1-11 剣と護衛の定義
武器屋の中は、鉄と油と錆臭い匂いがした。
壁一面に剣、槍、斧、盾が飾られ、樽には何種類もの矢が刺さり、天井からは弓がぶら下がっている。全男子の血が騒ぐ光景だが、あいにく中身は32歳の総務課長代理だ。騒ぐのは血よりも、値札を読む目線である。
ついでに、こっそり「見て」みた。
……巻いてない。壁の剣も槍も、糸は1本も見えない。一般的な武器は、魔力が流れないただの金属の塊らしい。俺の魔力鑑定は、この店ではほぼ役に立たないということだ。
ノルに店の様子をこっそりと伝えると、武器屋では特別な武器は全て奥の部屋にあるという。店主のお眼鏡にかなった人だけが、選ばせてもらえることが多いらしい。そして、もちろんお値段も特別だ。魔力で攻撃力が上がる付与付きの剣は、中古でも15万はするらしい。はい、無理。
「ノル、予算は20,000ゼナだよ。この範囲で、欲しいものを選んでほしい」
「わかった」
ここからは専門家の仕事だ。ノルは中古の剣を次々と手に取り、刃を目の高さで眺め、柄を握り、軽く振る。店主のおやじが「お前さん、わかってるね」と目を細めるくらい、その所作は堂に入っていた。
やがてノルは、飾り気のない1本の鉄剣を選んだ。刃渡りは長め。無骨だが、素人目にもよく手入れされているのがわかる。
「これがいい。前の持ち主が、大事に使っていた剣だ」
中古の剣は15,000ゼナだった。腰ベルトにつける革ホルダーと小型の解体ナイフも追加して、少し値段交渉をして、合計18,000ゼナ。会計を済ませると、ノルはすぐに腰に剣を差した。さすが元騎士。すごく様になっていてカッコいい。全身黒の服に、銀色の剣。誰が見てもイケメン俳優だ。黒の首輪すらファッションアクセサリーにしか見えないくらい、決まっている。俺は思いっきり褒めまくった。
店を出て、俺は勢いのまま隣の防具屋を指さした。
「次は防具だな。今の服、ペラペラの布だし」
「不要だ。今の場所なら、防具はかえって動きを鈍らせる」
「でもさ、胸当てぐらいなら──」
「別に構わん。当たったら死ぬだけだ」
ノルの言葉に、思わず振り返った。
俺をいつも抱っこで運んでくれたり、真剣に武器を選んだり、最初の頃に比べて投げやりな態度は減ってきたと思っていたのだが……ノルはまだ死にたいのだろうか。いつも通りの無表情で、ノルの考えは読めない。
今は、自死できないという奴隷の首輪が、俺にとってはありがたかった。
言葉が出なくて思わず立ち止まっていると、ノルが新しい剣の柄を撫でながら、ぽつりと言った。
「……最初は、これと似た支給品だった。剣も、鎧も」
「支給品?」
「辺境の領主に騎士として雇われていた。魔物退治が多かった」
思わず、目を見開いてしまった。
ノルが自分の昔話をしたのは、動揺していたドラゴンブレスの時を除いて初めてだった。辺境の騎士で魔物退治のプロフェッショナル。どうりで剣の目利きも、魔物の知識もよく知ってるわけだ。
なら、なぜ。
そんなちゃんとした職業の人が、どうして犯罪奴隷にまで落ちて、処分寸前になっていたのか。喉まで出かかった質問を、俺は飲み込んだ。誰にでも話したくないことはある。もちろん、俺にも。いつか、ノルの方から話してくれるのを待とう。
軽く息を吐いて、明るく話を続ける。
「なるほどね。では元騎士様、新しい剣で、6歳児の護衛業務をお願いいたします!」
「ああ。──だから明日から、魔物を狩る」
「は?」
話が急に飛んだ。聞けば、草原にも小型の魔物が出る。それを狩って素材を売れば、薬草と別口の収入になる、という理屈だった。理屈はわかる。わかるけど。
「ダメだ。危険すぎる」
「草原に出るのはD級魔獣までだ。俺には余裕だ」
「ノル、そういう問題じゃない。あなたの契約区分は『護衛奴隷』です。魔物の討伐は戦闘業務。やるなら『戦闘奴隷』への契約区分の変更手続きが必要で──」
「不要だ」
ノルは、言い切った。
「護衛中に、視界に入った魔物は、主にとっての危険物だ。危険物の排除は護衛の仕事だ。つまり、護衛中に目に入った魔物を倒すのは、護衛業務の範囲内だ」
「……」
「違うか」
「……」
悔しいが、解釈は間違ってない。脅威の予防的排除であれば、警備業務の一環と言える。数日前まで「奴隷は残飯で足りる」とか言っていたくせに、なんなんだ、この理屈の切れ味は。
「……今回は、その契約区分解釈を認めます。ただし! 深追いは禁止、離れるのは私の視界内まで、危険を感じたら即撤退。以上を業務指示とします」
「わかった」
ノルが大きくうなずいた。
余った予算2,000ゼナの使い道を探して、市場の屋台を回ることにした。
ノルにエールを勧めても、タバコを勧めても秒で却下される。真面目君だ。
カラフルな香辛料、風になびく綺麗な刺繍布、妖精の鱗粉だというキラキラ虹色に光る不思議な粉。見ているだけでも楽しい。ノルに質問しながら歩いていると、急に声を掛けられた。
「お、剣を下げて、ちったぁ護衛らしくなったじゃねぇか」
振り向けば、スキンヘッドの奴隷商が、ノルを見てニヤニヤしていた。
こいつ、異世界に来て数時間の俺(しかも6歳児!)から金貨を奪っていったやつだ。
「ノルは、すっごく頼りになるし強いし優しいです。押し売りだったけど、売ってくれてありがとう」
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。相場の1/10だったんだぞ。おい、ノルグレン。あれだけ死にたい殺せとわめいていたくせに、いい眼付きになったじゃねぇか」
ノルは奴隷商をぐっと睨んだが、舌打ちして顔をそむける。
「くくっ。お前がそんな顔をするとはな。売値30万なら買い戻しは3,000万か。うまくやれば解放されるかもしれねぇぞ」
むむ? ノルの首輪を無神経に触っている奴隷商の服を引っ張って訊ねる。
「ねぇ、買い戻しってなに?」
「坊主は知らねぇのか。奴隷はお金を払って自分を主人から買い戻せるんだよ」
奴隷商の説明によると、この国には、法定の買い戻し制度があるという。大陸奴隷法ではなく、この国の国法だから小冊子には載っていなかったようだ。俺は驚いた。まさに青天の霹靂だ。本人が規定額を納めれば、隷属契約は解除されるのだ。ノルの場合、その額は俺が買った価格の100倍──3,000万ゼナ。今の俺たちには、途方もない金額だ。
「じゃあな、俺は次の町に移動するよ。お前ら、頑張れよ」
そう言って手を振る奴隷商に、俺も手を振り返した。
「そいつが解放できたら、ウチで武勇伝として宣伝させろよ。客寄せになるぜ」
最後まで自分勝手な男だった。
だが、買い戻し制度か。ノルの日給は手当込みで3,200ゼナ。年間260日勤務でも36年かかる。桁が違い過ぎて、現実感が無い。となると、俺にできることは……。
ノルに抱きかかえられて宿へ向かいながら、俺は俺にできることを考え始めた。
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ノルの買い戻しまで:29,987,400ゼナ
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