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第7話:剥がれ落ちる虚飾

第7話:剥がれ落ちる虚飾


冬の嵐が激しく吹き荒れ、離宮の窓ガラスをガタガタと恐怖を煽るように震わせていた。あれほど美しかった白薔薇の庭園は無残に引き裂かれ、硝子の噴水は凍てついた突風のなかで冷たい飛沫を狂ったように撒き散らしている。ドスン、と重苦しい音を立てて扉が殴り開けられた。現れたのは、かつての傲慢な若き伯爵の面影を完全に失ったジュリアンだった。今日の彼の衣服は最悪の有様だった。かつて誇り高く身にまとっていた上質なチャコールグレーのウールコートは泥にまみれ、深緑のシルクのネクタイは無残に引き千切られるように緩んでいる。髪は乱れ、目は血走り、全身から絶望と恐怖の悪臭を放っていた。


ジュリアンを待ち受けていたのは、完璧に仕組まれた破滅の罠だった。本家に長年隠蔽されてきた巨額の不正蓄財、そして完璧な貴族としての未来を保証するはずだった婚約者の一族を巻き込んだ、おぞましい社交界のスキャンダル。それらが何者かによって完璧な証拠とともに、同時に告発されたのだ。地位も、名誉も、名前さえも失脚寸前まで追い込まれ、表舞台のすべてを失いかけたジュリアンは、正気を失った獣のように、この離宮へと逃げ込んできたのだった。なぜなら、外界のすべてに拒絶された今、この閉ざされた空間だけが、自分が「絶対的な神」として君臨できる、世界で唯一の逃げ場所だったからだ。


暖炉の火が静かに燃える部屋の中央で、レイはいつもと変わらぬ神聖な静けさを保って座っていた。今日のレイは、ジュリアンが以前買い与えた、目の詰まった濃紺の上質なウールセーターに、清潔な白いスラックスを合わせていた。その端正な姿は、泥まみれで狂いそうなジュリアンとは対照的に、神々しいほどに美しく、完成されていた。


「ジュリアン様……? お可哀想に、そんなに泥にまみれて、一体どうなさったのですか」


レイは、感情の読み取れない漆黒の瞳を微かに揺らし、立ち上がろうとした。しかし、その足元から伸びる金と銀の鎖がジャラリと冷たい不協和音を響かせる。ジュリアンはその音を聞いた瞬間、狂ったように笑い声を上げながらレイへと突進し、その細い身体を押し潰すように強く強く抱きしめた。


「レイ……! レイ、私の可愛いお人形! ああ、お前だけだ、お前だけが私のものだ! 外の世界はすべて狂ってしまった! 私を騙し、私からすべてを奪い去ろうとする悪魔ばかりだ! だが、お前は違うだろう? お前は私の檻の中で、私なしでは呼吸もできない、私だけの小鳥なんだから!」


ジュリアンはレイの濃紺のセーターに顔を埋め、まるで母親の胎内に逃げ込む子供のように激しくむせび泣いた。彼のプライドという名の虚飾は、今や完全に剥ぎ取られ、剥き出しの醜い依存心だけが残されていた。しかし、抱きしめられているレイの身体は、驚くほど冷徹で、びくりとも動かなかった。レイはジュリアンの乱れた髪に、冷たい指先をそっと這わせながら、囁くように問いかけた。


「まあ……そんなに酷いことがあったのですね。あの方たち、ジュリアン様を傷つけるなんて、本当に不届きな悪魔です。ねえ、ジュリアン様。もう外の世界のことなど、すべてお忘れなさい。貴方には私が、そしてこの美しい離宮があるではありませんか」


「そうだ……その通りだ! 私はもう外へなんか出ない! ここで、お前を支配し、お前の神として一生を過ごしてやる! おい、早く食事を運べ! 私は飢えているんだ、お前を調教する神としての力を、私に誇示させてくれ!」


