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外れ刻印の灰掃き、魔物の群れを刈るたび廃村が目を覚ます ~追放された少年は灰鐘を鳴らし、底なしの夜を今日で止める~  作者: 花守りつ


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013 鋼殻百足

昨日得た力は、今日になれば当たり前の準備になる。赤土の斜面でそれを忘れた者から、灰獣に飲まれる。俺はそういう谷で、捨てられた外れ刻印を抱えて立っていた。

 この日、俺たちの前にあった問題は鋼殻百足だった。相手は鋼殻百足。数は一体と、その節から生まれた小百足。一つずつなら刃で足りるが、群れになれば息も足場も奪ってくる。

 ここまでに得たものは、奪われなかった旗杭、見張り櫓と警鐘の綱、台所と働く手、深井戸の水脈。どれも小さな獲得だったが、小さな獲得が重なると村の動きが変わる。問題は、灰獣のほうもこちらの変化を嗅ぎつけることだった。

 一体の大物は、群れとは違う恐怖を連れてくる。その感覚は、胸の真ん中に残ってなかなか消えなかった。

 赤土の斜面で一番怖いのは、強い敵そのものではなく、昨日の勝ち方を今日も使えると決め込むことだった。灰の匂い、風の向き、足場の湿り、遠くで響く小さな音。そのどれか一つが変われば、同じ鋼殻百足でもまるで別の戦いになる。だから俺は、刃を抜く前に必ず周りを見た。

 ガルドは金床の前で、片目だけを細めて俺を見た。「坊主、刃は強くなった。だが使い手が刃に追いつこうとして息を捨てている」

 「息を捨てる?」

 「急ぐなということだ。群れ相手に急げば、死ぬ順番だけ早くなる」

 ミナはその横で矢羽根をそろえ、アグは炉の熱を嫌って扉の外へ寝そべっていた。村はまだ小さいが、誰がどこにいるか分かるだけで、戦いの前の怖さは少し形を変える。

 群れは、遠くから見ると一枚の布のようだった。灰色の布が地面を這い、ところどころに牙や角や羽が光る。近づけば、それが一匹ずつ違う飢えを持っていると分かる。

 鋼殻百足は、ただ突っ込んでくるだけではなかった。先に弱いところを探し、次に音でこちらを焦らせ、最後に数で押す。騎士団の教本には載っていない戦い方だが、この谷ではそれが普通だった。

 恐怖が腹に来る。だが、恐怖を否定しても足は速くならない。俺はそれを息と一緒に飲み込み、次の一歩を選んだ。逃げる一歩ではなく、群れの中心を割る一歩だ。

 一体と、その節から生まれた小百足という数は、口にすればただの言葉になる。けれど目の前で動くと、それは壁であり波であり、こちらの心を削る音になる。俺は数えすぎないことにした。一匹を倒し、次を倒し、倒れた灰が足元に道を作るのを待つ。

 ミナの矢が左の隙間を縫った。羽の音が一つ消え、俺の足場が開く。そこへアグが飛び込み、噛むのではなく群れの向きを変えた。正面から受ければ押し潰される数でも、横へ流せば刃が届く。

 ガルドの作った刃は、灰を吸うたびわずかに重くなる。重くなるのに、振りは鈍らない。むしろ次の軌道を刃のほうから教えてくるようで、俺はその声に合わせて肩を抜いた。

 短剣を低く構え、先頭の鋼殻百足を足元から払う。倒した一匹が灰へ崩れる前に、次の影が肩へ飛び込んできた。俺は半歩だけ沈み、背中ではなく腰で回る。刃の先が円を描き、三つの喉をまとめて裂いた。

 鋼殻百足は、山の斜面そのものが動いているように見えた。節の一つ一つが盾ほど大きく、刃を弾く。小百足がその隙間から落ち、足元へ散らばった。

「正面は無理だ」

 ガルドが叫ぶ。

「腹を見せろ。どんな鎧にも裏がある」

 ミナが斜面の上へ矢を撃ち、俺は百足の左側を走った。アグが右へ吠える。百足は体を曲げ、こちらを挟もうとした。その瞬間、俺は巡り道で覚えた踏み込みを使い、節と節の間へ滑り込んだ。

 腹は柔らかかった。だが一度斬れば、百足は狂ったように転がる。押し潰される寸前、ガルドが投げた鎖が節に絡み、ミナの矢が支点を作った。村で増えた道具がなければ、俺の速さだけでは届かなかった勝利だった。

 灰鎖の胸当てをどう使うかで、村の一日は変わる。俺の体へ入れれば次の踏み込みが早くなり、新しい炉へ入れれば戦いの幅が広がり、広場へ撒けば子どもでも走れる足場になる。どれを選んでも正解に見え、どれを選んでも何かが足りない。だから俺たちは、勝ったあとにも必ず話し合った。戦いのあとに残る沈黙を、相談の声で少しずつ埋めた。

 人の声が増え、村が村として形を持ち始めた時期だった。やるべきことは派手な勝利ではなく、避難順を決め、鍋を大きくし、門番を置き、倒れた者をどこへ運ぶかまで決めておくことだった。大きな力を得たように見える日でも、誰かが薪を濡らしたり、水袋を置き忘れたりすれば、夜には全部が危うくなる。守る人数が増えるほど、勝利の条件も複雑になる。だから俺たちは、獣の数だけでなく、靴紐の結び目や鍋の底の焦げまで気にするようになった。

