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外れ刻印の灰掃き、魔物の群れを刈るたび廃村が目を覚ます ~追放された少年は灰鐘を鳴らし、底なしの夜を今日で止める~  作者: 花守りつ


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024 砂狼千群

南の乾き谷の朝は、いつも灰の匂いから始まる。昨日までなかったものが一つ増えると、そのぶんだけ谷の奥も深く暗くなる。楽になったと思った瞬間、闇は別の入口を見つけてくるのだ。

 この日、俺たちの前にあった問題は砂狼千群だった。相手は砂狼。数は千。一つずつなら刃で足りるが、群れになれば息も足場も奪ってくる。

 ここまでに得たものは、自分たちで守った自治の誓い、鐘守りユナの解放、弔いの祈りと清い灰、礎石の知識。どれも小さな獲得だったが、小さな獲得が重なると村の動きが変わる。問題は、灰獣のほうもこちらの変化を嗅ぎつけることだった。

 数は恐怖だ。けれど、形を変えれば数そのものを斬れる。その感覚は、胸の真ん中に残ってなかなか消えなかった。

 南の乾き谷で一番怖いのは、強い敵そのものではなく、昨日の勝ち方を今日も使えると決め込むことだった。灰の匂い、風の向き、足場の湿り、遠くで響く小さな音。そのどれか一つが変われば、同じ砂狼千群でもまるで別の戦いになる。だから俺は、刃を抜く前に必ず周りを見た。

 アグは俺の足元で鼻を鳴らした。灰犬の仔だったはずなのに、今では肩ほどの高さがある。人間より先に危険を感じるくせに、子どもが泣くとすぐそちらへ寄っていくので、村では番犬より子守り扱いされていた。

 俺はうなずき、広場を見回した。誰も完全には慣れていない。慣れてしまえば危険だ。だが、怯えたまま固まる者もいない。昨日まで泣いていた子どもが水袋を運び、歩けなかった老人が灯籠の油を数えている。

 最初に来たのは匂いだった。焦げた毛、濡れた鉄、古い土。次に音が来る。無数の爪が石を叩き、草を裂き、呼吸を一つのうねりにして押し寄せてくる。

 砂狼は、ただ突っ込んでくるだけではなかった。先に弱いところを探し、次に音でこちらを焦らせ、最後に数で押す。騎士団の教本には載っていない戦い方だが、この谷ではそれが普通だった。

 恐怖が腹に来る。だが、恐怖を否定しても足は速くならない。俺はそれを息と一緒に飲み込み、次の一歩を選んだ。逃げる一歩ではなく、群れの中心を割る一歩だ。

 千という数は、口にすればただの言葉になる。けれど目の前で動くと、それは壁であり波であり、こちらの心を削る音になる。俺は数えすぎないことにした。一匹を倒し、次を倒し、倒れた灰が足元に道を作るのを待つ。

 セナが後方で名を呼ぶと、避難する者の流れが乱れにくくなった。誰がどこへ行くかを知っているだけで、前線の足場は守られる。剣の外側で起きることも、戦いの一部だった。

 ユナの祈りが鐘楼の石を震わせた。強い光ではない。だが、濁った灰が刃にまとわりつく前にほどける。俺はそのわずかな澄みを頼りに、次の影へ踏み込んだ。

 ミナの矢が左の隙間を縫った。羽の音が一つ消え、俺の足場が開く。そこへアグが飛び込み、噛むのではなく群れの向きを変えた。正面から受ければ押し潰される数でも、横へ流せば刃が届く。

 砂狼千群は、数える前に地平を埋めた。乾き谷の砂がすべて起き上がり、狼の形を取ったようだった。

 普通の刃では間に合わない。ガルドが作った赤滓鉄の輪は、まだ試作品で、握りを誤れば使い手の腕を持っていく。

「投げるな。刃に振り回される」

 ガルドの声が背中から飛ぶ。

「円を描け。円の内側に敵を入れるな」

 俺は輪刃を両手で持ち、砂狼の流れへ踏み込んだ。直線で斬るのではなく、円で押し返す。一振りで十を倒せるなら、次には百が来る。だから十を倒す振りで、百の動きを曲げる必要があった。

 灰を集めるとき、俺はいつも三つに分けるようになった。すぐ戦いに使う灰、赤滓鉄の輪へ回す灰、村の暮らしへ混ぜる灰だ。最初は迷わなかった。全部を刃へ入れれば、目の前の砂狼を倒しやすくなる。けれど刃だけが強くなっても、喉が渇けば動けず、眠る場所がなければ判断を誤る。灰鐘が教えたのは、力の置き場所を間違えるなということだった。

 灰鐘の仕組みを知り、力の代償を見始めた時期だった。やるべきことは派手な勝利ではなく、灰を清め、名を残し、武器と祈りを同じ作業台に並べることだった。大きな力を得たように見える日でも、誰かが薪を濡らしたり、水袋を置き忘れたりすれば、夜には全部が危うくなる。強くなる道具ほど、使い方を誤れば内側から村を傷つける。だから俺たちは、獣の数だけでなく、靴紐の結び目や鍋の底の焦げまで気にするようになった。

