マリオネット
先に走っていったガーネットを追いかけて少し、目的地である湧き水が作った小さい池にたどり着く。透き通った水は底すら見えるほど透明度が高くて、こぽり、と空気と一緒に水を吐き出す砂地を目視できた。元の世界ならナントカの名水とか言って、人が集まってそうだ。
ガーネットはそのほとりで、革手袋を装着中だった。
刺があったり毒があったりと、ただの草でもなかなか殺意が高い。
僕も上着のポケットから、ガーネット特性のそれを取り出す。
荷物をおろしてガサガサしていると、ガーネットが近寄ってきた。
「図鑑見せてください、先に取ってくるので」
「うん、いいよ」
文庫本サイズの持ち運びに便利な図鑑を差し出す。
この世界、本に関する技術が結構発達している――らしい。魔法だとかの専門知識が、口伝などではなく書物で伝えられているから、なのだろうか。専門書どころか小説などの娯楽品まで揃っていて、旅に持って行きやすいこういう本も割りと安価に手に入る。
ガーネットは付箋代わりに栞を挟んだページを、じっと真剣な顔で見つめた。ここでもしもしくじったら、姉が泣いたり落ち込んだりするかもしれないと思っているのかもしれない。
たぶん、泣くし落ち込むだろう。
自分が材料を切らしたせいだ、という感じに。
そんな顔は見たくない。がんばらなきゃ、と気合を入れる。
しかし何事もうまくいくとは限らないというのが世の常というもので、ウルリーケが材料を切らしていたように、僕らもまた魔物という森の住民から逃げることはできなかった。
手袋をはめ、標的を確認、さぁ摘むぞというところで、背後から聞こえたのは咆哮だった。
獣、イヌかオオカミだろうか。
荒い息は無数に重なり、一匹二匹ではないだろうことは振り返らずとも分かった。思わず目の前にいるガーネットと視線を交わす。彼の顔には、まじですか、という声が浮かんでいた。
まじですか、えぇまじです。無言でそんな会話を交わすように見つめ合って、ゆっくりと立ち上がって背中合わせになった。それぞれ周囲をぐるぐると見回し、敵の位置を確認する。
と、その時、ガーネットが僕の服をくいくいと引いてきた。
振り返るとこちらをじっと見る緑色の瞳が、強い印象とともに飛び込んでくる。
「あの……人形、出せます?」
「へ?」
「人形です、人形。あります? 出せます? ぬいぐるみでもいいんですけど、使いやすいからできればヒト型がいいなって思いますけど……もうこの際、出せるならなんでもいいんで」
「出せ……なくはない、と思うけど」
思わず言いよどむのは、そんな話を僕が知らないことだ。欲しい現象を召喚できる物語を知らない場合、その場で即興で何かしら考える必要があるのだろうし、一応、それが効果的なのは何度か試したからわかっている。問題は、まだ不安定で扱いが難しいということだ。
あと、即興の物語は書物の場合と何かが違うらしく、実体を呼ぶことが難しい。
なので実用性を求めるなら、実体を伴わなくてもいいようなものに限定した方がいいだろうなっていうのが、僕の考え。だけどガーネットの場合、実体で呼んでほしいんだろう。
人形の話、人形が出てくる話……。
周囲を見回せば犬型の、よだれが滴る牙をむき出しにした魔物。ざっと見た感じで十匹を超えるのは間違いない。こういうのは群れるだろうから、実際はもっと多い可能性もある。
取り囲まれた絶体絶命な状況。
「……」
息を吸い、口を開く。
思い浮かべたのは、たくさんの人形に囲まれた女の子だ。
じゃきじゃき、じょきじょき、布地を切って縫い合わせたものに、柔らかい綿を詰めて顔を刺繍。髪の毛は毛糸を丁寧に縫い付けて、かわいらしい洋服を着せたら、はい完成。
そうやってたくさんの人形を作り、それが世界を満たした少女。
人形は遊び相手であり家族、友達であり恋人。彼女の思うままに人形は踊る。古いも新しいも関係なく彼女は手作りした人形のすべてを愛し、大事にし、囲まれて生きていく。
『ぐるり、ぐるりと見回せば、周囲には無数の人形。
さぁ、今日はみんなでままごとをしましょう』
ばたばた、どさどさ。
