開店前の気合い入れ
夜、それはこの工房最大の戦場だ。
潤沢に料理を揃え、いかなる敵も迎撃する。たっぷりとお腹と心を満たし、帰っていただくところまでが僕らの『戦い』だ。少しも油断ならない、負けられない決戦だった。
「よーし、ではそろそろ持ち場に移動するのだ」
お玉を振りかざし、ブルーの合図が響き渡る。
小さく頷いたみんなが、それぞれの持ち場へと移動していった。
持ち場も何も、ブルーとハヤイ以外は給仕係だけども。
ハヤイ、というかシロネコ運送を経由してなのか、最近は冒険者のお客さんも結構増えてきている。便利なものがなくなって地道に歩くなどしなければいけなくなったからだろう、最近はかなり人が来るようになったんだ、とよく行く肉屋のおじさんが言っていた。
そのせいか、レーネそのものがだいぶ活性化していると思う。
冒険者は手に入ったものをあちこちで売るけど、その肉屋でもいろんな肉系の素材を持ち込まれることが増えたそうで、それを目当てに生産系の冒険者などが集まってくる。肉以外にもそういうサイクルがあちこちに生まれていて、すでに幾つか生産系ギルドが工房を構えた。
これは、僕らも油断していられないのかもしれない。
さて、店はオープンの看板を表に出した瞬間から商い開始だ。
看板には今日のメインメニューと、オプションでつけられるサイドメニュー。
それから各種飲み物。まぁ、飲み物っていうか酒だ、一応酒場だし。
一応未成年である僕らがいるのに酒、というのは若干の罪悪感があるけど、この世界では成人という概念はあまりなくて、平均すると十五もすぎれば立派に大人という扱いをされる。
それくらいで結婚する、あるいは相手を探すのも普通。
下世話にいうなら、子供を授かれるようになったら――って感じなんだろなと何となく察している。いくら治療系の魔法があるとはいえ病気で死ぬ人、ケガで死ぬ人、そういうものが決して絶えない世界。この年齢まで五体満足健康に育つ、なんて保証はそう高くないだろう。
そんなわけで、見るからに幼いウルリーケとガーネット以外は大人扱いだ。
酒を勧められることが唯一面倒なのかもしれないけど、今は給仕を理由にどうにか躱しているところ。危ない時は大人の誰か――まぁ、だいたいテッカイさんが助けてくれるし。
ただ、最近は若い組は飲まないっていうのが周知されたのか、それともレインさんがああ見えて結構な酒豪――テッカイさんに『ウワバミかザル、あるいはワク』と言われ恐れられるくらい飲める人だとわかったからなのか、むしろ僕らには目もくれずに彼女に飲み比べを挑んでるお客さんが多くなったので、以前ほどお断りに苦慮することはなくなった。
良いことなんだと思う。
勝負の後、酔っぱらいが大量に床を転がっていることさえ受け入れられたら。
「よっと……」
看板に必要なものを一通り書き込んで、僕は店の中に戻った。
時間的にも、そろそろお客さんが来る頃だし、最終チェックしないとね。
大衆食堂改め大衆酒場となったこの店は、朝や昼と比べるとぐっと提供する料理の数を減らすことになっている。メインが三つでサイドが多くても五つ、それだけで回している。
理由としては量を確保するためだ。
あと、客層に合わせている。
ここのお客さんは基本的にレーネ在住で、つまりエリエナさんの大農園で働いている人とイコールで結ばれる。当然、彼らは汗水流して疲れ果てた状態で店にやってくるわけだ。
そんな彼らに、細かいメニューを選ぶ余裕はあまりない。
――とにかくおいしい料理を、腹一杯に。
メニューを絞る方が作る側も楽だし、一つ一つの量も増やせる。
ただ、それだけでは寂しいという人のためにサイドメニューを用意し、今のところこういう料理食べたいというリクエストはあるものの、メニューの総数を増やせという要望はない。
肉体を酷使する人が客層の中心なので、料理は基本的に肉がメインだ。
彼らは基本的にフォーク一つでもぐもぐと食べられる料理を好み、スープ類すら皿に直接口をつけるようにして一気に平らげてしまう。スプーンも添えてあるけど、最初の一杯で使われることはあまりない。当然のようにお代わりされるのだけど、その時には使われるかな。
今日のメニューはは少し筋が多くて食べにくい肉を、とろっとろになるまでじっくりと煮込んだ煮込み料理と、野菜を混ぜた肉団子入りのあっさり塩味のスープ。
それと数種類のハーブを摺りこんで皮がカリカリのパリパリになるよう、油をまわしかけてローストした鶏肉だ。鶏肉はハヤイとレインさんが狩ってきた、新鮮なものを使っている。
これにパンだとかご飯だとかのサイドメニューを、おこのみで添える。サイドメニューは少し種類を多くするようにしていて、女性向けとしてデザートなんかもここに含んである。
ただ、肉ばかりで心配になるのは、お客さんの家族だ。
奥さんだとか娘さんだとかお母さんだとか。
その人達のお願いで、メインやサブには野菜をたっぷりと使っている。スープは肉団子以外にも野菜もゴロゴロ入ったポトフ風だし、煮込んだ肉やローストした鶏肉には付け合せにこんがり焼いた野菜を、むしろそっちがメインだろうという感じにどっさりと添えておく。
こうしておくと全部食べてくれるので、栄養も偏らないという寸法だ。
たまにカフェに来るお客さんにあれこれと試食してもらったりしているので、味についてはなんの問題もない。こっちの世界の味付けに合わせつつも、調理方法や味付けの仕方なんかで僕らにも食べやすい感じにしてあって、すごく食べやすくて落ち着くと冒険者にも評判だ。
今日はどれだけの人数がやってくるのやら。
さぁ、気合を入れて働かなくちゃ。