は、ここで待つことになった。
初めて入る結界地は、思ったより賑やかだった。幌馬車が2台停まっていて、商人らしき男たちが車輪の点検をしている。少し離れた切り株の周りでは、4人組の冒険者パーティが早めの昼飯を広げていた。革鎧の女の人が、俺とノルを見て「おや」という顔をしたが、すぐに興味をなくして食事に戻った。利用者同士は干渉しないのが、ここでの作法なのかもしれない。
ノルいわく、結界地は街道沿いに多く点在していて、警備隊も定期的に見回りに来る。結界地内での犯罪は重罪。旅人の生命線だから、罰も過酷なのだという。人目があり、法で守られ、そして魔物を寄せつけない何かの結界。三重の安全、というわけだ。
「うわぁ……」
その「何か」は、「見る」とすぐにわかった。
中央に立つ、直径50センチ、高さ1メートルほどの薄い水色の円柱。そこから魔力の糸が地面を放射状に広がり、結界地の縁で更に上方へ伸びて鳥籠のような形状を作っている。魔物が近寄らないのは、この網のせいだろう。
俺の目に見えたものをノルに教えると、中央の柱の下に太古の魔道具が埋められていて、破壊・盗掘を試みた者は接触した瞬間に心臓が抉れると言う噂があると教えてくれた。真偽はわからないけど、エグイです。
そして、広場の隅。
古い石積みの井戸が、板で塞がれて放置されていた。近寄って「見る」と、井戸の周りにも糸が巻きついている。だが、ところどころで、ぷつりと切れていた。しかもその糸は、光っていないただの白い糸だ。ノルの左腕と同じで、糸が切れて魔力が流れていない。だからこの井戸は、もう魔道具として働かず、水を汲めないのだろう。ノルの左腕もそうだが、糸が切れる=機能不全(障害)ということだろうか。
切れた糸は、直せるのか? もしこれを繋ぐ(リペアする)方法があれば……
指がうずいた。触ってみたい。繋いでみたい。だが、人目がある。俺は好奇心を胸にしまって、切り株に座って、ノルとお昼ご飯を食べた。
そしていよいよ、この時が来た。
「じゃあ、いくよ?」
俺は、ノルの目の前で砂時計をひっくり返した。30分。それがノルの申告した狩りの時間であり、危険手当300ゼナの対価である。顔を上げた時には、もうノルはいなかった。
俺はのんびりと借りてきた本を開く。『魔物大全・初級編』。ノルが狙うと言っていた森狼の頁を探す。「Cランク。群れで行動する。初級冒険者は3名以上のパーティ推奨。1名が注意を引き、2名が側面から──」
ふむふむ。三人がかりの獲物なのか。ノルはどうするつもりなんだろう。一角草兎みたいに、石を投げるのかな? 見てみたかったな。
さらさら、と砂が落ちていく。
本を3分の1ほど読んだところで、砂時計の最後の砂が落ち切った。
と同時に、広場の入り口に、大男が現れた。
両肩に、灰色の塊を担いでいる。森狼2匹とノルだった。
時間、ぴったり。本には三人がかりで1匹と書いてあるのだが。……何も言うまい。言っても無駄だろう。
食後休憩中の冒険者パーティの4人が、体を起こして、まじまじとこちらを見ていた。ノルは気にも留めず、荷車の上に狼を下ろした。
「時間内だ」
「時間厳守は、素晴らしい心掛けだけど、時間を超過した方がノルは手当てが増えるんだよ? 急ぐ必要は無いのに」
「ふん、増額は不要だ」
狼の体には、傷らしい傷が見当たらなかった。どこをどうやって仕留めたのか、毛皮は無傷だ。ノルの仕事は、タイパの良さだけでなく、納品物まで美しい。
帰り道。荷車には、狼2匹と、癒し草の籠と、俺。
行きよりだいぶ重いはずだが、機嫌がいい動力の速度は、まったく落ちなかった。




