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部活の風景

 日時:六月十四日朝。場所:空き教室。目的:部活動!

「魔女よ。魔女よ。何をする」

「よいではないか。よきおのこよ」

 二人の距離がまるでゼロセンチメートル。

 今河先輩と白鳥先輩はお互いが触れ合うほどの距離で見つめあう。それから、きっかり三秒後、今河先輩が困惑したかのように顔をそむけて一歩下がる。

「魔女よ。何が目的だ」

「よいよい。よきおのこよ。黙っておればよいのだ」

 古いせりふ回しは、制服姿の白鳥先輩が口にすると冗談にしか思えない。それでも、綺麗な表情で口が裂けるほどに微笑む白鳥先輩の演技は、私が前に想像した通りに見える。そうだ。白鳥先輩は、とても、とても、嗜虐的に見える。

 二人は触れれば届くだけの距離を挟んで静かに見つめあう。

「魔女よ。この煉獄を抜けるにはあなたの力が必要なのだ」

「よいよい。黙っておればよい」

「愛する人へと捧げる旅をどうして汚すことができようか」

「黙っておればよい」

「見くびるな」

「久方ぶりの若い力なのだ。よきおのこよ」

「何を言うか」

「報酬が必要だとは思わないのか」

「不当だ!」

 地団駄を踏む白鳥先輩。

「何が不当なものか」

「約定違反だ」

「汝が信じる愛の欠片を我に分かち与えるだけでよいのだ」

「よき魔女よ。血迷ったか」

「固いの。よきおのこよ」

「旅路は長いのだろうが」

「旅路は、短くもある」

 妖艶な、誘うようななまめかしい手の動き。白鳥先輩はそういうのも、不思議と似合ってしまうのが不思議だ。のめり込んでいる。沈み込んでいる。二人と二人。一対一対応の時間。

