今夜も満員御礼
日も暮れて街の中に明かりが浮かび始めたころ、食堂あらため酒場は戦場になっていた。
乗り合いの馬車、というか荷馬車に揺られて帰ってきた人達が、一斉に店に流れ込んでくる恒例行事。迎え撃つのは僕とヒロさんを含めた、厨房担当以外の全員だ。
乱れ飛ぶアルコール。
まずはいっぱい、ぐいっと行くのがレーネっ子らしい。
疲れたところに飲みに来ているのだから、それは当然のことだろう。なのでこちらもそれに答えるのみだ。酒と一緒に少しのおつまみをテーブルごとにおいて、時間を稼ぐ。
後はぽつぽつと注文が来るので、それを厨房に持っていく。
ちなみにおつまみはナッツ類が中心で、結構大きな器にどさっと入れてある。
比較的安くてに入るから、無料サービスしていた。
時間稼ぎ、というからには厨房はてんてこ舞い。二人しかいないところに、結構な人数のお客さんが短時間でどっさり来るから、もう余裕なんてないくらい。人数だけは自信があるから何とか回ってるけど、本当にレーネが田舎で良かったと思う。都会なら死んでた。
厨房での役割分担は、だいたいブルーが料理長ポジションにいる。
彼女がすべての料理を管理して、指示を飛ばすのもブルー。ハヤイは手作りおつまみなどのサイドメニューをメインに作りながら、ブルーのサポートをしている感じだろうか。
今日も二人で、次々とメニューを迎撃している。
「ブルー、煮込み肉を三人前頂戴、付け合せちょっと多めに、だって」
「スープのお団子って、三つでしたっけ? 四つでしたっけ?」
「三つなのだ! そして煮込み肉お待ちどう様! 付け合せは自分で追加するのだ!」
「おい、ぶどう酒もう切らしたのか?」
「地下にまだ二つぐらい樽が転がってたはずだが……」
「そんじゃ取ってくる。つーわけで地下までご一緒ねがいましょーか」
「え? え?」
食堂スペースに負けずとも劣らぬ騒がしさ。
それをハジメてみたヒロさんは、さすがに若干引き気味だった。
けれどテッカイさんに見つかって、そのまま酒樽運びに駆りだされていく。ガーネットとウルリーケは、いつもの様に注文を取ってきたり料理を運んだり、足を止める暇もない。
レインさんは一人潰した。
けろり、とした顔をしているから怖い。
「……こっちって、ぶどう酒がメインなんだね」
若干息を切らして、ヒロさんが戻ってくる。
いきなり給仕に出したら死んじゃうんじゃないですか、というガーネットの言葉で、僕も一緒に今日は二人で皿洗いだ。粉状の石鹸のようなものと水を注いだ大きな桶に、回収されてきたお皿を全部沈めて、スポンジみたいなごわごわした布を使ってごしごしとこすり落とす。
ちなみに布は、安心安定のガーネット製だ。
たわしのようなものはあるけど、スポンジのような柔らかいものはなかったから。
「日本酒のほうが好みなんですか?」
「そうだなぁ、ワインはなんか悪酔いする体質みたいでね」
「へぇ……」
「あと、あの渋いのがちょっと苦手なんだ」
ワインってジュースみたいな匂いなのに渋いんだ、と思いながら皿を洗う。いくら飲んでいてもおかしくない、というか別に咎められない世界とはいえ、さすがにアルコールを摂取する勇気はない。だから少なくとも僕は、その味を今も知らないままだ。
さすがに匂いくらいは、親が飲んでたりするので嗅いだことはあるけど。
匂いだけなら、ほんとジュースみたいなんだけどな。
……そっか、渋いんだ。
「毎晩、こんなに大騒ぎなの?」
「そうですね。取引があるから、皆さんここに来てくれてる感じで」
本当にレーネの人には助けられている。行くあてもなくて、右往左往して、何とか生活することができているのは、こんな感じに地域の人に日々支えてもらっているからだ。
だから、第三都市の惨状というのが、僕には別の世界のことのように思う。
本当に同じ世界の、同じ国の話なんだろうか。
どうして、そうなるまで誰も何もしなかったんだろう。
「そこの二人、どっちでもいいからちょっと手伝え!」
ふいに、ハヤイからSOSが飛んでくる。
サイドメニューでも一番人気であるサラダ用の野菜が、めでたく、あるいは不幸にもきれてしまったらしい。ハヤイ一人では野菜の準備はできないので、手伝えということのようだ。
「ぼくはお皿洗ってるから、行っておいで」
まだ慣れてないし、というヒロさん。
お言葉に甘えて――というわけではないけど、僕は皿洗いを彼に任せて、ハヤイのところに向かう。さぁて、今日もいつものように、あるいはいつも以上に忙しい夜が続くようだ。
玉ねぎを右手に、テッカイさんお手製のスライサーを左手に、それぞれしっかりと滑らないよう強く握りしめてから、一気にしゃりしゃりと玉ねぎを削り落としていった。
■ □ ■
入浴を終えて食堂に戻ると、すでに小さい子達はいなかった。
店はすでに閉店しているのだが、風呂に入る前は全員ここにいたはずなのに。
きょろきょろと周囲を見回していると。
「他の子は寝てしまいましたよ」
優雅にぶどう酒を飲む、レインがくすりと笑っている。摘まみにしているのは、どうやら燻製にした肉らしい。細く裂いたものを、ちびちびとかみしめているようだ。
アルコールはいらないが、代わりにそれをいただく。
残っているのは大人二人と少年一人。大人二人はどちらも晩酌の途中で、少年はというと机に突っ伏したまま、自らの腕を枕にしてすやすやと寝息を立てていた。
「帳簿とにらめっこしてたと思ったら、酒とか取りに行ってるあいだにスヤっとな」
「起こさなくていいのかな」
「我々が寝る時に起こすぐらいでいいと想いますよ」
眠ったままの少年を見て、レインとテッカイは笑っている。
まるで弟を見るような、優しい目だ。
他のメンバーと違って得意分野を持たない彼は、毎日こうして雑用などを率先してこなしているのだという。できることを、できるだけ。みんなの支えになれるように、と。
とはいえ慣れないことは疲れるらしく、よく閉店した後にこうして寝落ちしているという。
「疲れた、とかあんまりいわねーからなぁ、うちのは」
「寝落ちしてくれるなら、まだわかりやすいさ」
「まぁな」
やれやれ、と言った様子でテッカイはつぶやき、レインは目を細めた。




