劇3
『私たちお仕舞なのかしら』
あきれたように。どこか突き放したかのように。
『そうだ』
『それで、あなたの愛するお人は何をお望みかしら』
突き放したように。一歩退いて彼方を向くと距離を取って低く冷たい語調で。
『何も』
『何も望まれていないのに、私たちはお仕舞なのね』
『そうだ』
『昔のように私に何か望むことは』
彼方から振り向くと一縷の望みを託して初音を高く。
『何も』
『それなら、もうさよならね』
『そうだ』
『本当にお仕舞ね』
彼方を向きながら震えるような声で。
『そうだ』
『あなたにはお祝いの言葉を口にするのが良いのかしら、呪いの言葉を口にするのが良いのかしら』
『好きなように』
彼方を向きながら唇を噛むと、口元から漏れ出すように。
『呪われるがいいわ。あなたも、あなたの愛する人も』
『好きなように』
『さよなら』
『さよなら』
かたや彼方に向かい、かたや舞台の中央に向かう。
そこに舞台そでから現れる。
『何か望むことはありますか。愛しい人よ』
『突然どうしたというのです。おかしな人』
深刻な状況にある相手に対して意識せず楽しそうに笑う。
『望みを』
『私を愛しい人だと呼ぶ前に、あなたにはあの人が』
『別れの時だったのです』
深刻な状況を理解してはっとしたように後ずさると、底冷えのする声で。
『勝手な人。本当に勝手な人』
『望みを』
『私の望みを聞いてどうするというのです』
『愛しい人よ。その証に』
震えるような声で、後悔したような、どこか力の衰えた声で。
『勝手な』
『望みを』
『いいわ。では私の望みを叶えてくださいますか』
予想外のことに身を乗り出して。
『望みを』
『アルペールの卵を』
はっとしたように弾かれて身を乗り落とす。
『無謀な』
『火ネズミの衣を』
『無謀な』
『巨人ダニエルの書を』
『無謀な』
『優曇華の花を』
『無謀な』
『全ての素数の関係式を』
『無謀な』
冷ややかに見下ろす。
『では、何を望めば』
沈黙。その後思い返したように。
『本当に望みはそれで構わないと』
『望みはそれで構いません』
『では承りましょう』
『勝手な人』
『勝手で結構。望み、確かに承りました』
舞台そでに向かって立ち去る。
『本当に勝手な人。私の、私が、私を。本当に勝手。そして、おかしな人。私の、私が、私を。本当におかしな人。ああ、私には他に叶わぬ望みなど思いつきません。あの人は分かっていないのです。私は分かっています。本当におかしくて勝手な事だわ。私、私、失礼しますわ』
向かい側の舞台そでに向かって立ち去る。




