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10話 

 誰もが予想だにしていなかった人物が現れたことで、私もジュリア嬢ら女生徒たちも唖然と立ち竦んでしまう。状況説明を求められているにも関わらず、私はなかなか言葉を発することができなかった。そんな現状をいち早く打開しようと試みたのは、今まで令嬢たちの背後に隠れるようにしていたアニータ嬢だった。


「ジョゼット公爵家のバージル様ですね。お騒がせして申し訳ありません。友人同士の他愛もない雑談でしたが、少し盛り上がり過ぎてしまったようです。周りの生徒たちにもご迷惑をおかけしました。以後、気をつけます」


 アニータ嬢に続いて他の女生徒たちも頭を下げる。さっきまでのおどおどした態度はなんだったんだと言いたくなるほどの変わりようだ。このように素直に謝罪されてしまっては、バージル様もこれ以上強くは責められないだろう。

 令嬢たちに言い返すタイミングを完全に失ってしまったけれど、これはこれで良かったのかもしれない。これ以上言いがかりを付けられて拘束されるのはまっぴらだ。

 多少の不満は残りつつも、ようやく帰宅の途につけると安堵していた。しかし、事態は私の予想を完全に裏切る形で展開していくのだった。


「誰だお前は」


「えっ?」


「私はリナリア・アルメーズに説明しろと言ったんだが……お前に何かしろと命じた覚えはない。勝手な真似をするな」


「あっ、えっと……誰が説明しても同じだと思いまして……申し訳ありません」


「リナリア、聞こえているだろう。説明しろ」


 バージル様はアニータ嬢の謝罪を受け入れるどころか一刀両断に切り捨ててしまったのだ。不機嫌そうな顔が更に輪をかけて不機嫌になった気がする。怖いなぁ……学園の先生より数倍怖いよ、この人。


「リナ……」


「はっ、はい。先ほどアニータ嬢が仰った通りで……お騒がせして申し訳ありませんでした」


「本当か? 私には大勢で寄ってたかってひとりを責め立てているように見えたが……」


「それは、その……」


 この人……全部分かった上で聞いてる。一体いつから私たちのやり取りを見ていたのだろうか。彼の金色の瞳は相変わらず鋭くも美しい。けれど、その瞳で見つめられると……まるで心臓が鷲掴みにされたかのように息苦しくなってしまう。


「まあ、いい。己の振る舞いには責任を持ち、よく考えて行動することだ。どこで誰が見ているか分からないのだからな」


 令嬢たちはバージル様に睨まれ、体をびくりと震わせた。まさか彼がここまで怒るとは思わなかっただろうな。怒った顔は妹のステラとそっくりだ。やはり美人の怒り顔というのは迫力がある。

 妹の友人が理不尽な理由で責められていたのを助けてくれたのだろう。それに真面目な方だし……ああいう多勢に無勢のようなシチュエーションに思うところもあったのかもしれない。何にせよ、バージル様のおかげでピンチを脱することができた。


「行くよ、リナ」


「へっ? 行くってどこへ……ちょっと!?」


 バージル様に腕を掴まれ、私はどこかに連れて行かれてしまう。一難去ってまた一難とはこういうことを言うのだろうか。お礼を言って帰ろう思っていたのに……私が自宅へ戻れるのはまだまだ先になりそうだ。












「あの、ここって……」


 バージル様に連れてこられたのは、学園の応接室だった。応接室というと来客の対応をしたりする部屋だけど……中に誰かいるのだろうか。どちらにせよ、一生徒でしかない私をここへ連れて来た理由が分からない。そして今更であるが、どうしてバージル様が学園にいるのだろうか。彼はこの学園の卒業生であるので全く無関係な人ではないが、何か理由がなければわざわざ訪れたりはしないはずだ。

 困惑し切っている私にお構いなしに彼は応接室の扉を開けた。


「遅かったね、バージル。待ちくたびれちゃったよ」


「申し訳ありません。ちょっとした諍いに巻き込まれまして……」


 応接室の中にはひとりの男性がいた。ソファに深く腰を下ろしたまま、バージル様と気さくに会話をしている。彼とこのようなやり取りが出来る方など限られている。この男性がどこの誰であるか……頭の中ではすぐに答えが出た。それでも、今この場所にその方がいるのが信じられなくて、私は目を見開いたまま固まってしまったのだ。


「まあ、事前連絡も無しだったからね。下手をしたら入れ違いになる可能性もあった。無事に目的は達成できたようで何よりだ。さて、突然連れ出してすまなかったね。こちらに掛けてくれ」


「あっ、あの……どうして……」


「リナ、大丈夫だから。そんなに緊張しなくていい」


 そんなわけにいくか。心の中でバージル様に突っ込みを入れる。真っ白になっていた頭がようやく動きだした。まだ少しふわふわしているけど、この状況でまず何をすべきか……それくらいの事を考えられるくらいには正気になっている。


「お、王太子殿下にご挨拶申し上げます。リナリア・アルメーズです」


 応接室にいたのは、我が国の王太子……リシャール・ヴェッタ・エイドリック殿下。その人であった。私がカーテシーを行うと、殿下は優しく微笑んだ。その笑顔を見て、バクバクとしていた胸の動悸も徐々に治っていった。

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