毛玉とエンカウント
ふわふわでとろとろのオムレツを堪能した朝食の後、それぞれはそれぞれの持ち場へと戻っていく。食堂に合わせているから、いつも朝ごはんを食べる時間帯は早めだ。
食べ終わった僕の仕事場は、裏の畑へと移動する。
食堂の開店準備でてんてこ舞いなブルーの代わりに畑の様子を見たり、隅っこでまだ寝ているのだろう精霊の面倒をみるために。これまでは一人でこなしていたけど、今日は二人。
僕の後ろで、どこか緊張した面持ちのヒロさんがいる。
そんなにガチガチにならなくても、大丈夫なんだけどなぁ。
だけど普通のプレイヤーだった冒険者からすると、精霊といえば何かと面倒なシステムの上に成り立っていた存在の筆頭だったわけだし、畏怖だとか緊張とかは仕方がないのかな。
そんなことを思いつつ、僕は軒下に積まれたエサ箱をそっと拾い上げた。
外はようやく明るさが強くなったという感じで、扉が開閉する音が微かに聞こえる。街の目覚めが近づくに連れて、工房の目覚めもまたすぐ目の前に迫っていた。
もうじき、工房の前にお客さんが並ぶ。
そのこともあって、ブルーは現在フル稼働中だ。彼らに速やかに食事を提供するため、スープの味を調節したりサラダに使う野菜の準備を整えたり。ドレッシングは、もしかしたら足りなくなるかもしれないから、念の為に材料のハーブも刻んでいるのかもしれない。
どたばた、かたかた、とものを移動させたり運んだり、とんとん、とまな板を包丁が軽やかに叩く音がしている。そこに混じって聞こえるのは、テーブルやイスを引きずる音だ。
そう、食堂は料理があればそれでいいわけじゃない。
座るためのイス、料理を置くテーブル。それらの準備も必要だ。
今、ウルリーケとガーネット、ハヤイとレインさんの四人がその準備をしている。テッカイさんはいつも真っ先に自分の作業場に直行だけど、これは炉とかの調節に人一倍時間がかかるからだ。誰よりも時間をかけて準備をして、誰よりも時間をかけて片付けをしている。
ヒロさんは体格がいいから、もしかしたら鍛冶向きなのではと少し考えたけど、改めてテッカイさんの作業を見ているとそんな簡単なノリでしていいことではない、そんな気がした。
まぁ、そんな急ぐことではないから、のんびりやるしか無い。
「えっと、それで何をするのかな?」
ブルーに押し付けられたエサ入りの袋を抱え、ヒロさんは困惑気味だ。
まぁ、彼の目に映るこの裏の畑は、どこにでもある家庭菜園。隅っこに謎の巣箱らしき物体があるにはあるけど、何も知らない人からすると鶏小屋に見えるかもしれない。
説明するのでもいいけど、それよりは見せたほうが早そうだ。
そもそも、説明したところで信じてもらえる保証はない。
ゲーム時代と同じように、召喚して命令し、帰還させるのがデフォだろう多くの冒険者にとって、こういう精霊の使い方はほとんど知られていないだろうし。
僕らみたいな、現地と密接な生活をしていればまた違うんだろうけど……第三都市にいたヒロさんが知っている可能性は、最初から考えなくてもいいくらいには低そうだ。
「じゃあ、ここに袋の中身、溢れない程度に入れちゃってください」
「うん。……そういえば、これ、ハーブ?」
「はい」
ざらざらとエサ箱に注がれるのは、緑色の粒。
見た目はそのまんま、動物のエサって感じの形状だ。僕は家の都合で猫とか飼ったことはないんだけど、知り合いの家で見た猫用のカリカリがまさにこんな感じだったと記憶している。
原材料はハーブ、それからおいしい水。
ブルーなりに精霊学などの関係する資料を読み込んで、あの毛玉精霊に一番いい配合にしたというスペシャルハーブ。何度も配合を変えて、一番喜ぶものにしたのだという。
それを水で練り上げて粒にしたのが、ヒロさんに運んでもらっている袋の中身だ。
ヒロさんにエサを任せている間に、僕は水を汲みに行く。
うちにいる精霊は、水もまた大事な要素だ。
元の世界に戻ったら水道水に拒否反応が出るのでは、と時々思うくらい、この世界の水は美味しい。水道水と違ってあれこれ混ぜていないというのが一番の要因なんだろうけど、世界に満ちている精霊のおかげなのだろうとブルーは言っていた。
そんな、世界の実りの一つである水を、専用の容器にたっぷりと。
農園に併設している牧場で使っていたものを安く譲り受けたそれは、元々が馬用だったこともあってかなり大きく、注げる水の量も結構なものだ。数が多いからちょうどいい。
ここに溜める水は傍らの水路のものだから、そこで好きなときに水を摂取するよう命令する方が早いといえば早いけど、最初それをやったら何匹か普通に流されてしまったので……。
横着は良くない、僕らは学んだ。
あ、ながされた精霊はちゃんと捕獲した、大丈夫。
遊び感覚だったのか、楽しそうにしてたからそれも大丈夫。
水を運ぶ僕の横、最後のエサ箱にご飯を注いでいたヒロさんの挙動が不審になっていた。そわそわ、と周囲を――主に巣箱を見て、疑問符を浮かべた顔をしている。
「……?」
同じ方向を見れば、その理由はすぐに分かった。
待ちきれない毛玉の一部が、巣穴の中でうごめいているのが見える。かわいいなぁ、と僕は思うけど、何も知らないヒロさんがどんなUMAがでるのかと怯えているのかもしれない。
……実際、見た目はカラフルなケセランパサランだし。
そろそろいいか、と僕は水汲みに使っていた桶を足元においた。
「みんな、ご飯だよ」
ぱちぱちぱち、と三回手を叩く。
一瞬の静寂を挟み、みゅうみゅう、と朝の恒例行事となった歓喜の大合唱が始まった。
そして、溢れ出るように飛び出してくる毛玉、もとい精霊さん。精霊達はエサ箱に行くよりも先に僕に突進してきて、みゅう、みゅう、とまとわりついてくるからちょっと大変だ。
懐かれているのは嬉しいけど、ちょっとくすぐったい。
「……えっと」
「ヒロさん、これ精霊です。実は――」
と、手短に説明する。
まずこの精霊を喚んでいるのはブルーであること。ゲームほど主従関係ははっきりしていないこと。呼び出しっぱなしでもエサ代がかかるだけで、MPとかは特に追加消費しないこと。
触るとほんのり暖かくて、もふもふしてたまらないこと。
最後の一つはいらないかなと思ったけど、個人的には畑への恩恵に次ぐ捨てがたいポイントだと思ったので付け加えた。ちなみに初めて見たハヤイは一瞬フリーズし、そのあと毛玉に埋もれて心底うれしそうにしてた。犬とか猫とか、ああいうもふい動物が好きなんだそうだ。
召喚者でなくても懐いてもらえるらしく、忙しいみんなの代わりにブラッシングやエサやりなどの世話をやっていたら、今じゃすっかりブルーの次くらいに懐かれてしまった。
僕をもふもふとしていった精霊さんは、今は一斉にエサに群がっている。
一方、ヒロさんは唖然としたまま数匹の毛玉にもふられていた。
これは、慣れるのにちょっと時間がかかる、かも。




