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ペチャ、ポチャ。
ペチャ………ポチャ。
「そんなに落ち込まなくても……」
「…別に、落ち込んでなどいない」
ならその哀愁漂う空気をどうにかしてください。なんて本人に言えたらいいんだけど。水を巻き終わった石畳の上は、歩くとペチャポチャと音が鳴る。それを久遠さんはこれ見よがしに、盛大に鳴らすのだ。
「…久遠さん、アイスでも買いに行きません?」
「え」
「手伝ってくれたお礼に、ご馳走します!」
「いや、でも……」
「アイス、お嫌いですか?」
「き、嫌いではないが、でも」
「じや、決まりですね!行きましょ!」
そう言って無理に手を掴む。振り払われるかと思えば、意外にも彼はなにも反応しない。なにか反応返されるまで、握っておこう。好きなアイスの味を問えば、小さく「…抹茶」と返された。やっぱり久遠さんは和な物が好きなのかな。まあでも機嫌が回復したようでよかった。今はアイスに全意識が向いているのか、哀愁さは引っ込んでいて眉間の皺も和らいでいる。単純だなあ。
そもそもなんで、久遠さんは落ち込んでいたのか。理由は至極簡単である。正直理解はできなかったけれど。
打ち水と言えば、手桶と柄杓が連想される。昔の日本でも使われてきた言わば、打ち水とセットとも言える存在だ。ただ、最近は態々手桶に水を汲んだりはせず、ホースでそのまま地面を濡らす人の方が多い。おばちゃん家も、そうだったのだ。庭先からそのままホースを持って行けば「桶はどうした」と言われ、ないことを伝えれば見るからに落胆した。「桶……」そう呟いたきり久遠さんは黙りこみ、淡々と打ち水を行なっていた。思い返してみても、やはり意味不明である。
「あ、」
「おや」
ベテランホストの称号を勝ち得た須藤さんだ。未希子さんが居なくなった後、早々と退出したかと思えばこんなとこに居たのか。「それじゃ……」なんて、連れだっていた女性に手を振る須藤さん。また女の人を引っかけていたのか。……未希子さんよりも、一回り以上は上に見えるけど、この人の守備範囲はどうなってんだ。
「あ、今失礼なこと考えたでしょ」
「そんなことありませんけど……。そんな風に思うなんて、なにか後ろめたいことでもあるんですか?」
「あはは、まさか。僕はいつだって清廉潔白を絵に描いたような男だからね」
「あはは」
なにその冗談おもしろくない。さっきのおば様が、須藤さんにお熱なのは傍からみて丸わかりなのに。笑い合ってはいるけど、私たちを纏う空気はピリピリと痛い。そんな状態を感じ取ったのだろう久遠さんは「か、葛城…?」と少し不安気に様子を伺った。どうせなら、こんな状態じゃない時に名前を呼んで欲しかったな。うん、これも須藤さんのせいだ。なんにも怖くないですよ~という意味を込めて、笑顔で返事を返せば「す、すまない」と謝られた。なぜ。
「…早く戻った方がいいんじゃないですか?」
「そうだね。明日の準備もあるし」
「明日?」
「町内会議だよ。葛城さんには関係ない内容だろうけどね」
「はあ」
「ああ、でも久遠さんは来てくださいよ」
「え」
「……」
町内会議に久遠さんが?あの始まったら中々終わらないという会議に久遠さんが?「行くんですか」と問えば首を横に振る彼。「多分、田中さんに無理矢理連れてかれると思いますけどね。それで無理でも、うちの社長は諦めないと思いますし」……ああ、確かにそんな社長さんだ。豪胆、豪傑そんな言葉を地で行くような人だもん。でも、久遠さんがこの町の会議に参加する必要あるの?
「ここの会議じゃなくて、君が住んでる町の会議だよ」
なるほど。ならおばあちゃんも参加だな。そう伝えれば「よ、葉子さんも…?」と食いついた久遠さん。おばあちゃんも行くとわかれば、まあ行くだろう。そんで用意された茶菓子でも食べ尽くして、帰ってきたらいいよ。どうせあんな会議座ってれば済むんだし。
「じゃ、僕は戻るね」
「さよなら」
「うん。…久遠さん、ロッジ数件ピックアップしておくので、後日確認してくださいね」
手を振って背を向けた須藤さんに「…いらない」と発した久遠さんの声はきっと届いてないだろう。いや、彼なら届いていたとしても何食わぬ顔で確認に訪れそうだ。
「明日の会議は、座ってれば終わると思うので心配しないでください」
「…そうなのか?」
「はい。ほとんど田中のおばちゃんの独壇場だと思います」
「独壇場……」
「んー、周りがおばちゃんに振っちゃうんですよ。地元の名士なので。おばちゃんは嫌がってるんですけどねー」
でもまあ、それを露骨に出すこともできないのが現状だ。そうすれば、もっとおばちゃんを立てようと躍起になるだろうし、その人に辞めてくれと伝えれば、町内全員がその人を批難し始める。影響力があり過ぎる、というのも困りものだと私はおばちゃんを見て学んだ。
「…か、葛城」
「なんでしょう?」
「こ…この手はなんだ」
「あはは、今気付いたんですか!」
「な!い、いつからだ!?」
「…いつからでしょう?」
「葛城!!」
そんな怒鳴らなくても減るもんじゃないだろうに。




