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かくてメイドは今宵も踊る。  作者: 鴇合コウ
蛇足編:彼と彼女と首輪の事情。
25/25

【首輪の事情と、そしてそれから*14】

 

14.首輪の事情と、そしてこれから(結)



 ジェラルドの精霊だという赤と蒼白の従者は、それぞれの荷物を持つと、さっさとどこかへ消えてしまいました。

 交代に警護の騎士たちが駆けつけ、抉れた柱や壊れた燭台を見て顔色を変えましたが、正直今さらというのが本音です。来たときにはすでにこの状態だったと、顔色ひとつ変えずルーファスが告げれば、彼らもそれ以上の追及はしませんでした。

 オスカーも素知らぬ顔を貫き、例の長剣を鞘に入れたまま無言でルーファスに押し付け、騎士たちとともに会場に戻っていきました。


 黄金の装飾のある細身の長剣を、ルーファスが所在無さげに眺めます。


「貰ってしまったが。どうするかな」

「とりあえず、提げておけばいいだろう。儀礼用に見えなくもない」

「意外に重いな。あいつ、これをコートに隠していたのか?」


 ジレの上から剣帯をつけながら、ルーファスがぼやきます。その言葉に、私は大事なことを思い出しました。


「エマ。あの鞭は、どこに隠していたのですが?」

「ふふ。防犯上の秘密でございます」


 ドレスのどこにそんな隠し場所があるでしょうか。

 失礼と思いつつも、つい探るように見てしまいます。あれだけ激しく動いていたというのに、エマはドレスも髪形もそれほど崩れてはいません。それに鞭もナイフも、いつの間にか姿が見えなくなっていました。

 ……私も、これくらいできるようにならねばならないでしょうか。


「おまえ、なぜ鞭なのだ。普通仕込むのは、短剣くらいだろう?」

「私、背が低くて手足が短いので、攻撃範囲が狭いのですよ。至近戦で成人男性とやり合うと不利なので、間合いの広い投擲や棒術などのほうが有効なのです。その中で持ち込めるものというと、どうしても限られてくるのです」

「そこでなぜ、持ち込まないという思考にならないのだ……」

「万が一に備えることは、淑女の嗜みだと奥方様に教わりましたので」


 レティシア様の教えであれば、私もやはり努力せねばならないようです。


「私、護身術程度しかできないのですが、どんな武器を仕込めば良いでしょうか?」


 尋ねると、ルーファスとジェラルドから同時に「やめておけ」と制止が入りました。


「慣れぬものを持つと怪我をする。止したほうがいい」

「そうだ。あれだけの武器を仕込んでいるこやつが特殊なのだ。真似をするでない」

「でも……踵に鋼鉄くらいなら、いけそうな……」

「「ダメだ!!」」


 ダメ出しの声が揃ってしまいました。救いを求めてエマを見れば、「絨毯の上が歩きにくいですよ?」という微妙な忠告とともに、片方の靴を脱いで持たせてくれます。

 私のものよりちょっと高い8センチくらいの銀色のヒールは、底全体がずしりと重く、これを両足に履くのは無理だと悟りました。

 返す前に、同じくそれを持ってみた男性二人が、何とも言えない顔になります。


「いつの間にこんなものを仕込んだんだ……」

「それが淑女の嗜みというものでございます」

「おまえ、これでオスカーを蹴ったのか……?」

「自業自得でございましょう?」

「思い切り踏んでいたよな?!」

「学院時代、情報収集を邪魔された恨みがつい」

「……国際問題になる前に、見舞いの品を贈っておく」


 疲れた顔で言い、ルーファスが眉間に指先を押し当てます。「すまない、私からも贈らせてくれ」と、同じく額を押さえたジェラルドが申し出ました。


「ジェド、おまえアルバで本当に大丈夫か?」

「まあ……死なない程度に頑張るよ」

「その後はどうする? 私とともに来るか……?」


 含みをもたせた問いに、ジェラルドも様々なものを内包した微笑で応えます。


「いや。廃嫡はされたが、私も白華公家の人間だ。[皇家の剣]の務めは果たすつもりだよ。ルーとはつかず離れずの距離が一番だと思う――表向きはね」

「表向き、か」

「人の知らないところで友人に手を貸そうが、誰も文句はつけられないだろう?」


 廃太子となったルーファスに、華公爵子息が側近としてつけば、またしても帝位継承権争いが再燃する可能性があります。

 ですが、モスカータ公爵としてこれから国の治安維持のために――魔蟲バグの問題も含めて――いろいろな困難に立ち向かっていくルーファスに、友として手助けをする準備があるのだと。そうはっきり言い切ったジェラルドに、ルーファスの眉間に刻まれていた険が、ゆっくりと晴れていきました。


