33話
『リナリア・アルメーズとマルク・レシューの婚約解消だ』
言葉が出ない。
リシャール殿下のこの発言は、それほどまでに私を驚かせた。どうしてそこで私とマルクの婚約の話が? なぜバージル様が私の婚約を解消させようとしたのだ。混乱している私に構わず、殿下は淡々と話を続ける。
「バージルの報告書にアルメーズ家がDPの密売に関わっていたという記述はなかったが、それでも両家の繋がりは強く、子供たちが婚約まで結んでいる。事件が明るみになればアルメーズ家も無傷ではすまないだろう」
「関わりが無かっただなんて周りは信じてくれないでしょうね。最悪、レシュー家が道連れにしようと有る事無い事吹聴していた可能性もある。家門が受ける悪影響は相当なものだったはずよ」
事件の全貌を世間に公表する前に、アルメーズ家とレシュー家の繋がりを断つ必要があったのだと、バージル様は殿下に語ったらしい。そのひとつが私とマルクの婚約だったということだ。
「バージル様はうちの家を助けようとしてくれたのですか……」
「ああ。リナリア嬢には悪いが、私はあの時点ではアルメーズ家を無条件で信じることは出来なかった。例え君がステラの恩人だとしてもだ。しかし、バージルは私を納得させる手段もきちんと準備していた。アルメーズ家が事件と無関係……いや、むしろ被害者側なのだという調査結果を出してきたんだ」
「被害者……うちの家が?」
ここからの話は更に衝撃だった。
DPは外国で作られた薬物。原料となる植物の名前は『ウェネガ』といって、我が国では気候や土壌が合わず自生してはいない。だからこそレシュー家も他国の売人から購入して国内に持ち込んでいたのだ。
ところが……その自国では育たないはずのウェネガが、アルメーズ家の領地内で大量に生育しているのが発見されたのだという。
「うそっ……私そんなこと知らな……」
違法薬物の原料が領地内で見つかった……それも大量に。お父様からだってそんな話聞いたことがない。そもそも植物の名前だって殿下に教えられて今知ったのだ。
「まさかお父様が……薬の製造に手を……」
「違う違う!! アルメーズ子爵は潔白だよ。私の説明が不十分だった。悪かった。すまない!」
顔面蒼白になる私を見て、殿下は慌てて弁明した。ステラがまた殿下に鋭い目を向けていたので、それに怯えたせいかもしれない。
「ウェネガがその場所で自生していたのは偶然だ。アルメーズ家の領地……特に隣国との国境付近は気候があちらに近いんだ。それに領地内で見つかったといっても森林の奥深くらしいから、君たちが把握していなくても不思議じゃない」
ウェネガがうちの領地で生育していた理由は、隣国と気候が似ていたため。距離も近いので風に乗って……もしくは、動物や鳥などが種を運んできてしまったのだろうと推測されているらしい。とにかく、この件でうちの家を疑ってはいないから安心しろと殿下はフォローしてくれた。
「でもな、この領主ですら知らなかった事を何故か知っていた人物がいたんだよ。それが、レシュー伯爵だ」
うちの領地内でDPの原料となる植物が発見されただけでも衝撃だというのに、追い討ちをかけるように続々と新事実が飛び出してくる。そして、レシュー家……やはり関わってくるのか。
「知りえた経緯は憶測になるが、このウェネガという植物は人間の手でいちから育てようとすると結構難しいらしくてね。なかなかに繊細な植物なんだ。それでもいずれは自分たちの手で栽培出来ないかと、レシュー家は適した土地を探していたのかもしれない」
「その過程で自生しているウェネガをアルメーズ家の領地で発見して、目を付けたのね」
「おそらくな。そして……今からおよそ3年前、アルメーズ領の主要生産品であるブドウの木が酷い害虫被害を受けた。有効な解決手段もなく、一時は畑を全て失うかもしれないとまでいわれるほどの大惨事だったな。これについては私よりもリナリア嬢が詳しいだろう」
「はい。でも、それが今までの話となんの関係が……」
殿下が私の顔をじっと見つめていた。まるで何かを試すように……
その時だ。少し前に殿下が仰っていた言葉が私の頭の中を駆け巡った。アルメーズ家は被害者なのだと……
我が国では環境が合わず難しいとされていたウェネガの栽培。それでもレシュー家は諦めず、栽培に適した土地を随時探していたらしい。そんな中、偶然にもうちの領地内で自生していたのが発見された。つまり、うちの領地はウェネガの栽培が可能な土地ということになる。
そこまで考えたところで腹の奥から何かが迫り上がってくるような感覚がした。
あの害虫事件はアルメーズ家とレシュー家が縁を結ぶきっかけになったものだ。あれがなければ、うちの家とレシュー家の親睦は築けなかった。私とマルクの婚約だって成されなかったに違いない。全てはあの事件から始まっている。
強烈な吐き気を催して気分が悪くなった。自分の頭の中に浮かんだ仮説があまりにも酷く、そんなことを行う人間がいるだなんて考えたくなかった。けれど、もし……私が婚約解消をせずにマルクと結婚していたらどうなっていたか…….。その結果を考えると、全てがひとつに繋がっている気がした。
「全部……仕組まれていたんですね。将来的にうちの領地を手に入れるため……マルクをアルメーズ家の当主にするために」
殿下は無言で首を縦に振った。肯定……ああ、そうか。そうだったんだ。
3年前、うちの領地の作物を襲った害虫。外来種だったため適切な対策がとれず、大変な被害を被った。それを救ってくれたのがレシュー家だった。虫を駆除する方法を指南して、薬まで手配してくれた。でも、それらは全てうちの家に恩を売るための策であり、そもそもこの害虫をばら撒いた犯人こそがレシュー家だったのか。
「バージルの報告書にはその辺りの経緯も詳しく記されていた。アルメーズ領に虫を持ち込んだ連中たちも判明している。そいつらはレシュー家の者に金を貰って従っていた雇われ人らしいが……」
「えっ、嘘!? リナ、大丈夫!!?」
私の名前を呼ぶステラの声が耳を通り抜ける。殿下のお話だってまだ途中なのに……
悲しみ、悔しさ、そして怒り。色んな感情がごちゃ混ぜになって頭がくらくらする。瞳から溢れた雫が頬を伝って首元に落下した。その感触に、ようやく自分が泣いていることに気づいた。