「道を知れ。魔女よ」

「それはとうに知っておる」

「なぜ。私なのだ」

「煉獄では過去が迫ってくるのだ。よきおのこよ」

「私は代用品か」

「そうとも言える」

「未来こそあれ」

 高らかに口にする今河先輩は白鳥先輩のことを正面から見ることができているのだろうか。見ているのだろうか。

「過去は現在。現在は未来。未来は過去」

「予定調和か」

「予定ではある」

「未来こそあれ」

「よきおのこよ。それでは過去に追いつかれるだろう」

 白鳥先輩は、嘆息すると舞台正面に向かって大きく手を広げて審判を請うように間をとった。

「過去が追いつくのが未来だとするならば、過去もすでにして未来だ」

「よきおのこよ。言葉遊びでは無いのだ」

「こちらも遊びでは無いぞ」

「よきおのこよ。過去にすがるか」

「よき魔女よ。未来を見すぎたか」

「よきおのこよ。道を知れ」

「よき魔女よ。それはとうに知っている」

「過去が迫る。愛の欠片はここにはない」

「愛に欠片などあるものか!」

「情熱の火種よ」

「よき魔女よ。情熱などいくらでもあるではないか」

「過去が迫る情熱の火種はここにはない」

「情熱に火種などあるものか!」

「ああ。よきおのこよ。情熱は移ろいやすい。我は飽いた」

「何に飽くというのか」

「過去が来た」

「何を」

 言葉と同時にわらわらと現れる、人影たちの役のみんな。そわそわと絶えず体を揺すらせながら、それでいて気取ったような調子を取って歩く無数の人影たち。

「人の香りがするぞ」

「魔女の匂いがするぞ」

「煉獄の炎に焼けもしない冷やりとした風を感じるぞ」

「煉獄の闇に飲まれない強い光を感じるぞ」

「煉獄の騒がしい音にも掻き消せない声を聞いたぞ」

「ああ。懐かしいそよぎ」

「ああ。懐かしい感覚」

「ああ。懐かしい調べ」

 人影たちは舞台を回るように回転しながら、中央で欠伸をかみ殺してみせる白鳥先輩と、困惑したように周囲を見回す今河先輩へと近づいてゆく。

「過去の相手でもするのだな。よき、よきにして、よき、おのこよ」

「魔女よ。魔女よ。何を言うのだ」

「長い旅路であるということ」

「短い旅路は」

 白鳥先輩は静かに首を振ると、どこか興味を失ったかのように、遠くに視線をさまよわせ、歌を歌う。

「青春の。一度の春。限りにも。眠り過ごして。知るもかなわず。

 人の身と。生まれたからは。道を知り。短い旅路を。怖れ続けよ。

 青春の。長夜の眠り。夢心地。閉じることなく。忘れもかなわず。

 人の身と。生まれたからは。夢心地。まどろむ時も。怖れ続けよ。

 あな嬉し。あな妬ましや。人の身が。この世のことは。夢のまた夢」

 白鳥先輩は歌が終わると、周囲を見回して嘆息する。

「等しき歌か」

 今河先輩が呟くようにそう口にする。同時に周囲を巡る人影の役である5名の男女が呟き始める。

「ああ。青春。我の青春」

「ああ。青春。私の青春」

「ああ。眠り過ごした」

「ああ。怖れすぎた」

「ああ。忘れもできない」

 呟いて、そうして人影たちが波打つように円を描きながら踊り狂うはずなのだけど、今日のところはタイミングも合ってないし、口惜しいほどに緩慢な動きだった。私が言うのも何だけど、大変なんだろうけど、ぴったり合っていたら綺麗だったのだろうなってそう思うんだ。

「亡霊か」

「過去」

「過去が全てこうだとは限るまい」

「よきおのこよ。憐れだな」

「何が憐れなものかよ」

「滑稽だな」

「何が滑稽なものかよ」

 白鳥先輩は口にし、今河先輩は否定する。

「魔女の調べだ」

「魔女だ」

「魔女がいる」

「願いだ」

「魔女に願うのだ」

 人影たちの呟き。

「よき魔女よ。どうにかするのだ」

「よきおのこよ。対価は」

 首を振る今河先輩。人影たちに見なおって。

「亡霊よ。愛の力を知れ。道を空けよ」

 叫ぶ。

「それは嫌というほど知った」

「それは知りたくは無かった」

「それは気づいた時には遅かった」

「それは知識に過ぎなかった」

「それは忘れられぬもの」

 今河先輩が床を叩くように打ち鳴らし、一歩前に出る。

「亡霊よ。道を知れ。道を空けよ」

 そして叫ぶ。

「それは嫌というほど知った」

「それは知りたくは無かった」

「それは気づいた時には遅かった」

「それは知識に過ぎなかった」

「それは忘れられぬもの」

 もう一度同じように打ち鳴らされた床。もう一歩前に出る。

「亡霊よ。願いを言え。そして道を空けよ」

 そうしておいて叫ぶ。

「それは再びの安息」

「それは再びの安息」

「それは再びの安息」

「それは再びの安息」

「それは再びの安息」

 白鳥先輩がのどを鳴らすようにして笑って見せる。

 今河先輩は大まじめ。

「では、道を空けよ」

「安息を。願いが先だ」

「安息の日には道が開けているわ」

「安息は道を知らない」

「安息の時は恐れすらない」

「安息の時こそ忘れられるのだ」

 激しく輪を波打たせながら人影たちが要求する。

「魔女よ」

「よきおのこよ」

「願いは叶うのか」

「それほどの力が一体どこにあるか。叶わぬ願いだ」

 白鳥先輩はどこか他人事のように、今河先輩は切羽詰まったかのように、そう口にしあう。

 もう一度だけ床が打ち鳴らされる。

「安息には、どれほどの対価が必要だと思うのだ。道を空けよ!」

「安息には無二の対価が」

「安息には、ああ、私には無理だわ」

「安息の対価など知らぬことだ」

「対価。そのような恐ろしいものを」

「ああ。それさえ忘れられたなら」

 人影たちは輪を解いてそれから、ぶつぶつと呟いて退場する。

「対価か」

「よきおのこよ。過去に向かって対価を持ちだすか」

「知らぬことだ」

「愚かであれ。愚かであれ」

「よき魔女よ。もう。結構」

 今河先輩が最後の台詞を口にして足音高らかに舞台そでへと下がり終えるとそこで幕だった。今日は私の出番は無い。今日の部活はといえば台本の黙読と、それから、こっそりとした鑑賞だった。最後に残っていた白鳥先輩が固まったままの両腕を解く時、日常は始まる。

