表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
近所に棲む変わった人の話。  作者: 椎名
変わった人と田中のおばちゃん
11/17

11

ペチャ、ポチャ。

ペチャ………ポチャ。


「そんなに落ち込まなくても……」

「…別に、落ち込んでなどいない」


ならその哀愁漂う空気をどうにかしてください。なんて本人に言えたらいいんだけど。水を巻き終わった石畳の上は、歩くとペチャポチャと音が鳴る。それを久遠さんはこれ見よがしに、盛大に鳴らすのだ。


「…久遠さん、アイスでも買いに行きません?」

「え」

「手伝ってくれたお礼に、ご馳走します!」

「いや、でも……」

「アイス、お嫌いですか?」

「き、嫌いではないが、でも」

「じや、決まりですね!行きましょ!」


そう言って無理に手を掴む。振り払われるかと思えば、意外にも彼はなにも反応しない。なにか反応返されるまで、握っておこう。好きなアイスの味を問えば、小さく「…抹茶」と返された。やっぱり久遠さんは和な物が好きなのかな。まあでも機嫌が回復したようでよかった。今はアイスに全意識が向いているのか、哀愁さは引っ込んでいて眉間の皺も和らいでいる。単純だなあ。

そもそもなんで、久遠さんは落ち込んでいたのか。理由は至極簡単である。正直理解はできなかったけれど。

打ち水と言えば、手桶と柄杓が連想される。昔の日本でも使われてきた言わば、打ち水とセットとも言える存在だ。ただ、最近は態々手桶に水を汲んだりはせず、ホースでそのまま地面を濡らす人の方が多い。おばちゃん家も、そうだったのだ。庭先からそのままホースを持って行けば「桶はどうした」と言われ、ないことを伝えれば見るからに落胆した。「桶……」そう呟いたきり久遠さんは黙りこみ、淡々と打ち水を行なっていた。思い返してみても、やはり意味不明である。


「あ、」

「おや」


ベテランホストの称号を勝ち得た須藤さんだ。未希子さんが居なくなった後、早々と退出したかと思えばこんなとこに居たのか。「それじゃ……」なんて、連れだっていた女性に手を振る須藤さん。また女の人を引っかけていたのか。……未希子さんよりも、一回り以上は上に見えるけど、この人の守備範囲はどうなってんだ。


「あ、今失礼なこと考えたでしょ」

「そんなことありませんけど……。そんな風に思うなんて、なにか後ろめたいことでもあるんですか?」

「あはは、まさか。僕はいつだって清廉潔白を絵に描いたような男だからね」

「あはは」


なにその冗談おもしろくない。さっきのおば様が、須藤さんにお熱なのは傍からみて丸わかりなのに。笑い合ってはいるけど、私たちを纏う空気はピリピリと痛い。そんな状態を感じ取ったのだろう久遠さんは「か、葛城…?」と少し不安気に様子を伺った。どうせなら、こんな状態じゃない時に名前を呼んで欲しかったな。うん、これも須藤さんのせいだ。なんにも怖くないですよ~という意味を込めて、笑顔で返事を返せば「す、すまない」と謝られた。なぜ。


「…早く戻った方がいいんじゃないですか?」

「そうだね。明日の準備もあるし」

「明日?」

「町内会議だよ。葛城さんには関係ない内容だろうけどね」

「はあ」

「ああ、でも久遠さんは来てくださいよ」

「え」

「……」


町内会議に久遠さんが?あの始まったら中々終わらないという会議に久遠さんが?「行くんですか」と問えば首を横に振る彼。「多分、田中さんに無理矢理連れてかれると思いますけどね。それで無理でも、うちの社長は諦めないと思いますし」……ああ、確かにそんな社長さんだ。豪胆、豪傑そんな言葉を地で行くような人だもん。でも、久遠さんがこの町の会議に参加する必要あるの?


「ここの会議じゃなくて、君が住んでる町の会議だよ」


なるほど。ならおばあちゃんも参加だな。そう伝えれば「よ、葉子さんも…?」と食いついた久遠さん。おばあちゃんも行くとわかれば、まあ行くだろう。そんで用意された茶菓子でも食べ尽くして、帰ってきたらいいよ。どうせあんな会議座ってれば済むんだし。


「じゃ、僕は戻るね」

「さよなら」

「うん。…久遠さん、ロッジ数件ピックアップしておくので、後日確認してくださいね」


手を振って背を向けた須藤さんに「…いらない」と発した久遠さんの声はきっと届いてないだろう。いや、彼なら届いていたとしても何食わぬ顔で確認に訪れそうだ。


「明日の会議は、座ってれば終わると思うので心配しないでください」

「…そうなのか?」

「はい。ほとんど田中のおばちゃんの独壇場だと思います」

「独壇場……」

「んー、周りがおばちゃんに振っちゃうんですよ。地元の名士なので。おばちゃんは嫌がってるんですけどねー」


でもまあ、それを露骨に出すこともできないのが現状だ。そうすれば、もっとおばちゃんを立てようと躍起になるだろうし、その人に辞めてくれと伝えれば、町内全員がその人を批難し始める。影響力があり過ぎる、というのも困りものだと私はおばちゃんを見て学んだ。


「…か、葛城」

「なんでしょう?」

「こ…この手はなんだ」

「あはは、今気付いたんですか!」

「な!い、いつからだ!?」

「…いつからでしょう?」

「葛城!!」


そんな怒鳴らなくても減るもんじゃないだろうに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