目視するだけでも十数体はあるだろう人形が、そこかしこに散らばる。
形は、だいたい少女を模したかわいらしいものだ。ただ、最後にふっと浮かんだイメージのせいで包丁やらハサミやら、何かと物騒な刃物を装備しているけど。
「……ん、行けます」
に、と笑ったガーネットが右手を伸ばす。人差し指の先までピンと、手のひらを上にするような形で。一呼吸、挟むくらいの時間を置いてから、伸びた指がくいっと曲がった。
それはまるで誰かを呼ぶような動きで。
魔物しかいない彼の前方に、しかし動く音は確かに生まれた。
僕が呼び出した人形。そう長くは存在しないそれが、一つ、また一つと身を起こして、華奢な足を震わせながら立ち上がっていった。かしゃ、かしゃ、と関節がきしみぶつかる。
呼び出されたすべてが立ち上がり、ガーネットは鼻で笑う。
楽しそうだった。
「さぁ、踊っておいで」
緑色の瞳が、冷たく光る。
白く、華奢な指先をピンと伸ばしたまま、ガーネットは両腕を軽く上げた。まるでオーケストラを前にした指揮者のように見えて、すぐに僕はそのイメージが間違いじゃないと知る。
そうだ、そうだった。
メインは裁縫師だけど――サブが人形遣いだった。
■ □ ■
ガーネット曰く、裁縫師と人形遣いをセットで使っているプレイヤーは多いらしい。というか双方の職種でもっともベストな組み合わせなのだそうだ。プレイスタイルによって片方を別のものに変えることは多々あるそうだけど、まぁ、十中八九はこの組み合わせだという。
というのも、裁縫師が作成可能なアイテムに、人形、というものがあるからだ。この人形を使役するのが人形遣い。まさにその名前の通りという感じで、相性はすこぶる良いという。
強い人形を作るのにはそれ相応の素材が必要なので面倒だけど、ロールプレイ的にも戦力的にも決して悪くないらしい。確かに手作りの人形を使役、というのは何かがたぎる。
といっても元のゲームでは一体のみ。
多くのプレイヤーにとってのペット枠、ブルーのような精霊術師や、僕というより寧々子さんみたいな召喚術師でいうところの、精霊であり契約する召喚獣のようなものだけど。
しかしそれはゲームでの話。
この世界では――そういう際限は無いらしい。
「ほーらほら、逃がさないよー?」
どこの悪役かと言いたくなるセリフと黒い笑みを浮かべ、ガーネットが右腕を振るう。すると数体の人形が、ゆらりよろりと動き、集団で魔物に跳びかかっていった。
人形には武器が備わっている。そういう物語を語ったのだから、当然といえば当然なんだけれど、それゆえになかなかに恐ろしい光景だ。ホラー映画にありそう、すごくありそう。
僕の頭が人形といえばハサミ、という安直な考えに至ったせいだ。
包丁は、ままごとのイメージだろうか。
ハサミを使うのはどっちかっていうぬいぐるみな気が今更してきたけれど、くまやうさぎがそういうものを振り回す光景も結構なホラーなので、自分の発想幅の狭さを呪っておこう。
なんて現実逃避している間にも、ガーネットが操る人形は魔物を駆逐していく。
動きからしてマリオネット――糸で吊って操る、あんな感じなんだろうか。
「ラスト一体!」
ガーネットが叫ぶと同時に、人形達は一斉に魔物へと跳びかかっていく。
逃げる間もなくめった刺しにされて、僕らを取り囲んでいた魔物は全滅した。
「あー、MPきれたー」
ぺたん、と地面に座り込むガーネット。と、同時に人形はぽとぽとと地面に転がり、まるで役目を終えたことを悟ったように、一瞬きらりと光ったかと思えば消えていく。
僕が呼び出すもの、だいたい植物だったりするけれど、これがどのタイミングで消えてしまうのかは今もよくわからない。とてもじゃないけど実用しようとは思えないくらいあっという間に消えてしまうこともあれば、さっきみたいに必要な間はちゃんと残っている場合もある。
僕の技術などの違いなのか、研究とまではいかないけど、もっと考えないと。
いざという時役に立たないのでは、あまりにも虚しい。
「さてと、邪魔者もいなくなったしさっさと採って帰りましょーか」
どこか疲れた顔をするガーネットに促され、僕は足元の草に手を伸ばした。




