第七話 任務
灰は止むことなく降り続いていた。
拠点の外へ出る門をくぐり、カイルは歩いていた。背後で扉が閉まる鈍い音が響く。
外は変わらない。
荒れた地面、崩れた建物、視界を薄く覆う灰。
だが一人ではない。
少し前を、数人の傭兵たちが歩いている。装備はばらばらだが、全員が武器を握っていた。
「今回の任務は巡回だ」
先頭の男が振り返らずに言う。
粗野な声だった。
「この辺りの外縁を回って、魔物がいれば処理。終わりだ」
簡単な説明。
誰も質問しない。
慣れているのか、それとも興味がないのか。
カイルも何も言わず、ただ歩く。
灰を踏む音だけが続く。
しばらく進むと、崩れた建物の密度が増していく。視界が狭くなり、影が濃くなる。
そのときだった。
前方の男が手を上げる。
「止まれ」
全員の足が止まる。
わずかな静寂。
「……いるな」
低く呟く。
カイルは視線を前へ向ける。
崩れた壁の影。
灰の流れが、わずかに乱れている。
次の瞬間、影が弾けた。
魔物。
四本の脚、歪な体。灰を纏った狼のような形。
一体、二体――三体。
地面を蹴り、一斉に飛び出してくる。
「来るぞ!」
先頭の男が叫ぶ。
他の傭兵たちがそれぞれ武器を構える。
連携はない。
それぞれが、それぞれの動きで迎え撃つ。
一体が横から飛びかかる。
傭兵の一人が反応し、剣を振るう。浅い。魔物はそのまま体当たりし、男を弾き飛ばす。
別の一体が背後へ回り込む。
混戦になる。
カイルは一歩踏み出した。
視界が、わずかに澄む。
動きが見える。
魔物の踏み込み、爪の軌道、体の傾き。
遅い。
自然と体が動く。
横から来た一体をかわし、そのまま剣を振るう。
一閃。
魔物の首が落ちる。
灰となって崩れ、黒い剣へと吸い込まれる。
次。
正面から来る一体。
踏み込む。
距離が一瞬で詰まる。
刃が胴を裂く。
抵抗はない。
そのまま崩れる。
最後の一体が後方へ飛び退く。
逃げる。
カイルは追わない。
他の傭兵が矢を放つ。外れる。魔物はそのまま影へと消えた。
静寂が戻る。
荒い呼吸だけが残る。
「……助かった」
倒れていた男が起き上がる。
肩を押さえながら、カイルを見る。
他の連中も視線を向けていた。
評価するような目。
「やるじゃねぇか」
先頭の男が言う。
軽く笑う。
「新人にしちゃ上出来だ」
カイルは何も言わない。
黒い剣を軽く振る。
残った灰が、静かに刃へ吸い込まれていく。
その様子を、誰も気にしていない。
ただの戦闘の余韻として流れていく。
「この調子で行くぞ」
先頭の男が歩き出す。
他の連中も続く。
カイルも後ろについた。
腹の奥が、わずかに熱を帯びている。
だが、さっきほどではない。
むしろ――
馴染んでいる感覚。
カイルは小さく息を吐く。
体の違和感が薄れていくの感じながら。
▪️
一行はそのまま進み続けた。
崩れた建物の間を抜け、灰に覆われた通りをなぞるように歩く。先頭の男は慣れた足取りで進み、迷いはない。
巡回自体は単調だった。
時折、遠くで魔物の気配を感じることはあるが、こちらに寄ってくるものは少ない。さっきの戦闘以降、大きな動きもない。
「今日は当たりだな」
誰かがぼそりと呟く。
「さっきの三体だけなら楽なもんだ」
軽口が混じる。
張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
カイルは黙って歩く。
視線は前に向けたまま。
だが、意識は別のところにあった。
灰。
風に流れる粒の動き。
足元を掠めていく細かな流れ。
その中で、一瞬だけ違和感が混じる。
ほんのわずか。
流れが、揃っている。
自然なばらつきじゃない。
どこかへ向かっているような――
「……」
カイルは視線を横へずらす。
崩れた建物の奥。影になった場所。
そこだけ、灰の流れが微かに寄っている。
積もっているわけじゃない。
流れている。
吸い込まれているようにも見える。
「おい、どうした」
後ろの男が声をかける。
カイルはすぐに視線を戻した。
「いや」
短く返す。
男はそれ以上気にせず前を向く。
列は止まらない。
そのまま進む。
カイルも歩き出す。
だが、一度見た光景が頭に残る。
さっきの場所。
あの流れ。
理由は分からない。
ただ――
どこかで見た気がした。
胸の奥がわずかに引っかかる。
思い出せない。
だが、無関係とも思えなかった。
「……気のせいか」
小さく呟く。
そのまま歩く。
やがて、先頭の男が手を上げた。
「ここまでだ。一度戻る」
振り返る。
「補給と報告。続きはその後だ」
誰も異論はない。
短い任務。
それだけのはずだった。
カイルは一度だけ、後ろを振り返る。
さっきの場所は、もう見えない。
灰だけが、いつも通りに流れていた。