 鋼殻百足の動きには、谷の悪意だけでなく学習のようなものがあった。柵を避け、弓手を狙い、井戸や炉を先に壊そうとする。こちらが村として戦い始めると、敵も村の弱いところを噛むようになった。つまり戦場は、俺の前方だけではなく、台所や井戸端や名札の棚にまで広がっていた。

 ガルドの役割も、その日から少し変わった。誰かがただ守られる側にいると、群れはそこを噛みにくる。けれど、小さくても役割を持つと、人は恐怖で固まりにくくなる。矢を一本運ぶこと、灯籠を一つ吊るすこと。それだけで前線の形が変わる。

 戦いの合間、俺はよく鐘楼の影で手を開いた。左手の刻印には、細かな灰が爪の間まで入り込む。洗っても完全には落ちない。昔なら、それが嫌だった。外れと呼ばれた印に、さらに灰が染みつくのが惨めだった。今は違う。この灰で灰鎖の胸当てが生まれ、誰かが水を飲み、誰かが夜を越す。汚れではなく、通ってきた道の色だと思えるようになった。

 灰鎖の胸当てを手にした喜びは、長くは続かない。すぐに、誰が管理するのか、どこへ置くのか、壊れたときどう直すのかという話になる。最初は面倒だと思った。けれど、面倒な相談ができる場所は生きている。死んだ村には、誰が鍵を持つかで言い合う声などない。

 夜の前には、必ず一度だけ広場が静かになる。鍋の湯気が細く上がり、灯籠の火が揺れ、子どもたちが眠る場所を取り合う。そこへ遠くの唸りが混じると、全員の手が止まる。恐怖が消えたわけではない。それでも、手はまた動き出す。カナンはそうやって、毎晩少しずつ廃村ではなくなっていった。

 怖さは減らない。ただ、怖いと口にしても隣の誰かが手を止めなくなった。俺はその空気を、何よりも大事にした。強い刃は折れることがある。高い柵も破られる。けれど、誰かが倒れたときに別の誰かが手を伸ばす習慣は、簡単には壊れない。灰鐘が本当に育てていたのは、俺の腕でも村の壁でもなく、その習慣だったのかもしれない。

 だから俺は、鋼殻百足を前にしても、最初のころのようにただ生き延びることだけを考えなくなった。生き延びたあと、何を残すか。誰が次に使える形へ変えるか。どの獲得を、どの弱い場所へ渡すか。そんなことを考えながら刃を握るようになったとき、外れ刻印という言葉は、少しずつ遠い場所の悪口になっていった。

 準備の終わりには、必ず小さな確認をした。水袋の数、矢の束、逃げる子どもの順番、けが人を寝かせる戸板、新しい炉の置き場所。強くなるほど、こういう確認は増えていく。面倒だと思う暇はない。面倒を省いた場所から、群れは入り込む。カナンで得た力は、確認する手間を減らすものではなく、確認できる範囲を広げるものだった。

 力は、使った瞬間よりも使った後に正体を見せる。誰かを怯えさせる力なのか、誰かの仕事を楽にする力なのか、誰かがもう一度眠れる場所を作る力なのか。灰鎖の胸当てを手にしたあと、俺たちは必ずその正体を確かめた。確かめずに進めば、灰鐘の音は少しずつ濁るからだ。

 灰鐘へ灰鎖の胸当てを捧げると、鐘楼の石が内側から淡く光った。大きな奇跡ではない。だが、昨日なら諦めていた作業が今日ならできる。その差が、この村では命を分ける。

 鐘の音が収まると、村のどこかで必ず生活の音が増える。槌の音、鍋の音、子どもが走る音。戦いのあとにそれを聞けるから、俺は次の群れにも向き合えた。

 今回の獲得は灰鎖の胸当てだった。言葉にすると一つだが、その一つは何通りにも使える。新しい炉と結びつければ戦いの手になり、人の手と結びつければ暮らしの支えになる。

 俺は外れ刻印と呼ばれていた。魔法を撃てず、剣の紋もなく、癒やしの光も持たない。けれど外れとは、誰かの物差しからこぼれたというだけだ。こぼれたものを集める手が必要な場所もある。

 灰鐘は、願えば何でもくれる宝ではない。こちらが倒し、運び、選び、時には諦めたものを、別の形に組み直すだけだ。だからこそ、手に入れたものには重みがある。

 戦いが終わると、村人たちはすぐに動き始めた。倒れた者を運び、破れた布を縫い、拾える灰を清め、使える骨をより分ける。勝ったという言葉を口にする前に、次の夜へ備える。それがカナンの一日だった。

 ミナは俺の肩の傷に布を巻きながら、「無茶をするな」と言った。俺が返事をする前に、ガルドが「無茶をしない戦場などない」とぼやいた。少しだけ笑いが起きた。

 百足の殻を叩く音が、夜通し鍛冶場から響いた。誰も大声で喜ばなかった。喜ぶには疲れすぎていたし、疲れを口にすれば膝が折れそうだった。それでも、広場へ戻る足は昨日より少しだけ強かった。

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