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第三都市はちょっとこわい

 精霊さんにすりつかれたまま、ヒロさんはしばし固まっていた。

 みゅう、みゅう、と響く感謝の大合唱と、新入りさんへの歓迎の舞。これがあるからご飯をあげるのに付き合ってもらったんだけど、どうやら大丈夫そうでよかった。

 次第に慣れると思う、次第に。

 ヴェラ・ニ・ア帝国は場所の関係なのか明確な四季はなくて、基本的に常に一定の気温などが保たれている。だから夏のように暑くはならないので、くっつかれても大丈夫だ。


「すごい、ね」


 感嘆した様子で、ヒロさんがつぶやく。

「やっぱり、ここって異世界なんだ……」

 精霊の一つを手のひらに乗せて、猫を扱うような優しい手つきで撫でる。とろんと餅のようにとろけた形状からして、相当和んでいる模様。これならすぐに懐かれるだろなと安心する。

 今現在、この毛玉精霊に嫌われた人は見たことないけど。

 みんなのところに行っといで、と精霊を地面に下ろしたヒロさんは、すごく優しそうな笑みを浮かべていた。だけど、うっすらと影があるような、そんな感じのする変な笑みだった。

 この世界は、とヒロさんは口を開く。

「ちゃんと『世界』なんだなって……改めて、思わされた気がする」

「ヒロさん?」

「ぼくの身近には精霊術師がいなかったっていうのもあるんだけど、こんなにも精霊が人懐っこかったり、当たり前のように食べたり飲んだりしているなんて考えたこともなかった。なんていうか、彼らを生き物の枠組みに入れてなかったっていうか……そんな感じ、なのかな」

 だから驚いた、とヒロさんは言う。


 それは仕方がないことだろう。僕らだって、こんな生活をしていなきゃ、知らなかったかもしれない。たまたま裏庭に畑を作ろうって話になって、植えたものが全滅して、エリエナさんにあれこれ教えてもらえて。それでようやく知ることができたことだ。

 工房を持つまでの半年の間、冒険者の仕事をこなす傍らで農園で手伝いをしていたけど、精霊のことなんて全然聞かなかった。仕方がない、だって畑に精霊がいるのは当たり前だから。

 この世界では当たり前のことだから、口に出されなかった。

 冒険者もまたこの世界の人なのだから、改めて説明するわけがない。


 ……あぁ、そっか。

 だからヒロさんは知らなかったのか。

 当たり前だから誰も指摘しない、だから誰も気づかない。

 ハヤイから聞いた第三都市ストラは、たぶん僕らみたいな生活をしている人など皆無な場所なんだろうう。あそこはゲーム時代と変わらず、冒険者家業に明け暮れる人が大半な世界だ。

 じゃあ、気づくわけがない。僕らでさえ、畑を枯らしてエリエナさんに言われて、そこで初めてこの世界と精霊の繋がりの深さを思い知ったわけだし、知ろうとしなきゃ気づかない。

 だってゲームの枠組み的には、精霊は攻撃に使うための存在でしかないのだから。

 その特化具合がいいか悪いかはともかく、どこか歪だなと思う。

 半年という決して短くない時間が流れた今、僕らはもう一度身の振り方を考えた方がいいんじゃないかって、そんなことを時々考えてしまう。だって、少なくない人数が巻き込まれたこの騒動、今の今まで解決の気配一つないなんて、冷静に考えれば普通に異常だ。

 覚悟しなきゃいけないのかもしれない。

 この世界でこれからも生きていかなきゃいけない、という可能性を。


「おっはようございまーす」


 無言で思案していたところに、元気な声が届いた。

 ヒロさんが、お客さんかな、と呟いて工房の方を振り返る。だけど僕にはその声に聞き覚えがあった。毎朝ここに、新鮮な食材を運んでくる彼女の声だから、当然のことだけど。

「エリエナさん、今日はちょっと遅かったな……」

「……エリエナ? 知ってる人?」

「えっと……レーネの郊外には大農園があるんですけど、エリエナさんはそこを管理してる伯爵令嬢さんですよ。工房を作る時とか、今も食材の仕入れでお世話になってます」

「は……はくしゃく、れいじょう」

「あ、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。すごく普通の人ですから」

 そう、もう少し貴族令嬢っぽく振る舞ってもいいんじゃ、と思うくらい元の世界にも普通にいそうな人だ。だけどレーネはこの通りの田舎だし、いくら貴族と言っても他の人と比べて特別裕福ってわけでもないというから、きっとあんな感じでいいんだろう。


