レインさんの細工講座
昼を過ぎると、店は少しだけ穏やかさを取り戻す。主だったお客さんは去り、ご近所の主婦の皆さんが子供を連れて、昼を少し過ぎたくらいに甘味を食べに来るぐらいになるからだ。
夕方から夜にかけての酒場ゾーンを前にした、一時の休息といえる。
この時間を使って、それぞれ買い物に出かけたり趣味のものを作ったり、好きなことを行うのが工房の日常だ。お昼ごろになるとそれなりにお客さんは来るけど、やっぱり移動を開始する時間帯である朝や夕方に比べたらそう多くない。冒険者が増えるくらいだろうか。
軽く昼食を食べた僕とヒロさんは、別棟二階――レインさんの店にいた。
最初は、市場で新しく仕入れたという瓶詰めのビーズを、色ごとに棚に並べるという雑用を手伝っていただけだった。それがなぜかレインさんの好意で、初心者向けの簡単細工講座が開かれるに至っている。休憩用の椅子に座る僕らの前に、講座に使う材料が並んでいた。
こうなったそもそものきっかけは、未だ見えないヒロさんの適性について話が及んだことだったと思う。何が向いているのか、どういう適性があるのか、とか、そんな感じだった。
それが巡り巡って、僕も参加の細工講座になっている。
材料も並んでしまっているし、逃げられない。
「なぁに、そんな緊張することはないさ」
向かい側に座り、レインさんが笑う。
いつもはそんなに結い上げていない髪を、今日はお団子にまとめてかんざしのようなもので止めていた。それだけなんだけど、たったそれだけなのに、ものすごく真剣な雰囲気がする。
ヒロさんも同じようなことを思っているのか、顔つきがこわばっていた。
無理もないかな、僕だってちょっと震えている。趣味ではないので手芸コーナーとかは行ったことはないけど、母親経由でそれなりに素材のお値段は把握していたりする。
高い、とにかく高い、めちゃくちゃ高い。
特にビーズ系はピカイチにやばい、という印象が強い。
実際、米粒ほどのビーズが数粒入って数百円、とかよくあるらしい。こっちではそこまでの値段ではないらしい、けど、手放しに消費できるほど安いものじゃないのは素人でもわかる。
ビーズは、紐などを通す穴がアレばいい訳じゃない。
キラキラとしたカットなんかも施したり、それでいてとても小さいものを作ったりしなきゃいけないこともある。この世界に、果たしてそこまでの加工技術はあるのだろうか。
なくしたらどうしよう、どうしよう。
リラックスしなければと思うほど、身体がこわばっていく。
そんな僕らを見て、レインさんがくすりと笑った。
「もう少し、柔らかい顔をしてリラックスした方がいいよ。使うのは普通のガラスのビーズと木製のやつだ。そう高いものではないし、難しいものを作るでもないから」
「は、はい」
言われ、改めて目の前に置かれたトレイをみる。
木で作られた少し底の深いそれには、無造作に材料がどさっと入っている。
シンプルな丸いビーズと、長さや大きさに違いのある木製のビーズ。木製のそれには植物などのモチーフが彫り込まれるなど、少し手の込んだ感じのする加工が施されていた。
丸いビーズもかなり大きく、用意された糸も、糸というよりむしろ紐。長さ的に首飾りだとかの類を作るわけじゃないらしく、たったそれだけのことなのに少しだけ気が楽になる。
特に目立つのは、原石をそのまま使ったという感じの、大ぶりの飾りのような石だ。素材の形をそのまま活かすように整えたのか、僕とヒロさんのでは形がだいぶ違う。
「さて、本日お二人に作っていただくのはお守りだ」
「お守り?」
そう、と告げたレインさんは、使い込まれた感じの完成品を僕らに見せてくれた。
大きさや形状としては、携帯につけるストラップが一番近いものだと思う。丸いビーズと木製ビーズを組み合わせて紐を通し、最後に大きな飾りの石をつけるという感じに作るようだ。
いや、順番としては逆なのかな……わからない。
「これはこの世界で良く使われるデザインのお守りでね、剣などにつけて使われることが多いものだ。守りの種類は魔石に刻むもので、千差万別と変わる。家内安全、健康祈願、旅路の幸福を望むものが多いそうだ。車に交通安全のお守りを載せるだろう? そんな感じだね」
「へぇ……」
「あ、だからこの石、つるつるのままなんだね」
「勝手に願いを決めるわけには行きませんので。当然ながら願いによって変わる文字は、きちんとこちらで教えるので、安心してください。見た感じ、割と何でもいけるようですよ」
なるほど、とヒロさんは頷いていた。
ちなみに魔石の種類も、守りには影響するにはするらしい。
といっても、目に見えるくらいの影響を与えるような魔石は総じてお高いどころではないくらい高いものなので、レインさんもお客さんの持ち込みでしか扱ったことがないという。
レベルの高い、つまり強い魔物がドロップするレアアイテムなんだそうだ。
それ以外は本当に『気のせい』といえる誤差なので、気分や色で選ぶぐらいでちょうどいいんだとか。僕やヒロさんの好きな色をレインさんは知らないので、用意されたのは無色透明の氷のようなもの。でも光を透かすと、うっすらと青みがある影が落ちてくる。
うん、僕はこれでい良いと思う、綺麗だし。
「さて、どれにする?」
そういうレインさんが見せてくれたのは、辞書のように分厚い書物だった。
まず、守りの効果を持つ文字にはたくさん種類がある。レインさんはルーン文字のようなものだと説明してくれたけど、ルーン文字とか、かろうじて名前と存在を知っているくらいだ。
文字のみならず、模様なんかでもいろいろ変わるらしく、だけど僕には何がどう違うのかさっぱりとわからない。どれも同じようなものに見えるし……。そもそも、わかったところでこの小さい石に刻み込めるのだろうか、という不安が脳裏をよぎる、踊るような軽快さで。
そこまで不器用ではないと思うけど、特別器用なわけじゃないし。
「とりあえず、全般的に幸運を招くようなやつで……」
「ぼくも同じのでいいかな。特に願いたいこともないし……」
ふむ、とレインさんは少し悩むようにして、一つの文字を選ぶ。
刻み方は簡単なもので、まず薄い紙に模様を鉛筆のようなものを使って書き移し、それを重ねてがりがりとやるだけだ。最初に外側のラインをしっかりえぐっておくのがコツらしい。
削り刻みながら、何かいいことがありますように、と願うのもよいという。
次第に、僕もヒロさんも無言になっていった。