「OK。OKだよ。総士君」

「あら。そう」

 両手を打ち鳴らしながら再び白鳥先輩に近づく今河先輩に向かい、呟くようにそう口にする白鳥先輩。

「ああ。お疲れ」

「お疲れだな。白鳥」

 微笑む今河先輩に、どこか固い表情をした賦星先輩が声を上げる。

「あらあら」

 それからだ。面白がる白鳥先輩を挟んでの二人のやり取りが始まったのは。

「それにしても。豊」

「何だ」

「なんだ。その、役得、だよな」

「何が」

「白鳥とさ」

「何を口にするかと言えば、真知子。一体、熱でもあるのか」

「いい。演技、だよな。魔女の口説きの場面だけど」

「あらあら。二人して。と、私、ちょっと失礼して。お疲れ」

 面白がる白鳥先輩は笑いながら、教室の隅に追いやられた机の上からペットボトルを手に取ると、中の液体を干しにかかる。

「確かに役得だよな。今河」

「確かに役得の感じがしますね。今河君」

「役得。役得」

「女に振り回される役ですから」

「そうですね。三人とも演劇部きっての美人ですしね」

 人影の役をやっていた五人が、先輩たちが、そろってそう口にする。それにしても、三人。三人とも、かあ。確かに賦星先輩は快活で歯切れもいい。ボーイッシュで裏表のない女の子って感じだ。それに、白鳥先輩はほんのりとしながらきつ目の性格であるけれど、それが大人の女性って感じだ。三人。三人とも、かあ。あとは、あとは、えーっと、後は?

 私?

「そうかな」

「…そうね」

 白鳥先輩は湿った唇をペットボトルに押し当てたまま、空いた呼吸を絞るようにそう口にすると、もう一口分のどを鳴らす。

「豊。台本書く段階から狙っただろ」

「な。全く。何を言うんだ。真知子は」

 今河先輩は慌てたようにそう口にすると、足元を軽くたたいた後、白鳥先輩に向かって同意を求める。

「壮士君も真知子みたいなことを言わないで、僕の方の肩でも持ってくれないか」

「や」

 唇から離れたペットボトルが一瞬だけ糸を引く。まるで、白鳥先輩から離れるのが嫌だとでも言うように。

「どうして」

「それは、そうね。魔女と同じ気持ちだからかな」

「豊は、はは、全然乗り気にならないからな」

 賦星先輩はそう言って晴れ渡るような笑顔を浮かべる。曇りひとつないような笑みだ。それが、どこか寂しそうに思えるのは私だけなのだろうか。綺麗な笑いほど悲しいものは無いような気がするのは私だけだろうか。

「全く。それなら僕にも考えがある。ああ。そうだとも。島世君。君くらいは僕の肩を持ってくれるだろうね」

「え。私ですか」

 突然の指名に驚く。

「お。今河。年下好み」

「今河君。全く。真知子がからかうからよ」

「役得ぅ」

「役どころでは、ぴったりの展開だね」

「どちらにしろ。今河君はさ」

 五人の先輩たちはそう口ぐちに言って笑い合う。そうすると今河先輩もすぐに笑い出してしまう。だけど、私はと言えば、その声たちを聞きながら頭を働かせるのだ。一呼吸遅れで、まるで方向違いのことを考えていたんだ。

「今河先輩が狙って書いたにしろ、そうじゃないにしろ、この台本はどこか古い感じがして、私は嫌いじゃないですよ」

「古い、か。全く。肩を持たれたのやらね」

 笑いを遮った私の声に、五人の先輩たちはきょとんとし、今河先輩はというと肩をすくめて、精一杯おどけてから、乾いた笑いを上げて見せる。

「要ぇ」

 賦星先輩のからかうような軽い声。

「全く。どうしても分かってないわね。あなた」

 そして、白鳥先輩のきつい声。

「すいませーん」

 私が白鳥先輩に向かってとりあえず頭を下げると、静やかに笑いが広がって。

「島世さんは天然ボケなの」

「いやいや。私たちの方がボケたんだから」

「いやま、確かに古いよな」

「役どころがね」

「確かに。あるある、なんですけど。島世さん可愛いよ。島世さん可愛いよ」

 それから、五人の先輩たちが口々にそう言うと、周囲ではしばらくの間、台本への批評が行われることになるのだけど、それはそれでいいものだった、私。私、実際に嫌いじゃなかった。演技を見ているうちに何だか、ああ、こんな感じなのかなって、納得していた。私、真剣なことをやっているような気がしていた。実際、最後の最後で男が古い女の下へと戻るのでなければ、何も言うことは無かったよ

うに思う。さて。私の小さな不満はと言えば、話題にも上らない。今の話題の調子から言うと、魔女のシーンの話題が多いみたいだ。今日の演技でやったから当然だけど。それにしても先輩たちはというとみんな台本を通読しているようで、それぞれに一家言あって、書いた本人である今河先輩だけが苦く笑っているしかないような状況だった。その間、私はと言えば、一言、二言、加わったのだけど、後は裏方の人たちとしゃべるでもなく聞いていたんだ。その間中、映子ちゃんがどこか羨ましそうに、どこか自信に溢れたかのように、先輩たちを眺めているのが印象的だった。

