適材適所ですから
ぷるぷるとして今にも泣きそうなウルリーケをひとまずピアさんに任せ、僕はガーネットを連れて近くの森に向かった。この森に、リュニ用の薬に使う薬草類が自生しているからだ。
念のための薬草図鑑を携え、僕らは森の中を慎重に移動する。
走りたいけど、魔物が出現する場所でもあるから慎重に行動しないといけない。ただでさえ戦力なんてないよりはマシ程度の状態なのに、うっかり全滅とか乾いた笑いすら出ないし。
魔物よけの薬品は、できれば採集中に使っておきたい。
なので移動は、息を殺すように慎重に。
「水辺を中心に植わってるらしいから、たぶん奥だよ」
事前に軽く目を通した情報をガーネットに伝え、目的地を目指す。
予め地図を見て道筋は確認した。
森の奥に水が湧いている場所があって、工房から一番近いのはその周辺らしい。そこら辺は地域の人もよく足を運ぶらしく、獣道に近いけれど道のようなものがそれなりに存在する。
地図にもそれが書き込まれていて、分かれ道はないから迷うことはないと思う。
必要な量はそう多くないから、さっととってパっと帰ればいい。ガーネットは念の為にと袋を大きい抱えているけれど、子供一人が収まりそうなその袋はさすがに大きすぎると思う。
まぁ、大は小を兼ねるっていうし、小さすぎて持ち帰れないよりはいいか。
「似たような形状の、ぜんぜん違う効能がある草もあるみたいだけど、見分けてる場合じゃないから両方摘んで帰ろう。仕分けは工房に戻ってからすればいいし、僕よりウルリーケのほうがそういうの詳しいと思う。図鑑を見ながら仕分けてたら、時間かかっちゃうしね」
「詳しいですね……調べたんですか?」
「まぁ、ね。他にできることもないし、こういう時ぐらいは役に立たないと」
何もできないなりに、僕だっていろいろと勉強している。
さすがにウルリーケみたいに調合とかできるスキルはないけれど、知識ならいくらでも詰め込める。その程度の性能は、僕の決して人より優れていない脳みそでもこなせる仕事だ。
僕にはスキルがない。
現実では帰宅部のごく普通の学生で、特に習い事をしているわけでもない。料理はできなくはないけどせいぜい目玉焼きぐらい。手先はどちらかと言うと不器用で、運動神経があるというわけでもない。そもそもそんなものに恵まれていたら、何かしら部活をしていただろうし。
これといってとりえのない、強いていうならそれなりに読める物語を作れる、だけ。
だけどそれだけじゃ、僕はみんなの役にはならない。
この世界の、ギルドという組織の、そのリーダーとして何をするべきか。僕はひとまず知識を手に入れることだと思った。知らないことは怖い、知っているつもりで間違えているのも。
遊んでいたゲームに似ている世界、それはいいことかもしれない。
何も知らない世界に、突然飛ばされてしまうよりは。
だけど、似ているはイコールそっくりそのまま全部同じ、にはならないのだ。
どこかしら『違う』部分が存在している。例えばレギオンさんのような存在のこと。あんなのゲームにはなかった。精霊と地域の結びつきだって、たぶんこの世界独自のものだろう。
それでもゲームの影響は、世界にとどまらず元プレイヤーである僕らにもある。
スキルなんかがわかり易い例だ。
戦闘に使うもの、生産に使うもの問わず。
ここまで『元のゲームの生産系スキルの鍛え具合』が、この異世界ではどういうふうに『処理』されているのか、じっくりと目にし、体感すらしている集団もそう多くないと思う。
一言でいうなら高ければ高いほど、この世界ではちょっとした利点になる。
アドバンテージ、というやつだろうか。
あるいは、ゲームでよくある『強くて最初から』的な。
当然ながら元の世界でのガーネットは服をさっと作れるような高い裁縫技術はないし、ウルリーケにも調合技術はない。そもそも錬金術がないし。料理や細工にしたって、ブルーもレインさんも趣味の一環としてやっていたことがなくはないけど、売り物にするほどではない。
テッカイさんの鍛冶もそう。
むしろあれほど、現実での難易度が高いスキルはないと思う。
けれど、彼らは鍛えられている分、この世界ではたやすく行うことができる。
怖いくらいに、作り方を『知っている』という。