「感謝する」

「なんのことだか。――さて、そろそろ戻ろう。ダンスの時間が終わってしまう」

「あれだけ踊ってらしたのに、まだ踊る気ですか?」


 靴を履き直したエマが、呆れた声をあげます。その彼女の腕をとり、ジェラルドは自分の左腕に絡ませました。


「エマとはまだワルツを踊っていないだろう?」

「私、ダンスは苦手なのです」

「問題ないよ」


 嫌がるエマを、ジェラルドが半ば強引に連れ去ります。万能そうに見えるエマにも、苦手なものがあるのだと微笑ましく見ていると、ルーファスが腕を差し出しました。

 輪を作ったそこに私は手袋を嵌めた手を差し入れ、小走りにやってきた通路を、今度は二人でゆっくりと歩みながら戻ります。


「ネティは、セレスティナの女官の話を断ったそうだな?」

「……ええ。私に、後宮は向きませんもの」

「では、その……私の傍にいることを考えてくれぬか。この贖罪が終わった後に」


 緋金の瞳が、真摯にこちらを見下ろしています。大人になってエスコートをされたのはこれが初めてで、慣れない距離感に戸惑いますが、照れている場合ではありません。

 ルーファスの仕事の大変さ、重要さはよく分かったつもりです。

 それだけに、私ごときが傍にいて、いったいどれほどの力になれるか自信がありません。


 ――それでも、少しでもなにかお役に立てることが……できることだけでもないでしょうか。


 いつまでも、引っ込み思案で、守られてばかりの娘ではいられないのです。

 ふいに――少し前エマが漏らした、『幸福かどうかは自分自身が決めること』という言葉が、脳裏をよぎりました。


「ルー。私、お傍にいることについては、まだ考えられません。図書館の仕事もはじめたばかりですもの」

「……そうか」

「でも、私のできることで、お手伝いしたいとは思いますの。たとえば……図書館の資料を離宮に運んだり……私、見習いですけど司書ですもの。そういうことから、ルーのお仕事のお手伝いができたらと思うのです」

「仕事の手伝い、か。そうか……」


 ルーファスが自分に言い聞かせるようにつぶやき、そしてにっこりと笑いかけます。


「それも良いかもしれぬな。離宮を出られなくとも、ネティに会える」

「ふふ。参考になりそうな資料を頑張って選びますね」

「ああ、楽しみだ」


 笑顔のルーファスに、私も嬉しくなります。まだ何をしたわけではありませんが、一歩踏み出すことを決めた勇気と自分が必要とされている実感が、私の心を高揚させました。


 ――女官の話をお断りしてしまったので、セレスティナ様にもなにかできることがあればいいのですが……そういえば、エマが[学院物語]を書かないかと言ってくれたのでしたね。


 レティシア様が妃殿下をお助けしたように、私にもこれから皇太子妃となるセレスティナ様の助けとなるような物語が書けるでしょうか。


 ――書ける、かも……いいえ。書くべき、なのですわ。


 今日見聞きした様々な話を思い返し――事件後に破棄するつもりで家の魔道具の箱に納めていた、例の暗号文の束を思い出し――私はひとり、ひそかに決意を固めました。



 会場では、ちょうどラストダンスがはじまったところでした。

 皇帝陛下とテレサ妃殿下が先頭を切り、次いで皇太子殿下とセレスティナ様、皇族、四華公家フォー・ローゼズの面々が続きます。ダンスをほとんど披露しない宰相夫妻の登場に、会場が湧きました。