「…だいたい豊。このシーンはさ」

「今河君。この場面は」

「わかった。わかった。言いたいことはわかる」

 賦星先輩と白鳥先輩が口々に言って今河先輩が笑うように手を振りながら、受け流す。今河先輩はいつの間にか手に取っていた台本を開くと、何かの書き込みを始めて、それから静かに息を吐く。

「みんな他に言いたいことは」

「なぜ魔女が言い寄るんだ。今河」

「なぜ魔女が登場するの。今河君」

「確かに唐突だよな」

「どうだろう煉獄も地獄も多少無理があるような」

「唐突というか、要らなくね。かぐや姫みたいに望みの品が手に入らない方がいいんじゃね」

 意見を求めるつもりもあり、締め切る意図もあり、言葉は発せられたように聞こえたのだけど、まだまだ先輩たちの意見は尽きないようだった。

「そうか。どうしたもの、かな」

 悩むように呟きながら、その黒く輝く瞳ときりりと締まった黒眉をひくひくと痙攣させると、台本へのメモを増やす今河先輩。賦星先輩は、どこか面白そうに、白鳥先輩は少し憤慨するかのようにその様子を眺めている。

「ちょっと待って。演技の大幅な変更は、負担が増え過ぎるのは御免だわ。あなたたち、私の演技が気に入らなかったっていうの」

「いや。違うから」

「ええ。違うわ」

 白鳥先輩が我慢できずに口を挟んで憤慨の理由を口にすると、先輩たちはいっせいに否定する。

「大体、俺たちもあのくらいの出番じゃなきゃ困るし」

「ええ」

「そうだな。ただ、踊るようにという表現がちょっとな」

「いや。ただ単に地獄や煉獄と言われてもピンとこなかっただけだから」

「というか古典は古典のままがよくね」

 賦星先輩は怒る白鳥先輩を爆笑しつつ、そう、そのほっそりとしたお腹を抱えて笑いながら、賦星先輩は口を開く。

「白鳥。白鳥。そういや。変更があると私たちの方が厳しいよな」

「ええ。もう三年生。私は、ね。二兎を追うには厳しすぎるから」

 白鳥先輩がその我慢できずにいた憤慨をどこかに失ってしまったかのように弱弱しく口にするのを聞くと、私は、少しだけ驚きを隠せない。私は白鳥先輩がいつも気を張っていて、そして、気を抜けない先輩だとしかとらえていなかったのだと、思い知らされる。少しだけ怖いけど綺麗な先輩。明快なほどの先輩。だけど、こうして実際は悩むこともある先輩。

「そうだったね。壮士君」

 今河先輩はそう口にすると、もう一度だけ台本にメモを取る。

「他に、あるかな」

 その言葉が最後だと物語っている。私は、その言葉に向かい合うと迷ったんだ。何も口にせず、負担になるような質問はしないでおくべきなのか。それとも、自分の小さな考えを述べておくべきか。

「今河先輩。いいですか」

 結局、好奇心の方が勝った。

「何かな。島世君」

「私、思うんですけど、どうしてこの台本の男は昔の女の下に戻るような最後に満足するんでしょうか」

「ん。劇的、ではないかな」

「それなら。劇的なら男の死で幕を引けば」

「刺激的すぎるね。島世君は」

「そう、でしょうか」

「そうだよ。島世要君」

 笑いながら私の質問に答える今河先輩は、私のことをフルネームで呼んでしまう。フルネーム。島世要。秘密のノートはフルネームで。そうして今河先輩が私を呼ぶのもフルネームで。

「豊ぁ。真面目に答えてやれよな。要が困っているだろう」

「いや、なぜかと言われても。最初からそうしようと決めてしまっていたからなあ」

 賦星先輩が口にし、今河先輩が笑う。

「そういうものか」

「そういうものだ」

「そういうもの、ですか」

 何だか分かるような気もするし分からないような気もする。私には、別れの台詞であれだけむごいことを口にしておきながら、最後は少しだけ、優しい気持ちを持っている男の気持ちもわからないし、未練があるのか薔薇を受け取る女の気持ちもわからないのだけど、今河先輩が最初からそうするって決めていたのならそれもいいような気がするのはどうしてなのだろう。

「それでだ」

 言葉と共に、今河先輩が真剣な表情に変わり、部活の、部の先輩として、そして、部長としての顔へと変わる。

「皆、聞いてくれ。魔女のシーンは今のままで行きたいのだが、それに加えてだな、ここと、ここに、台詞を加えようと思うけどどうだろうか」

「どんな台詞だ」

「誰の台詞を」

 賦星先輩と白鳥先輩が口々にそう尋ねる。

「最後の台詞の後に総士君の台詞と僕の台詞を。それは、こうだ。『よきおのこよ。安息の対価はいかほどで、愛の対価はどれほどのものであろうか』『ああ。愛に対価がいるというならば、対価を求め煉獄へも地獄へも行こう。それで駄目なら明日に向かって撃ちつくすまでだ』」

