34話
「リシャール殿下!! 一度に色々話し過ぎです。兄様との仕事で疲れ切っていたのに……リナリアをこれ以上追い詰めないで下さい」
「いや、しかしだな……これは彼女に伝えておかなければならない大事な話であって」
ステラが殿下に向かって抗議している。違う、殿下のせいではない。話の途中で泣いてしまうなんて……私こそ殿下に対して失礼な事をしてしまった。
一旦中断して続きは日を改めようと、ステラが提案してくれた。衝撃的な話の連続で私の頭はパニックになっている。それでも……中途半端に理解したこの状態のまま放置される方が辛いだろう。後回しにされるよりも通しで最後まで聞いた方がいい。
「ステラ、私は大丈夫だから。申し訳ありませんでした、殿下。話の続きを聞かせて下さい」
「リナ、本当にいいの? 無理はしなくていいのよ。なんだったら私が後から概要だけ伝えてもいいし……」
「うん。ありがとう。でも……もう平気。殿下、お願いします」
我が事のように心配してくれるステラの顔を見ると胸が痛むが、話を最後まで聞きたいという気持ちは抑えられなかった。殿下はステラに強めに責められてショックを受けているみたいだったけど、私の意思を尊重して話を再開してくれた。
「バージルの調査結果をもとに、アルメーズ家を擁護することは充分可能だった。でも、彼はそれだけでは不十分だと……アルメーズ家をただの被害者で終わらせるのを良しとしなかったんだ」
アルメーズ家の名誉を傷つけないため……そして、レシュー家と完全に決別するための策をバージル様は練っていたのだという。
「それを実行するにはアルメーズ子爵の同意を得なければならない。つまり、君のお父上はレシュー家の企みについては少し前から把握していたことになる」
「……お父様もレシュー家のことを知っていたんですね」
最近のお父様の様子が以前とは違うと思っていたが……レシュー家の裏の悪事を全て知らされていたのなら納得である。
良く言えば温厚。悪く言えば頼りない。そんなお父様がレシュー家に対して一歩も引かず、毅然とした態度を貫いていた。それは、お父様の中でかの家との決別は決まっていたからに他ならない。
珍しくバージル様が単独でうちの家に訪問されていたのを目撃したことがあったが、あれはお父様の今後の身の振り方について打ち合わせをされていたのだった。
「ああ。バージルの案はこうだ。アルメーズ家は最初から私の命でレシュー家と親しくしていたことにする。つまり、騙されていたのではなく捜査の一貫として意図的に彼らを受け入れていたのだと……そうすればアルメーズ家の体裁は保てる。当然、リナリア嬢の婚約も後に解消する前提で結ばれたものだったという設定だ」
害虫事件をきっかけに接触を図ってきたレシュー家に疑問を抱き、そこを調べていくうちにDP密売に関わる重要な情報を手に入れたという筋書き……
アルメーズ家は殿下とバージル様に情報提供を行なっていたということにするのだという。お父様はその提案を受け入れたのだ。
「とにかくアルメーズ家の被害を最小限に防ぐこと。それがバージルから私に提示された条件の全てだった。君を半ば強引に捜査に巻き込んだのも、アルメーズ家が我々に協力していたという設定を強固にするためだったんだ」
「……おかしいと思ってました。だってどう考えても私には荷が重すぎでしたもの……」
役に立つどころか足手纏い。張り込みの最中に何度思ったか分からない。案の定……私の協力が必要だったのではなく、アルメーズ家の者としてバージル様と共に捜査をしていた……その『事実』作りが重要だったに過ぎなかった。
「リナリア嬢。詳しい事情も伝えず、全て事後報告になってしまったことを詫びる。君がショックを受けるだろうことも分かっていたけど、時間的にも余裕がなく……もしかしたらもっといい方法があったのかもしれない」
「殿下っ……!! 謝罪なんてなさらないで下さい。おふたりのおかげでうちの家は救われました。犯罪に手を汚さずに済んだのです。本当にありがとうございました」
先日、バージル様の手で捕らえれたレシュー伯爵の従者……ヘルゲ・ベントリー。これが決定打となりレシュー家の屋敷には強制捜査が入った。その結果、DP密売に関わる証拠が山のように見つかり、当主であるネイサン・レシューを筆頭に一族郎党が投獄されることになった。そうして……程なくしてレシュー家は取り潰しとなったのだった。
今後捕まった彼らに重罰が科せられるのは当然だが、なんせ被害者が多く、余罪もあちこちから出てくるため裁判はかなり長引くと予想されている。
もし、レシュー家との関係が切れていなければ……我が家も巻き込まれていたに違いない。
「……意外だったのはマルク・レシューはDPを使用していなかったことね。あいつのバカ仕草は薬の影響だったって言われた方が納得だったのに。素で頭おかしかったのね」
「ステラ……言い過ぎだぞ」
「あっ、申し訳ありません……つい……。レシュー家の次男である彼に薬の使用歴がないのは驚きました。アニータ・ルザネの方は真っ黒だったというのに……」
ルザネ家はDP密売にかなり深く関わっており、レシュー家と同じ末路を辿ることになった。特にアニータは、学園内で生徒たちを相手にDPの販売を行なっていたのが判明しているらしい。第二図書室に保管してあった薬の見張りも彼女だったのだ。
同級生の中にもアニータに言われるがまま薬を使用し、抜け出せなくなってしまった者たちがいた。その中のひとりにオベール伯爵家のジュリア嬢もいたという————
彼女がやたらとアニータの顔色を窺い、側で付き従っていたのにはそういった背景があったからだったのだ。
「あの時の……アニータ嬢の発狂も薬の副作用によるものだったのかもしれません。人をあそこまで変えてしまうなんて本当に恐ろしいです」
「無関係とは言えないかもしれないけど、マルク・レシューと同じで薬の影響ではなく、それが彼女の本質だったのかもよ。今となってはどっちでもいいけどね。リナに暴力を振るったのだけは絶対に許さないわ」
「とにかくだ。しばらく世間はこの事件のことで騒がしいだろうが、君の家に被害が及ばないよう引き続き尽力する。だから心配せずに休養を取って、体調回復に努めるように」
「はい。リシャール殿下……何から何まで本当にありがとうございました」
「礼ならバージルに言ってやってくれ。私は自分の利になるよう、あいつの提案に乗っただけに過ぎないからな」
「あの……その事なんですが、ひとつだけ分からないことがあるのです。バージル様はどうしてうちの家のためにそこまでしてくださったのでしょうか」
殿下とステラが顔を見合わせている。そんなに私の質問はおかしなものだったのだろうか。ゆっくりと殿下は私の方へ視線を戻した。
「リナリア嬢……それだけは私がアイツの代わりに答えることはできないな。本人の口から直接聞きなさい」
事件のことを語っていた時とは全く違う、穏やかで優しい表情で殿下はそう告げたのだった。