 それから、若者たちが次々と参加をはじめます。ザカリアスとイヴォンヌ、アイヴァンとベアトリスの組に続き、ジェラルドとエマの姿がありました。

 揃いの衣装に首輪――片方はリボンですが――をつけた二人の姿に、最初は奇異の目を向けていた周囲も、ジェラルドの笑顔効果でしょうか、面白いカップルだと好意的に受け止められているようです。

 ダンスが苦手と言っていたエマは、本人が思うほどではなく、身長差のあるジェラルドとじゃれ合うようにして踊っています。

 ジェラルドが顔を寄せて何かを囁き、背伸びをしたエマに、髪をくしゃくしゃにされていました。


 くす、と笑って隣を見れば、ルーファスがやれやれと肩を竦めます。


「少しは慎まぬか。困ったやつらだ」

「でも、すごく楽しそうですわ」

「まあ、な」

「私たちも踊りませんこと、ルー?」

「その言葉を待っていた」


 差し出されたルーファスの手に手を添え、私たちは軽快なステップとともに、ダンスの群れの中に飛び込みます。


「……ねえ、ルー。私、考えているのですけど」

「なにをだ?」

「私、今度好きな人ができたら――首輪を着けようと思うのです」


 ジェラルドのような首輪でなくとも、私だけの印を。


 そう続ければ、愉快そうに吹き出したルーファスが、緋金の瞳をやさしく細めて私を見下ろしました。


「私としては、危なっかしい仔リスこそ、首輪を着けるべきと思うがな」

「まあ!」

「うん、それがいい。私が贈ろう」

「ルーったら、ひどいです!」

「わかったわかった。ならば、二人で着ければ良い」

「私は真面目に話していますのに……」

「私も真面目だぞ? ネティがくれるのなら、いくらでも着けてやる」

「もうっ! ふざけないでくださいませ!」


 笑い交じりにそんな会話をしながら、ワルツのステップを踏んでいきます。

 熱気と音楽と喧騒に包まれる会場に、ふと、ふわり、と光るものが舞い降りました。

 雪かと見れば、きらきらと氷の粒を撒き散らす無数の蝶が、会場の上空をひらひらと舞い踊っています。

 そのうちの一匹が飛んできて、私の髪に止まりました。


 誰の仕業かと見渡せば、悪戯っぽく笑うジェラルドと目が合います。

 踊りながら騒然となる会場に、怒られないかと冷や冷やすれば、氷の蝶を見たアルバ華公爵がにやりと笑って軽く指をはじきました。


 途端に。

 氷の蝶に交じって、今度はちらちらと赤い火花を舞わせる炎の蝶が、宙を踊りはじめます。さすがに皆も、誰かの魔力の悪戯だと悟り、思わぬ演出に会場の興奮が一気に加速していきます。


 ルーファスと一緒に早いステップに挑戦すれば、くるくると回りすぎて、もう笑いしか出ません。壁際に父の姿を見つけて手を振れば、その隣で小さくなっている従兄の姿がありました。


 友が笑い、友と笑い、皆で騒いで――。

 

 私の社交界デビューは、氷と炎の蝶が乱舞する奇跡の夜会となって、幕を閉じたのでした。



 ――しばらくのちに。

 恋人たちの間で錠のついた首輪と鍵を贈り合うことが流行りはじめ、一世を風靡したのち、いつしか永遠の愛を約束する風習として根付いたとか……いないとか。



* * *



 どうも、エマ・シラーです。

 夜会、超大変でした。ドレス着て、お嬢様言葉でおほほとやってるだけでも疲労が溜まるのに、連続婦女暴行犯の逮捕に手を貸して、上位貴族の相談に乗って、魔蟲バグ狩りにも駆り出されたんですよ?

 超勤手当を請求していいレベルだと思います。


 いろいろ仕込んだ状態でのワルツも辛かった。両足で1.5キロくらいあったからね。それでステップを踏めなんて、筋トレですよ、筋トレ。

 でも、さすがに世に謳われる《聖誕祭》の夜会だけあって、会場もなにもかも豪華なのはすごかった。国家事業って偉大だわー。

 あの炎と氷の蝶も綺麗だった。ご当主様とジェドが、どっちが良かった?と聞いてくるのが若干ウザかったけど、映像記録を見たアリシア様が感動で失神しそうになったくらいです。


