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9話

「リナリア嬢、少しよろしいでしょうか?」


 一日の授業を終えて帰宅しようとしていた矢先のことだ。廊下を歩いていた私の正面に立ちはだかる複数の女生徒たち。揃いも揃って不機嫌そうな態度を隠そうともしていない。

 一体なんだというのだ。彼女たちから恨みを買うような覚えは全くない。そもそも会話すらろくにしたことがない。顔と名前がかろうじて分かる程度だ。

 身に覚えのない状況を不審に思っていると、女生徒の塊の中から亜麻色のふわふわしたボブヘアーを見つけてしまう。一瞬にして状況が把握できた。今朝のあれで話は終わったんじゃなかったのか。

 女生徒の数は5人。私に声をかけてきたのは、その中で一際目立つ容姿をした生徒だった。この方は確か……


「ジュリア嬢、私に何か?」


 彼女の名前はジュリア・オベール。オベール伯爵家のご令嬢だ。やはり私個人とは数回挨拶を交わしたことがあるくらいの接点しかない。そうなるとだ……これから起こるであろう展開に脳内で頭を抱えた。


「今朝のアニータ嬢へなさった態度のことです。いくらなんでも酷過ぎではないですか?」


 はい、予感的中。ジュリア嬢が話を切り出したのとほぼ同時、他の女生徒たちの背後に隠れるようにしていたアニータ嬢が顔を覗かせた。敵意を露わにしている他のご令嬢とは違い、眉を下げて困惑しているような表情で私を見ている。いかにもこの状況は不本意ですと言わんばかりである。


「申し訳ありませんが、ジュリア嬢の仰っている意味がよく分かりません。確かに私はそこのアニータ嬢と会話をしていますが、彼女の方から話しかけてこられたものに答えただけに過ぎません。対応に問題があったとは思いませんが……」


 教室内でギャラリーも大勢いたのだから確認してみたらいいと言い返した。女生徒の中には私と同じクラスの者もいるのだ。簡単だろう。見せ物扱いは嫌だけど、こういう時には役に立つので複雑だった。

 私は謝罪をしてきたアニータ嬢を許した。ちょっとばかり嫌味とも取れる言い回しをしたかもしれないが、それだけである。ジュリア嬢の主張する酷過ぎる行為などしてはいないのだ。責められる理由なんてない。目撃者だっている。的外れな言いがかりをつけられのはごめんだ。

 悪びれない私が気に障ったのか、ジュリア嬢は少しばかり声を荒げて反論してきた。


「アニータ嬢はお身体が弱いのですよ。それなのに毎度あのように他人の目に晒すような状況で謝罪をさせるなんて……貴女には気遣いというものがないのですか」


「誤解されているようですが、私がアニータ嬢に謝罪を要求したことは一度もありませんよ。場所も含めて全て彼女の意思で決められたもの。私はそれに応じただけに過ぎません」


「貴女がそうするように仕向けているのでしょう。外出の予定が無くなった程度のことを大事にし過ぎです。レシュー家の令息とアニータ嬢は幼少期を共にした家族同然の間柄と伺っています。病弱な幼馴染を見舞うくらい、寛大な心で認めてあげられないのですか?」


 婚約者の癖に余裕が無さ過ぎると、令嬢たちから有難いご鞭撻を頂戴してしまった。もう、どこから突っ込んでいいやらだ。今ここにいる女生徒たちの中にも婚約者がいる者もいるだろう。自分に置き換えて考えてみたらいいのに……

 外出の予定くらいと言うけど、ここ最近は必ずと言っていいほどに妨害されている。それこそ仮病ではないかと疑ってしまうくらいタイミング良くだ。そもそも、アニータ嬢はあくまでマルクの幼馴染である。家族同然と言っても所詮は他人。私が彼女に対して便宜を図る理由はないのだ。

 それでも、病弱というのが本当であるなら気の毒だと思うので、アニータ嬢を責めたことはない。マルクに対しては脳内で罵倒してるけど……


 なかなかに無茶苦茶な自論を展開する女生徒たちに呆気に取られてしまった。彼女らの中では被害者はアニータ嬢で、私が悪者であるというのが固定されてしまっているので何を言っても無駄かもしれない。それでも当事者でもない彼女らに好き勝手に言われるのも癪である。

 当事者じゃない……そう考えてみると、ジュリア嬢はどうしてここまでアニータ嬢の肩を持っているのだろうか。ジュリア嬢とアニータ嬢の仲が良いだなんて話は今まで聞いたことがない。家柄的に考えても、由緒正しい伯爵家の娘である彼女が、アニータ嬢の味方をして何か得があるようにも思えない。

 どう言い返そうか考えている途中であったけど、別のことが気になりだしてしまった。


「ちょっと、黙ってないで何とか言ったら……」


「何の騒ぎだこれは」


 突然無言になった私にイライラしたのだろう。ジュリア嬢が声を上げた。その時だった。彼女の声を別の人物の声が遮ったのだ。

 声は私の背後から聞こえた。はっきりと良く通る男性の声だ。しかも、それは私がよく知っているもので……


「廊下に人だかりが出来ているから何ごとかと思えば……。学園の教育方針は知識と教養……そして品格のある紳士淑女の育成だったと記憶しているが、私が卒業後のたった数年でずいぶんと風紀が乱れたものだな」


 女生徒たちが驚愕の表情を浮かべている。かくいう私も動揺を隠せない。いるはずのない人物の登場に周囲の空気が一気に変化した。


「リナ、詳しく説明をしてくれないか」


「バージル様……どうしてここに」

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