第六話 傭兵
灰が薄く積もる通りを、カイルはあてもなく歩いていた。
並ぶ建物はどれも使われているが、どこか余裕がない。行き交うのは武装した人間ばかりで、無駄話はほとんど聞こえない。
視線だけが、わずかに動く。
余所者を見る目だ。
カイルは気にせず歩き続ける。
ふと、視界の端で布が揺れた。
足を止める。
柱に打ち付けられた一枚の布。灰に汚れながらも、そこだけは意図的に目立つ色が残されている。
人員募集。
乱雑な文字が風に揺れていた。
カイルは近づく。
布の下には簡素な机。その周囲に数人の人間が集まっていた。鎧も装備もバラバラだ。統一された騎士とは違う。
全員が武器を持っている。
「次」
受付の男が短く呼ぶ。
前に出た男が紙を渡され、いくつかの確認を受ける。やり取りは短い。すぐに手首に印が押され、そのまま奥へ通されていく。
カイルは少し離れた位置でそれを見ていた。
傭兵。
この拠点に来て、初めて見る種類だった。
前の街にはなかった。
あそこには、こんな余裕はなかった。生き延びるだけで精一杯で、人を集める余地なんてなかったはずだ。
ここは違う。
人が足りていないのか、それとも――
「興味があるのか」
横から声がした。
カイルは視線だけ動かす。
リーナが立っていた。
鎧のまま。さっきと変わらない姿だが、どこか空気が違う。ここでは、彼女の方が“側”の人間だと分かる。
「別に」
カイルは短く返す。
リーナは軽く周囲を見た。
集まっている傭兵たち。受付の動き。奥へ通されていく人影。
「外の連中をかき集めている」
淡々と言う。
「騎士だけでは回らない。今は特にな」
カイルは何も言わない。
「仕事の内容は単純だ」
リーナは続ける。
「外縁部の巡回、魔物の間引き、物資の回収……それと――」
一瞬だけ言葉を切る。
「調査だ」
カイルの目がわずかに動く。
「何の?」
リーナは答えない。
代わりに、少しだけ視線を細めた。
「受けるつもりか?」
カイルは肩をすくめる。
「金になるならな」
「正直でいい」
リーナは小さく息を吐いた。
「だが、やめておけ」
はっきりと言う。
カイルは眉をわずかに動かす。
「さっきは放っておくには惜しいって言ってなかったか」
リーナはわずかに口元を歪めた。
「惜しいからだ」
短く言う。
「死なれると困る」
軽く言っているようで、目は笑っていない。
カイルはその視線を受けて、少しだけ沈黙する。
「……危ねぇのか」
リーナはすぐには答えなかった。
視線を、受付の奥へ向ける。
そこは建物の影になっていて、奥が見えない。
「最近、妙な報告が増えている」
低く言う。
「魔物の動きが不自然だ。数も、質も、偏っている」
一拍。
「それに――」
言葉を止める。
カイルは待たない。
「それに?」
リーナは視線を戻した。
少しだけ迷うような間。
だが、結局は言わなかった。
「……私の口から言うことじゃない」
そう切る。
カイルは小さく息を吐く。
「ならいい」
興味を失ったように視線を外す。
そのまま、列へと足を向ける。
リーナの横を通り過ぎる。
「おい」
呼び止められる。
カイルは止まらない。
「勝手にしろって言ったのはそっちだろ」
振り返らずに言う。
リーナは何も言わない。
そのままカイルは列の後ろに立った。
数人がちらりとこちらを見る。
すぐに視線は逸れる。
順番が回ってくる。
「次」
カイルは前に出た。
受付の男が顔を上げる。
一瞬だけ、目が止まった。
黒い剣を見る。
だが、すぐに表情を戻す。
「名前」
「カイル」
「単独か」
「そうだ」
短いやり取り。
男は紙に何かを書き込み、机の上に押し付けた。
「読め」
カイルは視線を落とす。
簡素な内容。報酬、任務、死亡時の扱い。
その中で、一行だけ目に引っかかる。
――回収物はすべて提出。
カイルの目がわずかに細くなる。
「灰もか」
何気なく聞く。
男の手が、一瞬止まった。
ほんのわずかな間。
すぐに動き出す。
「ああ、すべてだ」
淡々と返す。
カイルは数秒だけ紙を見ていた。
それから、指で軽く叩く。
「……へえ」
小さく呟く。
腹の奥が、かすかに熱を帯びた。
紋様のある場所が、じんと脈打つ。
同時に、黒い剣がわずかに震えた気がした。
カイルはゆっくりと顔を上げる。
受付の奥。
影の向こう。
見えないはずのその先に、何かがあるような感覚。
理由は分からない。
だが――
「……面白ぇな」
ぽつりとこぼす。
男は無言で印を押した。
乾いた音が響く。
「次へ行け」
カイルは紙を受け取り、奥へと足を踏み入れた。
背後で、リーナの視線が止まったまま動かなかった。
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