 私は、頷いてみる。今河先輩が手の平の生命線に乗せるように掴んでいる台本を食い入るように見つめると、手元の台本と見比べる。

それから、頷いてみる。悪くは無い。煉獄や地獄が出てくる理由づけくらいにはなるだろう。

「余り、いい台詞とは」

「そうだよね」

「愛に対価は無い、とかの方が」

「煉獄や地獄に向かいながら、でも、か」

「結局、かぐや姫に出てくる玉造みたいに地獄に行ったことにしただけだった、みたいなのりにするわけ?」

 先輩たちは呟いて今河先輩が答える。

「いや。そこは、解釈次第。台詞の回しはもう少し練ろうかとも思うが。ま、明日に向かって撃て、と入れてみたかっただけさ。西部劇みたいに。さて。とりあえず休憩はここまでにして、もう一度通しでここまでやってみたいのだけど。いいかな」

 私は今河先輩のその言葉とともに台本をもう一度読み直す。前半部分だけでも思い出そうと一瞬の内に頭を切り替える。今河先輩が続く言葉を何か口にして手を叩くのを、どこか遠くのことのように眺めながら私は世界に入り込む。台本の文字の羅列の中へと溶け込んでゆく。夢中になって一瞬の間に場面構成を思い浮かべそれから、台詞を順に追って行く。

 その日。私は台詞を二個だけ間違った。

 白鳥先輩が気づいて後でこってりと嫌味を言われたけど、二個ともニュアンスは通じるような間違いだったように思う。今河先輩に向かって明日の内に見直して練習しておきますからと口にすると私の今日の部活はお仕舞。

 映子ちゃんと少しだけ話して、それから、賦星先輩に秘密のノートを渡すと、私がやることはもうないのだ。

 今日は部活も終わりだった。

「要、要ぇ」

「何ですか。賦星先輩」

 部室で帰る準備をしていると、最後まで残っている二人の先輩の内の一人が、不可能も無い賦星先輩が、相変わらず斜めに傾けたパイプ椅子の上で、嬉しそうに、まるで餌を与えられた猫のように人懐っこく話しかけてくる。

「これさ。秘密のノート」

「そうですねえ」

「一緒に帰っているのか」

 一瞬、何のことだか分らなかったのだけど、私は、やがて恵都のことだと、思い当たると、少しだけ戸惑い気味に答えて見せる。

「そうですよ」

「彼氏か」

「友達、かな」

 友達、かな。私は、私はまだ自身が無い。

「へぇ。そんな秘密まで書いてくれるのか」

「そうですねえ」

「それじゃあさ。それじゃあさ。私も書いてやろうか。とっておきの秘密を」

「そうですか」

 私は、言葉を選ぼうとして、声が上手く出なくてそのまま上滑りしてしまう。出てきた言葉は素っ気ないそうですかという言葉。

「何だ。要。その明らかに興味無さそうな反応は」

「興味。全然です。全然。もちろん、興味津々です」

「そうか。そうだよな」

「そうですとも」

「それじゃあ」

 先輩はさらさらと部室に置かれっぱなしの三色ペンをノートの上で走らせる。それから家に帰って読むように私に言ってからノートをくれる。そして晴れ渡るような笑みを浮かべる。

「何しているの。真知子」

「ん。秘密」

 最後まで残って私に嫌味を言っていた白鳥先輩が手元の鏡を仕舞い、口を挟んでくる。私は、それを、賦星先輩が秘密だって言ってはぐらかすのを聞きながら、ふと恵都のことを思っていたんだ。

「島世さん。何をしていたの」

「え」

「秘密だよな。要」

「え。そう。秘密です」

「そう。そうそう。そういえば。白鳥。豊のことだけど」

「今河君がどうかしたの」

「それはだな」

 賦星先輩が話をそらしてしまうのを横目で見ながら、私は、やっぱり恵都のことを考えていたんだ。どうしてだろう。

「豊のやつさ」

「今河君が」

「別れたってよ」

「そう、なの」

 私は部室の中での二人の妙な盛り上がりを聞きながら、どうしてだろう、やっぱり恵都のことを考えていたんだ。そうだ。恵都。出会いがあれば別れもある。別れもあれば出会いもある。

 部活、部活、見に言っちゃおう。

 そう思う私は、先輩たちの少し煩くなってしまった嬌声を背に、部室に向かって失礼します、という声を残して後にする。

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