ジュリアンは狂乱した声で叫び、手を叩いた。すでに本家の機能は麻痺しかけていたが、この離宮の従僕たちだけは、なぜかいつも通り迅速に、そして音もなく完璧な昼食のトレイを運んできた。テーブルに並べられたのは、不気味なほど贅沢な、牛頬肉の赤ワイン煮込みだ。フォークを入れずとも崩れるほど柔らかく煮込まれた肉からは、濃厚なスパイスの香りが立ち上っている。サイドには、トリュフオイルを回しかけた滑らかなマッシュポテトと、酸味の利いた赤キャベツのマリネ、そして血のように深い色をした、極上のヴィンテージ赤ワインがボトルごと置かれていた。


「さあ……さあ、レイ! いつものように、私の手から食べるんだ! お前は私がいなければ、飢えて死ぬだけのお人形なんだからな!」


ジュリアンは震える手でスプーンを掴み、牛頬肉を乱暴に掬い上げると、レイの唇へと突きつけた。ソースがレイの白いスラックスに一滴、黒いシミとなって落ちる。しかし、レイは怒る風でもなく、ただ哀れむような、あるいは全てを見通しているかのような瞳でジュリアンを見つめ、静かにその口を開いた。濃厚な肉の旨味とワインの渋みが口内に広がる。レイはそれを優雅に飲み干すと、ジュリアンの泥まみれの手を、両手でそっと包み込んだ。


「美味しいですか、ジュリアン様」


「私が、私がお前に食べさせているんだ! 美味しいのはお前だろう!」


「いいえ、ジュリアン様。本当に飢えているのは、私ではなく、貴方のほうではありませんか? 貴方は、私に食事を与えるという行為でしか、もうご自分の存在を保てなくなっている。お可哀想なジュリアン様。外の世界で誰も貴方を認めなくなったから、私の檻の中に、自ら逃げ込んできたのでしょう?」


レイの口から紡がれた言葉は、これまでの従順なお人形のそれとは、明らかに一線を画していた。その声音は酷く優しく、そして容赦のない剃刀のように、ジュリアンの精神の急所を的確に切り裂いた。


「な……何を、何を言うんだ、レイ……! お前は監禁されている被害者だろう!? 私の慈悲がなければ、一歩も動けない可哀想な小鳥のはずだ!」


ジュリアンは恐怖に顔を歪め、掴んでいたスプーンを床に落とした。ガシャンと高い音が響き、赤ワインのソースが床に飛び散る。目の前の青年が着ている濃紺のセーターが、まるで夜の闇そのもののように肥大化し、自分を飲み込もうとしているかのような錯覚に陥る。レイはそんなジュリアンの動揺を愛おしげに見つめながら、グラスの赤ワインを自らの手で掴み、一口、優雅に含んだ。


「ええ、私は可哀想な小鳥ですよ。貴方がそう信じることで幸せになれるのなら、私はいくらでも、そのお芝居に付き合って差し上げます。ですが、お忘れですか? 虚飾が剥ぎ取られた後に残るのは、冷酷な現実だけなのです」


レイはそう言って、初めてジュリアンを冷たく突き放すように微笑んだ。その漆黒の瞳の奥には、ジュリアンを破滅に追いやったあのスキャンダルや告発の、すべての糸を裏で引いていた黒幕の、圧倒的な知性と狂気がギラりと輝いていた。


窓の外では、嵐が白薔薇の茎をへし折り、硝子の噴水が激しい雨のなかで完全にその光を失っていく。ジュリアンは、目の前に立つ青年の圧倒的な存在感の前に、ただガタガタと震えることしかできなかった。自分が「絶対的な神」として君臨するために逃げ込んできたこの離宮は、最初から自分を迎え入れ、逃げられなくするための、レイの巨大な罠の胃袋の中だったのだ。剥がれ落ちた虚飾の果てに、かつての主は、自分が檻の鍵を握るどころか、すでにその檻の最奥で家畜のように飼育されていたという、あまりにも凄惨な真実に直面しようとしていた。



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