この世界では商売にできるくらいに『身についている』のは、元々していたゲームで鍛えただけ、身についている……のだろう、と思う。冒険者の特典のようなものになっている、ステータスなどを見れるメニュー画面のように、自然と備わっている感じというか、なんというか。
レインさんなんかは『ソフトをインストールした感じだね』とか言っていたけど、それが一番近いのかもしれない。この世界に来ることで、現実では身についていない、ゲームではやれていたことを、当然のように仕えるようになっている。それはどこか現実味が薄く、この状況で現実とかどうでもいい気もするけど、この状況をウルリーケが怖がるのも仕方ない。
覚えた記憶も、教わったこともないのにできる。
ましてや、それが人命に関わること。
怖くないわけがない。
じゃあ、例えば生産系スキルレベルがオールゼロの僕が鍛えるとなった場合は、地道に失敗を重ねながら何とかするしかないのか、レベルが上がると何かがかわってくるのか。さすがにゲームほど素材が簡単に手に入る状況ではない現状、それを試す勇気はちょっとなかった。
これは戦闘系のスキルなんかも同じで、ただまぁ戦ってれば自然と鍛えていけるから、作業してる感はあんまりしなさそうだ。その辺りはゲームとおなじ感覚だ……って、ハヤイは言ってるからたぶんそうなんだろう。すでにあらかた鍛え終わってる彼の意見が、そして何よりハヤイという人物の体験談が、どこまで他所の人の参考になるのかはわからないけど。
総じてこの世界に置いて、各種スキルはゲーム時代ほどは鍛えにくく、特に生産系はかなり難しい。特に素材が市販されていないことも多い部類だと、諦めるべきレベルだろう。
……まぁ、そのかわりこの世界には『マイスター』がいるので、装備や道具を手に入れる場合の苦労はあんまりないけれど。お金があればそれで片付く、と思えばむしろ楽かもしれない。
マイスターが作るような装備が必要な人なんて、レーネ近郊にはほぼ来ないから、僕らにはあんまり関係ないけれど。基本的に暇人工房は地域密着の、小さい商店街的なものですから。
ともかく、この世界はあのゲームと『似ている』。
まるで二つを混ぜたように、どちらかを参考に片方を作り上げたかのように。あるいは、それぞれの使い勝手の良い要素を組み合わせて、再構築したみたいに。
だけど決して『同じ』にじゃない、だからこそ誰かが差異を補っていかないと。
それは、僕の役目だ。
この『暇人工房』では他ならぬ僕がするべき、ことなのだ。
「……そんな風に無理したり、過剰に卑下することないと思いますけどね」
「そうかな」
「ま、ゲームだったらダメっていう人が多いでしょうし、現状でもダメという人は少なくないだろうなって思いますよ。だけど僕らは気にしませんっていうか、あなたがギルマスでよかったって思ってます。あの姉さんが懐く相手だから、僕はそれだけでもう合格って感じです」
見てわかるでしょうあの人見知り具合、とガーネットは苦笑する。
あれでもマシになった、と言われて、そういえば人――主に弟であるガーネットだけど、その後ろに隠れることは減ったかなと思う。さすがに屈強な男性とか、僕でもちょっと怯えるような相手からは、文字通り脱兎の如く逃げ出すけど、アレはさすがに仕方ないかな……。
「まぁ、何が言いたいのかっていいますとね、無理すんなギルマスってことです」
いや、本当にそこまでの無理じゃない。いつか、ハヤイに指摘された時よりはマシ。開いた時間に書物を読んだりしてるだけで、半分くらいは趣味みたいになってるし。
僕がのんびり本を読んでる間、例えばテッカイさんは炉の前で汗を流し、レインさんは目を鋭くさせて細かい模様を指輪などに刻んでいて、ブルーは食材と戦い、ウルリーケは大鍋の中身をせっせとかき混ぜて、そしてガーネットは布地に綺麗な刺繍を施している。
彼らと比べれば、僕のしていることは苦労でも無理でもない。
とは思うけど素直に頷いておく。
……徹夜とか、思い当たる節がなくもないから、たぶんガーネットの言葉は正しい。
「僕も姉さんも好きですよ、あの場所が。だからみんなで守るんですよ」
笑い、ガーネットは走りだす。
目的地は目前だ。
だけどちょっと足を止めたくなる、泣きそうになったので。