14
「ぶにゃ~」
「はいはいぶにゃー」
マリアンヌとのボール遊びは中々白熱するものがある。本当この子の前足使いは神がかってるなー。そんな私たちの様子を、久遠さんは読書を片手間に離れた所から眺めている。此方の様子は気になるらしく「…飽きないのか」や「余り襖の方へとやるな」など声をかけてくる。私ではなくマリアンヌに、だが。いつのまに仲良くなったのだろうか。
「華ちゃん!」
「おばちゃん?…どうしたの、そんなに慌てて」
廊下側の襖から、大きな足音とともに入って来たのは田中のおばちゃん。息は弾み、顔は赤い。
「ブローチ!私のブローチがないのよ!!」
「ブローチ?」
「そう!あの人に貰った…ほら、華ちゃんにも見せたことあったでしょ、手鞠の形した……」
「ああ!あの少し大きめの?」
そう言えば昔見せてもらったことがあったな。おじちゃんから貰った、綺麗な色の少し大きめなブローチ。旅行や、おめかしする時、勝負時なんかにはいつも付けてたっけ……。
「って、なくなったって……!?」
「明日の町内会議に付けて行こうと思って、机の上を見たらなかったのよ!悪いけど、一緒に探してくれない!?」
返事とともに大きく頷けば、ほっとした顔を浮かべるおばちゃん。「ほら、久遠さんも!」と彼を誘えば、思っていたよりもすんなりと着いて来てくれた。…マリアンヌを胸に抱いて。人肌寂しいとかそういうことだろうか。猫だけど。
「…わー」
「……」
「あちこち探してたら、いつの間にか物が溢れ返っちゃって」
いつもはここまでじゃないのよ?と続けるおばちゃんの目は、泳いでいる。おばちゃん、片付け苦手だもんな。「華ちゃんは、葉子ちゃんの孫なだけあって片付け得意じゃない?」ああ、うん。探すついでに片付けていけと。「片付いたら白玉善哉たべましょ!さっき買ってきたから!ね!」…待ってろ!私の白玉善哉!!!!
「ぶにゃ!」
「あ、ここ?」
「ぶにー」
マリアンヌは、意外と賢い猫だった。細い隙間から小物や紙なんかを取り出してくれるし、物の配置なんかも覚えているようで、ちょいちょい指示を出してくる。労いの意味を込め、マリアンヌの頭を撫で回しているとガッシャーン!!という音が私の後ろから鳴り響いた。この音に吃驚する者はこの部屋には居ない。もう慣れてしまったのだ―――久遠さんが出す音に。
「……大丈夫ですか?」
「……」
「ほら、そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。まだ時間はいっぱいあります」
「……」
こくこくと、縦に激しく振られる首。眉は下がり、顔色は少し悪い。「ぶにゃ!!」マリアンヌに慰められている姿はなんともまあ、情けない。けど、子どもみたいで少し可愛らしい。そんな姿を見ておばちゃんは「久遠君は不器用ねぇ」と豪快に笑ったが、おばちゃんも人の事は言えないと思う。久遠さんより頻度は少ないが、おばちゃんもよく物をばら撒いている。
「ブローチ、見当たらないですね」
「でも絶対この部屋にある筈なの!私今日の昼に、箱から出して机の上に置いておいたもの」
「昼?何故?」
どうやらそこが気になるらしい久遠さん。それは構わないけど、自分が持ってる花瓶の存在を忘れないで!「社長と家の話する時に着けようと思ったんだけど、辞めてそのまま仕舞わず置いといたの。どうせ明日着けるし」「…未希子さんは?」って!ちょっと花瓶!傾いてる!久遠さーん!!
「花瓶、貸してください」
「え?」
「花瓶です。私が置いてきますから」
「あ、す…すまない」
指を差した所で、やっと久遠さんは花瓶へと意識を向けてくれた。久遠さんの中ではどうやら花瓶の存在はなかったらしい。危ない。おばちゃんの持ち物はどれも高いのに。割れて弁償なんてなったら大変だ。……というか久遠さんに払えるんだろうか。なんの仕事してるか答えてくれなかったもんなー。もしかして、無職?ニート?いやでもあのおばちゃん家を借りるくらいだもん。お金はある筈。……多分。
「別に割っても平気よー!そんな高いものじゃないし!……で?なんだったかしら?未希子さん?」
部屋の最奥にある床脇に、花瓶を置いて戻ってくると笑いながらそう言われた。おばちゃんの金銭感覚は、私とは大分かけ離れているので、おばちゃんの安いは私からすれば充分に高い。…そう言えば、大学の入学祝いよー!って言ってブランドものの財布と鞄を貰ったんだけ。あんなもの、ポーンと渡すものではない。そんなに貰えない、と断ったけど「じゃあ財布は未希子さんからってことでどう?」と言われ結局有難く頂戴致しました。高いだけあって物持ちいいし、今現在もお世話になっている。ありがたや。
「未希子さんは、掃除をしに……?」
「ああ!今日はされてないわよ、華ちゃたちに聞きに行く前に未希子さんに尋ねたら、今日はやってないって」
「……前にも、あった?」
「えーと、……どうだったかしら?掃除をした後になくなってた方が、多いわねぇ。んー……ああ、でも掃除をしてない日になくなった物もあったわ!ブレスレットなんだけど、それで大喧嘩したのよー」
「ブレスレット……」
「そう、でも結局私の勘違いで、机と箪笥の間の隙間に落ちてたのよねぇ」
く、久遠さんが会話してる!噛み合ってる!吃ってないし、普通だ!自分から疑問を投げかけてるよ……!「吃驚だね」と胸に抱いたマリアンヌに問えば「ぶにゃ〜」と相槌を打ってくれた。
「葛城、」
「はい?」
「…片付いたら、付き合え」
「は、はい。………えーと、どこに?」
「袋」
「はい?」
「大きさは問わない」
「あ、はい。持って行きます」
小さく頷く久遠さん。………どうやら私と会話が、噛み合うようになるのはまだまだ先らしい。おばちゃん、そんなに笑わないで。