「あ、おはようございますー」


 説明している間に、エリエナさんが裏庭にやってくる。

 相変わらず、街の女の子と変わらない、ラフな格好をしていた。畑で土いじったりもしてるそうだから、とてもじゃないけどドレスなんて着てる場合じゃないんだろうな。

 さすがによそ行きのドレスとかは持っている、と思うけど。

「その人が新入りさんですか?」

「うん。ヒロさんです」

「は、はじめまして……」 

「はじめまして、レーネ大農園を管理運営しております、エリエナです」

 ぺこり、ぺこり、と頭を下げ合う二人。

 ハヤイを紹介した時は、あの猪突猛進系の勢いに押されて、エリエナさんすっかり飲まれてぽかんとしてたっけな、と思い出す。ああいうタイプとの接点は、どうも薄いようだし。

 ヒロさんはおどおどしているところが難点かもしれないけど、基本的に良い人でおとなしいから接しやすいだろう。あの人見知りするウルリーケも、そんなに逃げたりしてないし。

 身も蓋もないことだけど、彼女の懐く速度でいい人か悪い人か判断するのが一番楽だという結論が、僕の中で出つつある。相手が悪い人ならガーネットが気づくし、とりあえず僕なんかよりはずっとあの二人の方が頼りになるだろう。僕はどうしても人を疑えないし……。


「ヒロさんはどこのご出身なんですか? 冒険者には見えませんけど……」

「え、えーっと」

「第三都市! 第三都市から来たんですよ! ハヤイいるでしょう? 第三都市には彼の身内がいるんですけど、その人からの紹介で、ここで修行してあっちに戻る予定で! 出身は違うんですけど冒険者向けの商売したいって感じで、それでまずはここにってことで! ね!」

「は、はいそうです、そういうことです、はい」

「あー、なるほどー」


 大変ですね、とエリエナさんが笑う。

 いっそ冒険者だと言っても良かったんだけれど、どうやらヒロさん、例の胡散臭い店に就職する時、冒険者としての登録を停止というか、失効させてしまってそのままなんだそうだ。

 というかそうするよう、言われたという。

 そうしなきゃ、働いて返すという手段を使わせねーぞ的な。

 冒険者として登録している限り、組合がその所在を確認するので、ヒロさんみたいな働かせ方はできないのだそうだ。もしもそういうことをやっているとわかれば処罰の対象で、だからこそ登録をダメにするというのを、半ば脅すように言いつけているんだろう、とのこと。

 聞いた感じでは、そういう冒険者の使い方が問題になっているらしく、第三都市から逃げ出してよそに移り住む冒険者も多いそうだ。元の世界でもよくブラックなんとかがテレビやネットで騒がれてたけど、ああいうのって文化がまるで違う異世界でも同じようなものらしい。


 そんな経緯があって、ヒロさんは冒険者には見えない。まぁ、格好はいかにも一般市民という感じの服だし、武器も持たないから冒険者には見えないだろうな。

 僕らはギルド経由で知り合ったから、出身地を尋ねられることはなかった。

 冒険者はそういうもの、なんだろうか。

 今から思うと不自然さがあるけど、うっかり指摘した結果、藪蛇になるとアレだし笑えないしで、これについては尋ねられるまで適当にごまかし続けようと思っている。


「でも第三都市、か……大変なところからいらっしゃったんですね」


 エリエナさんが、ため息混じりに口を開く。

 そういえばエリエナさんは収穫したものを周辺の都市に売りに行くのに、時々代表としてついていってたはずだ。どうやらその時に、第三都市ストラにも何度か行ったらしい。

 ただ、その顔つきからして良い記憶はなさそうだ。

「やっぱり冒険者さんが多いせいか、どこか物々しい感じなんですよね。魔物も多いし、普通の旅人さんもあんまり近寄らない感じで。ここしばらくの間で、それが強くなったみたいで」

「へぇ……」

 ここしばらく、とはやっぱり集団異世界トリップ現象の後から、なんだろうな。

 あの日を境に冒険者はいろいろ変わってしまったと思う。

 良くも悪くも。


「領主をしている侯爵様がしっかり抑えてくれてるからまだいいんですけど、ふとした瞬間に爆発するんじゃないかって、ちょっと。最近、冒険者崩れの窃盗団とか多いですし。あたし達もそうですけど、みなさんも他所に行かれる時は充分に気をつけてくださいね」


 彼女の言葉で思い出すのは、いつぞやの誘拐未遂事件。

 あの犯人達はそれぞれの罪状に応じた罰を受けている最中だそうだけど、ああいうのがほかにもいろいろ多いということなのだろうか。まぁ、僕らは積極的に受けないし、そもそもこのレーネではめったに見ないけど、討伐系の依頼でも報酬がしょっぱかったりすることはよくあるみたいだから、冒険者家業だけでは食べていけないって人も出てきてるんだろう。


 だからといって悪事を働くのは、よくないけど。

 お給料をもらえる仕事ではないから、難しいところなんだろうか。

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