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結局二人を繋いだ手をきったのは私ではなく、主人の危機を感じ取り駆けつけたぶち猫だった。空を切っただけの手をそのままぶち猫に向け、親指を立てれば「ぶにゃ」と返ってきた。グッジョブ!
「可愛い猫ですね」
白々しくもぶち猫を褒める須藤さん。
「なんですか今の」
「なにが?」
「なにがって……、未希子さんの手を握る必要ありました?」
「あるね。僕が支えてあげたい、そう思ったから手を取ったんだよ」
は?…なんかこの人がベテランホストに見えてきた。「ほんと営業トークが上手いんだからー!でも冗談でも今後は禁止ね」…まあでもそんな須藤さんの言葉は、未希子さんには一切届いてないけど。
「冗談ではないんですが……。でも未希子さんが嫌がることはやりたくないので、控えます」
「……」
「そんなに睨まないでよ」
睨まずにいられるか。だって、正直人妻を誘惑しているようにしか見えない。未希子さんは完全に冗談だと思ってるけど、あの目はマジな気がする。高校時代、新婚ほやほやの担任が落とした指輪を、素早く掻っ攫っていったあの時のカラスの目に似てる。あの後、担任は号泣するし、慰めるために昼休みの大半をつぎ込んだんだよなー。懐かしい。
「うーん、葛城さんって意外と子どもなんだ」
「は?」
「ぶにゃ!」
ぶち猫と共に反応すれば笑われた。
手を握るのは、男女関係のそういうのには含まれないって言いたいのか?…それは、わからない訳じゃない。だって、手を握っただけだ。ただ、こんなのを誰かに見られでもしたら、未希子さんへの誹謗中傷は増えるだろう。馬鹿でもわかる。須藤さんのその行動は確実に、火に油を注ぐ。須藤さんはご近所の奥様に人気らしいから。なんでこんなのに人気が集まるのかわかんないけど。世の中顔か、そうなのか。
「ぶにゃ」
「あらやだ乾かしてたのに持って来ちゃったの?」
ぶち猫が、前足を巧みに使い持ってきたのは乾かし途中の猫缶。食の催促か?太るぞー。
「あ!猫缶、今日の昼に使いきっちゃったんだった」
「ぶにゃ!!」
「はいはいごめんね。今から買ってくるから、そんなに怒んないでー」
「ぶにゃーー」
「悪いけど華ちゃん、私ちょっと出てくるわね!後はよろしく!」
「はーい」
「じゃ、行ってくるわ!…あんまり遠くまで遊び行っちゃだめよー、わかった?マリアンヌ」
「ぶにゃー」
マ、マリアンヌ!?ぶち猫で、ぶにゃーと鳴くこの子がマリアンヌ……。てっきりオスだとばかり…「ぶにゃ!!!」痛!ごめんごめん!もう間違えないから!だからゲシゲシと蹴らないで!
外に出れば、今日も元気に蝉が精一杯声を荒げている。
「久遠さーん、そろそろ中入りません?熱中症になりますよー」
「ならない」
どっからくるんだその自信は。どう見ても暑さには弱いです、って感じなのに……。ぐるりと家を囲む塀の、裏口付近から一歩も動かない久遠さん。私の目には、代わり映えのない景色を映すが、彼にはどうやら違うらしい。
「なにかおもしろいものでもありました?」
「……」
「ん?」
無言で指差す方に目を向ければ、長蛇の列を見せる蟻。……小学生か。
「…蟻、ですか……」
「そんな目で見る、な……!」
「はあ」
だって蟻って。暑さで頭おかしくしたのか疑うレベルだよ?これ。「…違う」いやもう今更言い訳とかいいですから。ね?
「ああそうだ、久遠さんちょっとお手伝いしてくれませんか?」
「手伝い……?」
「家の前に打ち水するの頼まれたので、一緒にやりませんか?」
「打ち水……」
「あ、面倒なら大丈夫ですよー?」
別に一人でてきないことじゃないし。久遠さんと関わりたいからやりたい、っていう単なる私の我儘だ。無理かなーなんて思っていれば、目をこれでもかと輝かせた久遠さんが。
「や、やる!」
「え、?」
「打ち水だろう?私もやるぞ!」
「え、あの、はい。た、助かります」
「うむ」
…えーと、唯の打ち水なんだけどな?そんな期待した目で見られると、ちょっと……。
私の我儘が通った筈なのに、なんでこう変な罪悪感みたいなものが湧くんだ……。
そもそも、打ち水になにを期待してるんだろうか。