 ……はい。

 極寒のアルバでの救民院慈善事業のお手伝いの見返りは、『夜会の様子を録画してきて!』でした。


 さすがに、暴行犯の逮捕とか休憩室での話とか、魔蟲バグの捕獲は見せてませんよ? 一応、国家機密絡んでますからね。

 主に会場入りの様子と、主賓来賓の挨拶。あとはみんなのダンスですね。

 正装したジェドはいつもの百倍くらい恰好良くて、第二皇子殿下をはじめとしたお友だちの面々も、中身はアレだけれどもそのまま絵姿で売れるくらいの麗しさで、これを食い入るように見るアリシア様に、ちょっと将来の伴侶選びが心配になりました。

 なんだか、神聖王国の王子にバージョンアップした密偵くんが、わりと気に入ったらしい。アリシア様、それただの脳筋ワンコですよ?

 私のおススメは皇太子殿下です。爽やか騎士系地味男くん。……あ、皇太子っていうだけで、すでに地味じゃなかった……沈没。


 姫君たちも素敵でした。本当はもっといい人いるんじゃないんですかね?!と肩を揺さぶりたくなったけど、まあ本人たちが納得しているならいいんだと思います。

 ちなみにユリアン様の好みは、ベアトリス様か私だそうです。胸のサイズですね、わかりやすいです。


 ……あ。撮影は私ではなく、魔力の豊富なジェドの精霊たちにやらせました。ついでにこれを機会に、側近のいないジェド用に、手近な彼らを本格的に従者として仕込むことになったそうです。

 うん。薬事件のときにジェドを守れなかった失態が、尾を引いている感じですね。さすがご当主様です。ご当主様以外には絶対に折れない男、執事の鑑クエンティンにしごかれてしまえばいいと思います。



 ――と、まあ。そんなこんなで。

 長く厳しい冬が過ぎ、春を迎えると、もうアルバの短い夏がやってくる季節になった。

 ジェドの訓練は順調だ。順調すぎて、指導役の次兄や他の冒険者たちが、蒼くなって自主トレの強化をはじめたくらいだ。

 ランクアップは一部相対評価のため、すぐに個人の評価に結びつくわけではないのだけど、底上げというのは大事なので、適当に励ましておく。まあ、ヒヨっ子のぼんぼんに負けたら、プライド的に問題だよね。

 でも、恐ろしいんだわ、あの子。

 魔力制御のために、極東群島出身者に気功術を習わせたら、これがドンピシャリ。魔力の安定と比例して、ご当主様譲りの獣人体力がじわじわと発揮されてきたという。

 筋トレ効果もあると思うんだけど、予想外すぎる……。


 まあ予想外なのは初っ端からで、来る前は三日もしないうちに路地裏でなぶり殺しなんて予測を立てていたけれど、どうやら魔力の量・質ともに最高水準らしく、初日十分でハーピーに攫われるし、繁殖期のルフ鳥に求愛給仕用の餌として狩られそうになるし、森との境に行けば街の結界が揺らぎそうになるし……街を歩けば人波に流されて前に進めないし。

 気分転換に魔草狩りに連れて行けば、シルヴァワームの巣に片足突っ込むし。

 巨大ハエ取り草に頭から齧られかけるし。

 言っておくけど、ご当主様がかけた首輪の守護用の魔法陣たちが、効果を発揮しなかったわけじゃない。ただ人や物に軽くぶつかったりとかいう接触レベルでは、防御対象にならないんだよ。そもそも低級の魔物は、子どもでも棒切れ振り回して追い払えるレベルなので、警戒対象外だしね。

 それにことごく引っかかるジェドよ……。

 私の叱責と鞭が休まることがないのは、如何ともしがたいというやつで。

 ほんと、手がかかる……!

 

 おかげで、ビビられながらもすっかり懐かれるという、謎の状態に陥ってしまった。

 背の低い私の後ろを、眉目秀麗な長身の青年が、仔犬よろしく付き従うわけだよ。

 目立つ目立つ。

 受け入れられるか心配していたけど、みんなの目がぬるくて困りすぎる。

 だって、ひとりで歩いてたら『あら、いつものお供は?』って言われるんだよ!

 や、仔犬系は目指してた。目指してたけど!!

 こ れ じ ゃ な い よ ね ?!