 谷の奥は、こちらの成長を黙って見逃してはくれない。輪刃の試作を得た日の夜には、必ず別の癖を持つ灰獣が現れる。硬いもの、速いもの、音を消すもの、群れの形を変えるもの。俺たちは楽になるために強くなるのではなく、次の苦しさに耐えるために強くなっているのだと、何度も思い知らされた。

 俺は以前、強さとは一人で多くを背負えることだと思っていた。騎士団でそう教えられたからだ。けれどカナンでは逆だった。ミナ、ガルドがそれぞれの仕事を持つほど、俺が背負わなくていいものが増える。背負わないからこそ、必要な瞬間に走れる。

 戦いの合間、俺はよく鐘楼の影で手を開いた。左手の刻印には、細かな灰が爪の間まで入り込む。洗っても完全には落ちない。昔なら、それが嫌だった。外れと呼ばれた印に、さらに灰が染みつくのが惨めだった。今は違う。この灰で輪刃の試作が生まれ、誰かが水を飲み、誰かが夜を越す。汚れではなく、通ってきた道の色だと思えるようになった。

 ただ、得ることには必ず費用があった。刃が強くなれば腕への負担が増え、道が伸びれば守る距離も伸びる。赤滓鉄の輪を使える者が増えれば、壊れたときに困る者も増える。便利になるほど弱点も増えるということを、カナンでは誰も理屈ではなく体で覚えた。

 夕方になると、村の影は長く伸びる。壊れた壁の影、立て直した柵の影、まだ屋根のない家の影。影の数だけ、昨日と今日の差が見える。俺はその差を一つずつ確かめた。大きな城ではない。けれど、何もなかった場所に輪郭が戻っていくのを見ると、喉の奥に詰まっていたものが少しだけ下りた。

 得るたびに明るくなるわけではない。得たものの重さを知るほど、俺たちは少し口数が減った。俺はその空気を、何よりも大事にした。強い刃は折れることがある。高い柵も破られる。けれど、誰かが倒れたときに別の誰かが手を伸ばす習慣は、簡単には壊れない。灰鐘が本当に育てていたのは、俺の腕でも村の壁でもなく、その習慣だったのかもしれない。

 だから俺は、砂狼千群を前にしても、最初のころのようにただ生き延びることだけを考えなくなった。生き延びたあと、何を残すか。誰が次に使える形へ変えるか。どの獲得を、どの弱い場所へ渡すか。そんなことを考えながら刃を握るようになったとき、外れ刻印という言葉は、少しずつ遠い場所の悪口になっていった。

 夜の見張りで一人になると、遠くの谷からまだ知らない声が聞こえることがある。恐ろしい声ばかりではない。助けを求める声、怒る声、名前を呼ぶ声。灰鐘がそれを聞かせるのか、俺の刻印が拾ってしまうのかは分からない。分からないままでも、次に進む理由にはなった。

 俺は勝利を信じるより、手順を信じるようになった。灰を拾う。清める。分ける。使う。壊れたら直す。足りなければ別の手を探す。その繰り返しは地味で、吟遊詩人が歌うような輝きはない。けれど、南の乾き谷で生き残るには、その地味さが何より強かった。

 戦いが終わると、地面に残った灰は風に散らず、俺の刻印へ細い糸のように寄ってきた。熱いわけではない。ただ、胸の奥で小さな鐘が鳴る。その音が鳴ったぶんだけ、俺たちは何かを一つ取り戻せる。

 輪刃の試作は、俺一人を強くするだけでは終わらなかった。水に混ぜれば井戸が澄み、炉に入れれば火が安定し、道に撒けば小さな足でも逃げ遅れない土になる。灰掃きの刻印は、力を独り占めする刻印ではなかった。

 今回の獲得は輪刃の試作だった。言葉にすると一つだが、その一つは何通りにも使える。赤滓鉄の輪と結びつければ戦いの手になり、人の手と結びつければ暮らしの支えになる。

 本来なら、力を得れば危険は減るはずだ。けれど、この谷では逆だった。こちらが一つできるようになると、灰獣は二つ先の形で現れる。だから成長は終点ではなく、次の困難へ進むための足場だった。

 誰か一人が強くなれば済む話ではなかった。前へ出る者、遠くを見る者、火を守る者、名を残す者、子どもの手を引く者。その役割が噛み合って初めて、村は一本の剣より折れにくくなる。強さは腕だけでなく、絡み合う手の数でも決まるのだ。

 戦いが終わると、村人たちはすぐに動き始めた。倒れた者を運び、破れた布を縫い、拾える灰を清め、使える骨をより分ける。勝ったという言葉を口にする前に、次の夜へ備える。それがカナンの一日だった。

 ミナは俺の肩の傷に布を巻きながら、「無茶をするな」と言った。俺が返事をする前に、ガルドが「無茶をしない戦場などない」とぼやき、セナが台帳から顔を上げずに「なら無茶の回数を記録します」と返した。少しだけ笑いが起きた。

 砂狼の灰が風に巻かれ、輪刃の縁で赤く燃えた。俺はその音を聞きながら、短剣についた灰を指で拭った。終わった戦いの灰は軽い。だが、次に来るものの影は、いつもその下に沈んでいる。

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