1-10 目立たず地道に
朝、目を覚ますと、視界いっぱいに無表情なノルの顔があった。
覗き込まれていた。俺の脇に座ったまま、腕を組んで。
「おはよう?」
「無理をするなと、言ったはずだ」
低い。声が地を這うように低い。そういえば昨夜、大部屋の隅で倒れたのだった。毛布をかけてくれたのは、聞くまでもなくノルだろう。
「大丈夫だよ。後は寝るだけの状態だったし、いつもよりグッスリ眠れたよ? いつも床が痛くてさぁ……」
「主、ダメなものはダメだ」
「ちゃんと事前にリスクを開示して、承認を得て、安全な場所で、監督者付きで実施した。手順は踏んでいる」
「承認した覚えはないぞ……本当に6歳なのか? 口の減らない主だ」
すまんな、中身は32歳の総務課長代理だ。
ため息をつくノルの眉間のしわが、いつもより多い。怒っている、というより──あの少し下がった眉は、心配していたのかもしれない。だとしたら、悪いことをした。だが、反省はしてない。今後もよろしく頼む。
今日は休日2日目、いわゆる日曜日だ。ノルに護衛の労働はさせられない。俺一人でギルドへ行って薬草を売れば何の問題もないだろう。
「ギルドに行ってくるね。ノルは好きにして」
ノルが布袋にしまってくれていた昨夜の薬草を持って大部屋を出ると、後ろから静かな足音がついてきた。その足音の主を見上げて、目で問いただす。
「……俺も、ギルドに用がある」
「用って?」
「……ちょっとな」
ノルは目を泳がせながら、それ以上は言わなかった。ふーん。護衛が仕事のこの大男の「用」とは何なのか。まあ、休日に何をしようと自由だ。というより、たぶん……。
ギルドの買取窓口に、俺は昨夜の薬草2本を出した。ノルは入り口のあたりで、ふいと別の方へ歩いていった。
きれいな窓口のお姉さん──名札によると、リーナさんが1本を手に取り、目を見開いた。
「……は? これ上級じゃない。あんたが採ったの? 嘘でしょ」
「草原の奥の方で、偶然、見つけたんだ~えへへ」
6歳児無邪気スマイルをピカーッと放つ。
「へえ! おチビのくせにやるじゃん。上級薬草、2本で2万ゼナだよ」
マジで? 2万!?
窓口で平静を装いながら、俺の中の経理担当が猛スピードで計算していた。中級(3,000ゼナ)を仕入れて上級(10,000ゼナ)にする。粗利7,000ゼナ。製造費は俺の魔力と気絶のみ。なんという事業モデルだ。いくらでも融資が集まりそうだ。思わずニヤついてしまう。
換金を終えて振り返ると、大男のノルはすぐに見つかった。壁際の依頼掲示板の前に立っている。だが、視線は掲示板ではなく俺の方に向いていたから、すぐに目が合った。ノルは、ばつが悪そうに俺から目を逸らす。何なら耳が少し赤い。
やはり、自分の「用」なんて無くて、俺が心配でついてきたのだろう。図書館と違って、ギルドは荒っぽい人も多いし、昨晩、俺が倒れるまで魔力を使ったから。
本当に、あの初日の無口威圧仏頂面はなんだったんだ。今の過保護っぷりとの落差が大きすぎて呆れてしまう。ツンデレかよ。いや、本来の彼の姿はこっちなのだろう。
俺は駆け寄って、声を落として早口で言った。
「ノル、聞いたか。2万だぞ。俺なら15分でコレができる。もしかすると、最上級(5万ゼナらしい!)も狙えるかもしれない。これで、もう草原に行かなくても──」
「主」
ノルが、掲示板から向き直り、さりげなく俺を抱き上げて、ギルドの出口に向かいながら耳元でささやく。
「新人が上級品ばかり納品すれば、怪しまれるぞ」
「……え」
「Fランクの6歳児が、毎日上級薬草を持ち込む。ギルドは出所を疑う。盗品か、あるいは──『何か』を持っているか。噂になれば、面倒な連中が寄ってくる」
スッと、背筋が冷えた。思わずノルにしがみつく。
昨日、図書館で読んだばかりじゃないか。ユニークスキルを巡って、国が栄え、国が滅んだ。俺のスキルは、儲け話のネタである前に、重要機密情報なのだ。浮かれて量産すれば、自分から神殿にアピールするようなものだ。
「……そうだね。その通り危険だ」
目立ってはいけない。前世でも学んだはずだ。突出した数字は説明を求められ、必ず根拠資料を精査される。稟議が通りやすいのは、前年比プラス数パーセントの絶妙な線をついた、面白みのない計画書だ。
「今後は、等級を混ぜて納品する。下級を多めにして、中級はそこそこ、上級はやめておく。『運のいい新人』の範囲に収まるようにするよ」
「それでいい」
ノルが、わずかに頷いた。……この男は単なる脳筋ではなく、こういった通俗的な知識も持っているようだ。思いのほか頼りになる指摘には特別手当を──いや、これは護衛という業務範囲内の助言か。惜しい。ノルは護衛をしてないって言い張るだろうな。こうやって、抱っこ状態で俺を運んでいるくせに。
さて、想定外の2万ゼナだ。
臨時予算の消化アイデアは、やはり現場の専門家に聞くに限るだろう。
ギルドを出てもなぜか俺を抱きかかえたまま歩いているノルに、俺は質問した。
「ノル。もっと収入を増やすには、どうしたらいい? たとえば、草原の奥の方に行けば、中級薬草って増えるの?」
「増える。奥に行くほど、魔力の濃い場所が増える」
「なるほど。じゃあ、この2万ゼナで何か買うとしたら、何が一番、収入につながると思う?」
ノルは、しばらく黙って歩いた。いつもの「不要だ」の即答がない。珍しい。十歩ぶんほどの沈黙のあと、低い声が言った。
「……できれば、もう少し、マシな武器が欲しい」
俺は思わず、ノルの顔を二度見した。
あのノルが。「問題ない」と「不要だ」で、人の心配を封殺する男が。初めて、自分から欲しいものを口にしたのだ。これはクララが立ったレベルではないだろうか。
──いや、待て。浮かれるな。話は繋がっているじゃないか。草原の奥は薬草が増える。そこでノルは武器を欲しがる。つまり、奥は今よりも危ないのだ。今のその辺で拾った木の棒では、護りきれない何かが出る。この要望は物欲ではなく、業務上の必要装備の申請と捉えるべきだ。
だとしたら、回答は1つしかない。装備は使用者が用意するもの。安全配慮は俺の義務だ。
「わかった。武器屋に行こう」
武器屋の看板は、大通りの先に見えていた。