 しかも、社交術的笑顔を身に着けたのはいいけど、人見知りは変わらなくて、知り合い以外は笑顔でばっさり切り捨てるっていう高等技術を勝手に習得されてしまった。

 おかしいなー。なんかもうちょっとこう、ほわほわした感じに仕上がる予定だったんだけどなー。

 

 仕方ないので友人に愚痴ったら、生温い眼差しで『あんた専用の仔犬に仕上がったんだから、満足しなさい』と諭される始末。なぜ……。


 この8ヶ月のジェドのデータの推移を見ながら、うんうん唸っていると、訓練から帰った当の本人が部屋に顔を出した。


「郵便物が来てたよ」

「ありがとうございます」


 小包と手紙の束を私に渡し、シャワーを浴びに廊下の端の浴室に向かった。

 ギルドに併設した自宅二階の一室を貸しているため、上がってくるついでに取って来たのだろう。こういうところはまめな子である。

 机に広げていた資料を片づけ、自分宛の小包を開ければ、一冊の本が入っている。


「おお、ついにできたか」


 待ち望んでいた本の出来上がりに感動し、まずは手紙のほうを読む。

 《聖誕祭》の夜会でお話をさせていただいて以来、光栄なことに、姫君がたとは親しくさせていただいているのだ。

 この春も四人で揃ってアルバに来られ、魔草染色の研究開発にも関わらせていただき、一部をアルバで制作販売する許可までいただいてしまった。ありがたや。


 セレスティナ様は、来年の春にご結婚が決まり、今はお妃教育の追い込みと側近を育てることに追われているらしい。テレサ妃とイイ感じにタッグを組んで、後宮改革も行なっているそうだ。

 保守派の皇太后陛下も、センティフォーリアの姫であるセレスティナ様には甘いらしく、後宮での二大派勢力争いは、ゆっくりと下火になっていきそうな気配だ。

 双児の弟君たちは、春のタームから復学したらしく、最初こそいざこざがあったものの、なんとか頑張っているらしい。『救民院でのボランティア作業で、彼らの中の何かが変わったようです』とあるので、良い方向にいっているのだと信じたい。


 イヴォンヌ様も相変わらず自領で活躍されているようだ。ザカリアス様とは会えない状態が続いているが――なんとあの男、ワルド族の鷹匠の少年と仲良くなったそうで、伝書鷹を会得したらしい。

 鷹といっても、鷹匠用のは魔物の一種で、魔力を覚えた相手のところに行って戻ってくるという、とても賢い子たちなのだ。腐っても四華公家フォー・ローゼズ直系。魔物を手懐けるくらい、お手のものだったようだ。騎馬術と刀術の会得はどうしたよ……。

 でもイヴォンヌ様は、短文ながら直筆の手紙が届いたのがたいそう嬉しかったらしく、『離れていても繋がっているのだと思えました』と書いてあったので、良いのだろう。最悪この二人、別居婚でもいけそうな気がする。


 ベアトリス様は、嬉々としてアイヴァン様の調教を進め、ついでに香華公様の私生活も見直しもおこなって、魔術師全員の希望の星と言われているそうだ。それでいいのか、魔術塔。

 魔草染色の研究は、糸から紙へ、さらにはインクへと波及を広げているとのことで、セレスティナ様が後ろ盾となって国家事業として正式に予算もとったそうだ。

 おかげで兄君のメイアン伯爵が忙しさに白目を剥きながら働いているらしく、『好きな人に会いに行けない』と嘆いているそうだ。忙しくとも時間は作るものですよ?


 なぜかアイヴァン様からも、ときどき手紙がやってくる。中身はほとんど新しい魔法陣の開発の話で、今は個人用の転移陣のことばかりだ。これは私も欲しいので、改良された術式に思いつくものを書き加えてみる。

 皇都とアルバって、めっちゃ遠いんですよ……。馬車で五日とか。お尻腫れるわ。

 夜会のときはご当主様が転移陣で運んでくださったのだけど、魔力消費が半端ないので、せめて高品質の魔石2~3個分に抑えるのが目標だ。

 でも、手紙の最後に『なにかあったら魔術塔においで』っていう一文を入れるのは、どうにかして欲しい。最初見たときジェドに手紙をびりびりにされました。ただの社交辞令だってば……。


