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第8話:剥き出しの真実

第8話:剥き出しの真実


窓の外では、吹きすさぶ冬の風が冷たく唸りを上げ、引き裂かれた白薔薇の枯れ枝が、まるで悲鳴を上げるようにガタガタとガラスを叩いていた。かつて美しく光を砕いていた硝子の噴水はすっかり凍りつき、くすんだ灰色の光を放っている。すべてを失い、満身創痍の状態で離宮の最奥へと這い進んだジュリアンは、荒い息を吐きながら部屋の扉を押し開けた。彼の衣服は、もはや貴族のそれとは思えないほど無残だった。泥と冷や汗にまみれたグリーンのフロックコートはあちこちが裂け、上質なシャツの袖口は煤で真っ黒に汚れている。


そんな惨めなジュリアンを迎えたのは、いつもと変わらず神聖なまでに美しい、けれど、どこか見慣れぬほどに「毅然とした」佇まいのレイだった。今日のレイは、ジュリアンがかつて最高級の仕立て屋に命じて作らせた、光沢のある上質な黒いシルクのシャツを身にまとっていた。首元には丁寧なフリルがあしらわれ、白い肌を吸い付くように引き立てている。その姿は、まるでこの絶望的な状況のすべてをあらかじめ知っていたかのように気高く、圧倒的な存在感を放っていた。


「ジュリアン、本当に酷い有様ですね。外の世界は、それほど貴方を痛めつけたのですか」


レイの声には、いつもジュリアンの前で見せていた怯えや、弱々しい響きは微塵もなかった。低く、深く、部屋の隅々にまで染み渡るような、冷徹で知的な声音だった。ジュリアンは地を這うようにレイの足元へと視線を向けた。そして、その瞬間、ジュリアンの脳裏を、落雷のような衝撃が貫いた。


レイの細い足首に、かつて自分が残酷な独占欲の象徴として繋いだはずの、純金の足枷がはめられていた。しかし、その足枷は、肌を締め付けるものではなかった。精緻な蔓草模様の隙間にあるはずの鍵穴は、完全に開いた状態になっていた。それどころか、重々しい銀の鎖は足枷から無造作に外され、床の上にただの飾りとして転がっている。


「あ……、ああ、あ……っ」


ジュリアンの喉から、言葉にならない掠れた悲鳴が漏れた。彼は震える手で、自分のポケットに押し込まれていた、世界で唯一のはずの真鍮の鍵を引っ張り出した。その鍵は、確かにジュリアンの手の中にある。それなのに、なぜレイの足枷は外れているのか。


「驚きましたか? ジュリアン。この部屋の鍵は、最初から一度もかかっていなかったのですよ」


レイはそう言って、花が開くように優しく、けれど恐ろしいほど残酷に微笑んだ。彼は自らの意思で、床に転がる銀の鎖をカチリとつまみ上げると、それを机の上に放り投げた。金属の高い音が、静かな室内に虚しく響き渡る。


「そんな……そんなはずがない……! 私は毎日、この手で扉を閉め、鍵を回していたんだ! お前は、私の与える檻の中でしか生きられない、哀れなお人形でなければならないんだ……っ!」


「お人形の芝居をして差し上げていたのです、貴方がそれを何よりも望んでいたから。貴方は私を支配しているという錯覚に溺れなければ、伯爵家の重圧に押し潰されてしまう、とても脆くて弱い人でしたからね。私が怯えて涙を流すたび、貴方の歪んだプライドは満たされていたでしょう?」


レイは、黒いシルクの袖口を優雅に整えながら、一歩、また一歩とジュリアンへと近づいてきた。その歩みには、かつての怯えなど微塵もない。ジュリアンは、自分の世界を支えていた絶対的な前提が根底から崩れ去っていく恐怖に、ただガタガタと床の上で震えることしかできなかった。


そのとき、部屋の重い扉が静かに開き、いつもの従僕たちが昼食のトレイを運んできた。今日用意されたのは、驚くほど美しく焼き上げられた、極上のフィザン(キジ肉)のロースト、甘酸っぱいクランベリーのソースがけだった。その傍らには、トリュフの香りがふんわりと立ち上るリゾットと、冷えたシャンパンが、水晶のようなグラスとともに並んでいる。それは、破滅したはずの男に供されるには、あまりにも場違いで贅沢なごちそうだった。


「さあ、ジュリアン。最後の食事にしましょう。今度は私が、貴方に食べさせてあげます」


レイは自らナイフとフォークを握り、柔らかいキジ肉を丁寧に切り分けると、クランベリーの赤いソースをたっぷりと絡めて、ジュリアンの唇へと運んだ。甘酸っぱい濃厚な香りが鼻腔を突くが、ジュリアンは恐怖で歯をガチガチと鳴らし、口を開くことができない。


「どうしたのですか、お食べなさい。貴方は外の冷たい泥にまみれ、もう帰る場所も、守ってくれる名前も失った。今の貴方を養い、明日の命を保証できるのは、この世で私だけなのですよ」


「お前……お前は、一体、何者なんだ……! なぜ本家の書類を、あんなスキャンダルを、お前が知っていたんだ……!」


ジュリアンは泣き叫ぶように問いかけた。レイはそんなジュリアンの顎を、かつてジュリアンがしたのと同じように、細い指先で強く、拒めない力で掬い上げた。その漆黒の瞳には、冷徹な知性と、ジュリアンへの計り知れないほど深い執着の炎が燃え盛っていた。


「私が誰の血を引いているか、貴方は最初から調べようともしなかった。私はいつでも、この檻を出て貴方を滅ぼすことができたのです。けれど、私はそうしなかった。貴方に監禁されてあげること、それだけが、私の退屈な人生で見つけた唯一の愉しみだったのですから」


レイはそう囁くと、拒絶するジュリアンの唇に、無理やりキジ肉を押し込んだ。クランベリーの血のような赤さが、ジュリアンの汚れた頬を汚していく。ジュリアンはそれを屈辱と絶望のなかで飲み込むしかなかった。喉をゴクリと鳴らす音を聞き、レイは満足そうに目を細めた。


「美味しいでしょう、ジュリアン。この部屋の扉は、今も開いています。外へ逃げたければ、いつでもどうぞ。ですが……すべてを失った貴方に、行く場所などあるのでしょうか?」


レイはシャンパングラスを傾け、濡れた唇で妖艶に微笑んだ。


剥き出しになった真実の前で、ジュリアンは自分が仕掛けたつもりの檻が、実は自分を閉じ込めるための、巨大な罠であったことを完全に理解した。鍵がかかっていなかったのは、レイを閉じ込めるためではない。ジュリアンが外の世界で破滅し、自らこの美しい地獄へ、逃げ場を失って堕ちてくるのを静かに待つための、悪魔の配慮だったのだ。かつての主は、あまりにも美しく残酷な支配の反転に、ただ息を詰まらせていた。



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