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近所に棲む変わった人の話。  作者: 椎名
変わった人と田中のおばちゃん
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付き合え、そう言った久遠さんは、結局最後まで私に行き先を告げない。なぜ。しかも、片付いてからなんて言ったのに、動いたのはきっちりと白玉善哉を胃に納めてからだった。流石久遠さん。


「あのー」

「なんだ」

「外に行かれるんですか?」

「…行かない」


じゃあなんで裏口に?ここから外へ出るんだろうと思ったけど、違うのか。どこへ行くのか尋ねても答えてくれない久遠さんに、私とマリアンヌが抗議の声をあげる。


「どこ行くんですか?」

「ぶにゃー?」

「どこー?」

「ぶにゃー?」

「どーこー?」

「ぶにゃー?」

「どーーこーー?」

「ぶにゃーー?」

「くーおーんーさー「…喧しい」


だって久遠さんが、無言を決め込むから……。ねぇ、マリアンヌ?「ぶにゃ!」二人で顔を見合わせれば、盛大な溜息が聞こえた。


「葛城は何故、物がなくなったと思う」

「え?んーそうですねぇ、未希子さんが間違って捨ててしまったか、部屋の何処かへ仕舞ったのをおばちゃんが忘れてるか……」

「か?」

「ど、泥棒と…か……?」

「泥棒?」

「こんなに物がなくなるのは可笑しいし、ここは人の出入りが多くても不自然じゃないし」


それに、おばちゃんが裕福なのはここら一帯では有名だし……。「…おまえは、只単に頭が回らないのか、それとも慕情が強いのか」……はい?なんで遠回しに馬鹿にされた?


「……未希子さんが盗った、とは思わないのか」

「どうして?」

「未希子さんになら可能だろう」

「どうして?」

「どの場所でも自然に、簡単に入れるのは彼女だけだ。それに彼女はなにも盗られていない。……古くからの知人だからか?懇意にしているから?そんなことをする人間ではない?」

「……」

「何故、疑わない」


真剣な声に、真剣な顔。――そこに見え隠れするのは、諦めたような、軽蔑したような色。いつもより力強い声音は、私には不安定に感じる。


「…久遠さんの、言いたいことはわかるよ?でも、私の'どうして?'はそういう意味じゃない」

「…なら、どういう意味だと?」


あ、軽蔑の色が濃くなった。馬鹿にも、されているようだ。……だけど、私もなんの根拠もなくその可能性を口にしなかった訳じゃない。


「未希子さんにメリットがないもの」

「……」


おばちゃんの物を盗んで―――それでどうするの?おばちゃんが困ってるのを、悲しむのを見るため?「可能性はある」うん、確かに。だけど、おばちゃんは黙って泣き寝入りするような性格かな。……おばちゃんならきっと、未希子さんに直接文句を言うだろうし、その勢いのままご近所さんに愚痴りそうだ。


「そうなれば未希子さんの印象はもっと悪くなる。ただでさえ好印象ではないのに、これ以上悪くする意味、ある?」

「ないとは言い切れない」

「…確かに。だとすると、もっと確実な方法を使わないのはどうして?」


物を盗らなくても、おばちゃんの面倒を全面放棄にした方が、手っ取り早いし悪印象を植え付けられる。…ああ、後男の人を連れ込むとか?


「…金が目当てかもしれんぞ」

「未希子さん、ああ見えて副業ですごい儲けてるんだよ。それにおばちゃんの物を盗った所で、未希子さんはお金に変えることはできないと思う」

「?」

「この辺の質屋なんかには顔がバレてるからすぐ噂にもなるし、おばちゃんの下へも届く。インターネットのオークションもできない―――未希子さん、機械オンチだし」


携帯すらも、未だ容易には扱えない。その面で言えば、おばちゃんの方が使いこなしている。デコメが来た時は驚いたなあ。


「おばちゃんを苦しめるにしては、リスクが高いように感じる」


未希子さんが一番泥を被るようじゃ意味ないもんねえ。それに―――、


「どうして?」

「…次はなんだ」

「どうして久遠さんは、私にそんな話をしたの?」


未希子さんを疑わないのは変だ、なんて。淡々と理由を述べるのはおかしい?真っ向から「未希子さんはそんなことをする人じゃない!!!」って、純粋だけを抱いて、そう告げて欲しかった?そう問えば、大きく頭を振り「……いや。そう返されていたら、私は話を続けるつもりはなかった」と小さな溜息とともに返ってきた。


「信頼や慕情、親しみは簡単なことで消える。それだけの思いでは、人は関係を続けていけない。必ず破綻する」

「…自分の、見えてる面が、その人のすべてだと…思ってしまうから……?」

「…そうだ」


昔、おばあちゃんも同じ様なことを言っていた。一つのことで、その人のことは語れないし、わからないって。多様な面を見ることで、その人に対する情は強くなるって。そのことを、憶えておくのよと、嫌に真剣な顔で言っていたな。


「私が、なにを言いたいのか…わかるか?」


緊張を滲ませ、眉間の皺が濃くなったその表情はよく見る久遠さんだ。これまで話したのは未希子さんが泥棒の可能性の有無について、と人の感情や多面性のこと。未希子さんが泥棒云々は、ただ私がなにも考えず感情だけで除外した訳じゃない、ってことを確かめるために持ち出された話な気がする。…久遠さんは結局否定しなかったし。

人の感情とかは………傷付いたり、失望したりしないため、とか?というか、その一面だけで関係が崩れるようことがある、と?うーん、


「…私の知ってる人の中に、物を盗んだ人が居る………?」

「何故そう思う」

「うーん、なんというか…久遠さんの言い方だと、盗んだという面を見ただけで、その人のすべてがわかる訳じゃない、って言ってる気がして……」

「?」

「えーと、だから、私の知ってる人の中に、盗んだ人が居ても、その一点だけで失望するな、簡単に関係を壊すな、って思ってるんじゃないかなー、と……」

「ほう?………おまえはもっと、足りないと思ったんだがな」


なにが、と問えば頭を指差し「どうやら空っぽではないらしい」と返ってきた。いやだからなんで遠回しに、馬鹿にするんだ。


「…久遠さん、もうわかってますよね」

「……」

「盗んだ人」

「………まあ」

「?」


なぜそんなにも煮え切らない返事?視線は彷徨い、口元は引き攣っている。え、もしかして…


「わかってない……?」

「え、あ、いや…わかっては…いるん、だが……」

「?」


だが、なんだ?なんでそんなに勿体振るんだろうか?え、本当にわかってませんでした的なオチなの?


「…そ、そんな目をするな!……あー、だから、その…盗んだ者、いや共犯者は………この場に、居る」


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