 ナタリア様は、生き生きと図書館司書生活を送っているようだ。

 ヤンデレ副館長が心配だったので、しばらく兄に見張りを頼んだのだけど、やさしくて本好きの美人司書にはファンがかなりついたらしく、同じ司書仲間や利用者から『図書館の女神』として崇め敬われているため、なかなか手が出せないらしい。強いな、天然。

 『エマに励まされて、頑張って本を書きました。楽しんでくだされば嬉しいです』とあるので、ほっこりする。

 もう、なんでこんなイイ子を捨てちゃったんだ、ジェドの馬鹿。ええ、馬鹿だからですよね。そうでしょうとも!


 めずらしくルーファス殿下からも手紙が来ていた。魔蟲バグの出現で第三勢力の話がうやむやになってしまったけれど、タレこみと財務長官のアイスバーグ侯爵の協力で、違法な武器および人の売買の証拠を突き止め、主だったものを逮捕。勢力をそぎ落とすことに成功したようだ。

 ちなみにタレこみ屋は、あのド派手なティ侯爵夫妻だ。社交界では中立派の彼らは、情報役の要を握っているのだけれど、自分の目で確かめた相手にしか情報を流してくれないのだ。ジェドも殿下も、あの夜会で無事に彼らのお眼鏡に叶ったようで、ほっとする。

 最後にやっぱり仕事の勧誘があって、『ジェドは私の仕事を手伝うのだから、当然ジェドのものであるおまえも私を手伝うよな?』というジャイアニズム(byユリアン様)たっぷりの脅し文句なのだが。

 ……ナタリア様に悪口吹き込んでやろうか、この外面大魔神め。


 一通り手紙を読んで、私はようやく念願の本を手に取った。

 表紙は、台紙に布を貼り付けたもので、革表紙よりも数段軽い。布はもちろん、イヴォンヌ様のところのフェティダ織の職人が手掛けたもので、アルバの耐火耐水性の高い魔草から採った繊維を、ベアトリス様が開発した魔力で満たした染色液で染めたもので織ってある。

 表裏の表紙には、魔力染色液で劣化防止の魔法陣まで刻まれていて、完璧だ。

 フェティダの技術で金箔を型押しした、流麗な飾り文字を指でなぞり、おもむろに[学院物語]を開く。


 主人公はセレスティナ様。分からないように名前を変えてあるけれど、銀色の髪の[銀月姫]なのだから、想像はつく。幼いころからの好きだった[金陽の王子]と婚約したけれど、王子は学院で出会った[桃花姫]に心惹かれ、[銀月姫]を裏切ってしまう。

 苦しむ[銀月姫]の前に、[紫薇しびの王子]の使いという謎のメイドが現われ――。


「…………なんだこりゃ」


 セレスティナ様、もとい[銀月姫]の恋愛ストーリーはいいんだ。変わっていく[金陽の王子]に悩みつつも、 [紫薇の王子]の秘かな手紙のやりとりを心の支えに、友人たちと助け合い、ついには[桃花姫]の不正を暴き、[金陽の王子]と決別する。

 二人の罪は明白だが、心優しい[銀月姫]は許し、二人で共に生きよと諭す。そして独りとなった[銀月姫]の前に、ついに[紫薇の王子]が姿を現わし、それが病弱と言われていた[金陽の王子]の兄で、幼い頃に助けてくれた少年だと知って、ハッピーエンド!


 ――だというのに。


 その話は、本編の四割程度だ。下手したら、三割かもしれない。

 あとの七割はなんと、その[紫薇の王子]が送り込んだメイドの話なのだ。[銀月姫]の窮状を救うために、メイドは侍女服に着替え、図書館に入り込んで資料を集め――薬品庫の薬で毒を分析し――不正をした教師から証拠の書類を盗み――監視魔術を掻い潜って、盗聴魔術で会話を録音し。

 さらには、[金陽の王子]の側近たちと一戦を交え、鞭でビシバシと懲らしめて、最後の一番盛り上がるところで証拠書類をばーんと叩きつけて去っていく――という。


 ……おかしいですよねー。なんかこの、王子に伝言を送るときの暗号とか、すごく見覚えあるんですけど、なんでですかねー?

