1-12 一角草兎
翌朝は、いつものように爽やかな天気だった。
季節は日本と同じ秋。暑さは和らぎ、気持ちのいい採取日和だ。
これまたいつものようにノルに運ばれながら、遠くの鱗雲を眺める。
この異世界でも鱗雲と呼ぶのだろうか。図書館の素材辞典を見た限りでは、高く売れる鱗と言えば「ドラゴンの鱗」を指すようだ。是非、どこかで見てみたい。
草原に着くと、俺は籠を片手に糸の光る薬草を摘んでいく。下級を多めに30本前後、中級はほどほどに2~3本。「運のいい新人」の演出は忘れない。学習する男、それが俺だ。
もう少し収入を増やしたいところだが、この世界で目覚めてまだ8日目だ。もう少し慣れてからボチボチと挑戦していこう。目立たないことが大切だ。
変わったのは、ノルの行動だった。
今までは、俺の移動に合わせてゆっくりと動き、離れた場所からひたすら周囲に目を光らせる護衛スタイルだった。だが今日は、俺から30メートルくらい離れた場所をゆっくり周回する。そして、ふっと立ち止まり、俺の安全を確認してから音もなく消える。数分後には戻ってくる。腰の新しい鉄剣は、抜かれた気配すらない。
ノルが何をしていたのかは、昼休憩の時にわかった。
「主、収穫だ」
まとめて差し出されたものを見て、俺は昼ご飯のパンを落としそうになった。
兎だ。額に短い淡い緑色の角が生えた白い兎。それが、2匹。
「これって一角草兎だよな? ギルドの魔物紹介のパンフレットには、すばしっこくて音に敏感だから、弓で狩る魔物だって書いてあった気がするんだけど……」
「そうなのか」
「そうなのか、じゃないよ。ノル、どうやって狩ったの?」
「気配を察知される前に、仕留めるだけだ」
説明になっていない。いや、なっているのか? つまり、本来は弓の射程が必要な魔獣に、徒歩で素早く距離を詰めたということか。俺の相棒のスペックが規格外すぎる。
緑の角は調剤の材料になり、肉は食用になるという。しかも肉は、何もしなくても香草の風味がして、そのまま焼くだけで旨いらしい。つまり1匹で二度美味しい魔獣だった。俺の頭の中で、チャリンチャリンという効果音が鳴り響いていた。
午後の採取中に、俺はノルの動きをそっと観察した。
ノルは一角草兎を見つけると、さりげなく風下へ移動する。そして、ポケットから取り出した小石を兎の向こう側へ次々に投げる。最初の石がガサッと音を立てて草むらに落ち、兎がそちらに気を取られた隙に、まるで瞬間移動のような速さで兎へダッシュする。兎が次々に落ちる石の音に反応している間に、ノルの剣は兎の首を一突きしていた。
落ちている木の枝に草の蔓で兎の後ろ足を結び、兎を逆さまにした状態で枝を地面に刺す。そしてお腹を小型ナイフでガシガシ切り開いて内臓を取り出し、地面に埋める。
俺がじっと見ていたのに気付いたノルが、血抜きと内臓処理は、すぐにやらないと肉に臭みが出ると説明してくれる。
だが、石を投げてから内臓処理終了まで、その間わずか5分。
俺も狩りをしたいと思って観察していたが、何の参考にもならない。ちゃんと初心者用の狩りの本で勉強しようと決めた。学習させない男、それがノルだ。
さて、帰る時間になった。
今日は豊作だ。籠いっぱいの薬草に、処理が終わった一角草兎が計4匹。ノル一人で運ぶのも大変だろう。せめて兎の1匹くらいはと手を伸ばすと、ノルはひょいと全部を取り上げた。手頃な木の枝を拾い、両端に兎を2匹ずつ括り付け、天秤棒のように肩へ担ぐ。ついでのように籠も木の枝にくくりつける。
「俺の籠は、自分で持つよ」
「問題ない」
そして空いた方の腕で、当然のように俺を抱え上げた。
「いやいや、さすがに今日は歩くって。ノル、荷物がいっぱいだろ」
「断る」
「なんでだよ」
するとノルは、前を向いたまま、こともなげに言った。
「主が歩くと、俺の特別交通費が減るんだろ?」
「…………は?」
思わず、間の抜けた声が出た。
見上げると、ノルの右の口の端が、ほんのわずかに上がっていた。
冗談だ。この男が、とうとう冗談を言った。しかも「単なる紙切れだ」と言っていた給料を冗談にした。出会ってから、ほぼずっと無表情だった大男が、初めて見せるニヤリという得意顔。……不覚にも、笑ってしまった。
「わ、わかった。ぶふっ。日額200ゼナの契約だからな。っふ。しっかり運んでくれ」
「ああ」
夕暮れの街道を、兎4匹と薬草籠と6歳児を担いだ大男が歩いていく。すれ違う行商人が、二度見していった。だろうな。俺だったら三度見はするだろう。
ルーデンに着くと、まずはギルドへ。
角が4本で4,000ゼナ。肉は2匹分で2,000ゼナ。薬草と合わせて、今日の売上は15,000ゼナだ。1日で剣の元を取りやがった。やはり、魔力が使えなくても、ノルの戦闘能力は桁外れなのだろう。今日は4匹だったが、本気を出したら余裕で5倍は狩りそうなのもヤバい。
というか、俺の薬草採取の収入を、ノルの狩り収入が抜きそうだ。このままだと、本当に一方的な搾取関係になってしまう。6歳児が28歳のノルに養ってもらうのは、まぁアリかもしれないが、32歳ならアウトだろう。6歳と32歳を足して割って19歳ということにしたらセーフだろうか。
俺はうんうん唸りながら、いかに目立たずに収入アップするかを考えていた。
そんな俺とノルの買取り現場を、ずっと睨んでいる目が、ギルドのあちこちにあることに、この時の俺は全く気付いていなかった。
残りの肉2匹分は、宿の食堂に持ち込んだ。ギルドで買い取ってもらうより、うまい使い道がある。
「女将さん、この肉と引き換えに、こいつの夕食の肉を、少し増量してもらえませんか」
「一角草兎かい! 新鮮ないい肉じゃないか。ようし、任せな」
交渉成立。ノルの狩りの成果を日給に乗せることは法律違反になるが、福利厚生としての上乗せなら問題ないだろう。衣食住の保証にも、ちゃんと沿った形だ。
その夜、ノルの前には、肉が2倍になった定食が置かれた。パンもいつもより2つも多い。ノルは、いつもより少しだけ早いペースで肉を平らげ始めた。その光景を眺めながら、俺はメモ帳を開く。
現在の手持ち金額は53,900ゼナ。
初日の手持ちを上回っている。一部だけでもノルに給金を支払うか、それとも更にノルの戦力に投資をするか。夕方のノルの冗談を思い出すと、急いで現金を渡さなくてもよいような気もする。かと言って、防具はいらないと言われているし。
となれば。
俺は、初日からの懸案事項に、着手することにした。住環境の改善である。