 私、あれ、廃棄してねって書いといたんだけど、なんで出せてるんデスカネー?


 もう、恋愛要素どころではなく(なぜか改心した王子の側近にメイドが言い寄られていたりするけど)、完全に冒険推理小説と化したそれを呆然と眺めていると、上半身裸のジェドがやって来て、髪を乾かしながら後ろから覗き込んだ。


「なにを読んでるんだ?」

「ナタリア様の新作を」

「ああ、できたって言ってたね」


 どれどれと私の手から本を取り上げ、ジェドが読みはじめる。三兄の速読術を教えたら、すっかりマスターしてしまったので、ペースが速い。

 肩を震わせながら、ものの十分ほどで最後まで読んでしまったジェドが、まだ笑いを噛みながら私に本を返した。


「くく。面白いことになってるね」

「……ちょっと納得がいきません」

「まあ、でも創作だから、こんなものだよ。私の分も欲しいから、ナタリアに手紙を書いておこう」

「ご注文なら奥方様のほうに」

「うん、でも感想も送りたいし……次作のお願いもしたいから」

「次作?」

「だって、メイドがどうなったか気になるだろう?」


 平然と言うジェドを、じと目で睨む。


「なんでメイドの行方を気にするんですか。これはそもそも、セレスティナ様をお助けするための本でしょう?!」

「彼女は助けなんていらないと思うけど。それに――ほら」


 ジェドの長い指が、本の題名を示す。


 [学院メイド物語]


 ………………あれっ?!


「なんでだ……」

「いや、なかなかいい出来だと思うよ?」

「なんで推敲段階に参加させてもらうよう、奥方様に頼まなかったんだ、わたし……!」


 堪りかねて、うがー!と宙に向かって吠えれば、ジェドが爆笑した。

 他人の部屋で上半身裸のままで爆笑とか、どうなんだ、華公爵子息。くそう、その腹斜筋とか腹直筋はなんだ! そんなに筋肉をつけろと指導した覚えはないぞ!!

 筋肉の裸体に首輪って、すごくヤバい絵なんだからな!!


 諦めきれずに奥付をめくれば、ナタリア様のペンネームとともに[学院メイド物語]の題名が明記してあり、奥方様の監修と印刷所、出版社が並んでいる。確 定 か …。

 その前のページには短い謝辞が載っていて、分かるものだけに分かるように書かれた文章に、ナタリア様の気遣いを感じた。


 ――できれば、他のところに気遣いが欲しかったですよ、ナタリア様……。


 裏表紙の手前には、奥方様のメモが挟んであり、『読んで感想を送りなさい。そして本を売るのよ!!』という熱いメッセージを貴族用語で美麗に包まれた内容が書かれていた。

 そしてなぜか最後に、アリシア様の文字で『エマ、帰ったら、私の本にサインしてくださいね!』と付け加えられている。


 解せぬ。


 丸っきりなにひとつ、まったくもってまるで解せないが――。

 わりと人生はそういうものだし、大なり小なりこれまでも、そういったことを呑み込んできた。

 これも納得はできないが、呑み込むしかないのだろう。……すごく解せないが。


 渋い顔をする私に、ようやく服を着る気になったらしいジェドが、綿のシンプルなシャツを羽織って声をかけた。


「エマ、食事に行こう。今日は親父さんの特製シチューがあるってさ」

「楽しみです」


 この関係もあと4ヶ月。この先のことはまだ決まっていない。

 実は、奥方様、テレサ妃殿下経由でセレスティナ様からも後宮の仕事の話が来ているのだ。男まみれに飽きたから、今度は女の花園もいいかもしれないけど、なにせあそこはアルバ以上の魔窟なのだ。


 早く早く!と尻尾を振って入口で待つ仔犬のようなジェドを見、この関係もそろそろフェードアウトしないといけないのだと思いつつ。

 鈍く痛む胸に蓋をして。


 私は、手元の本の表紙を閉じた。





*かくてメイドは今宵も踊る 完*





長々とお付き合いいただきまして、ありがとうございます!!

ようやく完結です~。

※あとがき載せました↓

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/97005/blogkey/1321291/


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