第47話 三年
管理人任命の結果が届いたのは、ヨナス様が仕事ではなく会いに来たと言った十日後だった。
領地管理局の封書は候補者調書を送ったときより薄く、オットーは差出人を確かめると、その場でこちらへ渡した。
「開けますか」
「はい」
封を切ると任命通知が一枚だけ入っており、ヴェルテ王領湯治場管理人としてテア・ブルクハルトを三年間任命し、任期満了時には施設状況と本人の希望を踏まえて更新を判断すると書かれていた。
「湯守様!」
横から読んでいたピナが、こちらより先に声を上げた。
「決まったんですよね?」
「決まりました」
「三年?」
「三年です」
「じゃあ、まだ三年いる?」
「少なくとも、その予定です」
ピナの声を聞いてグレタとボリスまで管理棟へ入り、少し遅れてクレメンスとラルフも顔を出した。
「おめでとうございます」
代表してグレタが言い、ボリスは任命書より先に薪置き場の棚を三年使うなら補強すると言い、クレメンスは健康記録の提出先が変わらないことだけ確認した。
祝い方が全員違うのに、どれも昨日までの仕事の続きだった。
昼には村の顔役まで上がってきて、事故の記録も出したのに任命されたのなら、隠さなかったことも評価されたのだろうと勝手に納得した。
こちらにはどの紙が効いたのか分からないが、誰か一人の推薦で決まったわけではないことだけは分かった。
「お祝い、します?」
ピナが聞く。
「今日は外来客が三人来ます」
「夜です」
「明日の準備があります」
「乳なら多めに頼めます」
話が早く、止めると思っていたグレタまで大げさでなければよいのでは、とピナ側へ回ったが、昼の受付を終えると任命された初日もいつもの仕事へ戻った。
朝から風が強いため露天の表面だけ少し冷えている一方、取水量は変わらず、足湯は村人でほぼ埋まり、乳は七杯で外来三枠も全部使われた。
任命されたからといって、湯温も人数もこちらに合わせて変わるわけではない。
紙一枚で別の場所になるのではなく、昨日まで続けてきた仕事へ正式な名前が付いたのだと思うと、そのほうが分かりやすかった。
昼の外来客の一人は新しい任命書のことを知らず、いつものように入口で銀貨二枚を出したが、札を渡して湯温と入る順番を説明すると途中で首を傾げた。
「今日、何かあったんですか」
「どうして?」
「村の人が、みんな少し機嫌がいいので」
こちらにはいつもと同じに見えていたが、外から来る人には違って見えるらしい。
「管理人が正式に決まりました」
「あなたに?」
「はい」
「では、おめでとうございます」
短く頭を下げられてこちらも同じように返すと、知らない人から祝われたことで任命書の内容がまた少し現実に近づいた。
昼食後、ラルフが村の宿一覧を持ってきて、任命後も同じ契約を使ってよいか確かめた。
「管理人の名は変わりませんが、任命の形が変わりました」
「契約は?」
「施設とのものです」
「なら、前と同じですね」
去年の薪の契約へ署名したときと同じ答えになり、人の肩書が変わっても施設との約束まで毎回作り直す必要はない。
ラルフは七軒分の一覧を畳み、春の客が増えたら一軒ずつ相談すると言って帰った。
正式な管理人になった初日、いちばん多く確認したのは新しいことではなく、昨日までの約束がそのまま続くかどうかだった。
午後、オットーが任命書の控えを作り、古い処分書とは別の棚へ入れた。
「処分の束ではありませんね」
「もう違います」
三年という数字も、五年の残りを数えていたころとは意味が違う。
「更新するつもりですか」
「三年後に考えます」
「今は?」
「三年はいます」
「十分です」
そこで話は終わり、夕方になると坂の上に黒い外套が見え、姿がまだ小さくても誰なのか確かめる必要はもうなかった。
「今日は?」
ヨナス様が着く前から答えを知っているのに、前と同じように聞いた。
「テアに会いに」
今回は足湯とも乳とも言わなかった。
「……そうですか」
「はい」
「それと、任命されたと聞きました」
「早いですね」
「本院にも通知が来ました」
「お祝いですか」
「そのつもりです」
手には何もない。
「何もありませんが」
「来ました」
「それがお祝い?」
「……だめでしょうか」
「だめではありません」
言ってから少し笑うと、ヨナス様も同じくらい笑った。
足湯には村の老人が二人いて、ヨナス様が座るといつものように場所を空けた。
「神官様も祝いか」
「はい」
「何も持ってないな」
「来ました」
同じ答えを聞いた老人が声を上げて笑った。
「そりゃ一番高いな」
意味が分からずヨナス様を見ると、本人は少し困った顔をしていた。
「何が?」
「気にしないでください」
老人のほうが先に答え、夕方までには村の宿を出している七軒からも一言ずつ伝言が届いたが、長いものは一つもなく、どれも仕事の続きばかりだった。
客を回してほしい、春になれば屋根を直す、乳は明日も出せる、と祝いの言葉より先に次の季節の話が並び、それを読んだときに任命されたという実感がいちばん強くなった。
夕方の外来客が帰るとき、入口の新しい看板を見上げて、次に来るときも同じ人がいるのですね、と言った。
「三年は」
そう答えると客はそれなら安心です、とだけ返し、任命書よりその一言のほうが長く残った。
小さな祝いが始まる前、グレタは任命書の写しを手に、処分の棚と施設の棚を見比べて少し迷った。
「もう違います」
「では、施設の棚へ?」
「お願いします」
古い処分書には五年と書かれ、新しい任命書には三年と書かれているが、数字だけ見ればどちらも期限なのに、片方は終わりを待つ紙で、もう片方は続けるための紙だった。
同じ名前が書かれていても置く棚まで違い、オットーは任命書の控えを施設側の綴じへ入れて、その横へ三年間の管理方針もまとめた。
「これで、次に見る人も同じ順番で読めます」
「次?」
「三年後です」
まだ始まったばかりなのに紙にはもう終わったあとのことまで用意されているが、今はその三年をどう使うかを先に考えればいい。
春に回した冷水の樋、冬の薪、村の宿、外来三枠、乳の提供、足湯の石の補修まで、すでに来年へ続くものだけでかなりある。
新しく何か作るならその上に足すことになり、そこへピナが横から紙を覗いた。
「三年あれば、いくつ増やせます?」
「数で決めません」
「でも増やすんですよね」
「必要なら」
「やっぱり」
そこだけは任命前と何も変わらないまま、夜は本当に小さな祝いになった。
村からパンと煮込みが届き、乳はいつもより二杯だけ多かった。
酒を出す話も一度出たが、湯へ入る場所で酔わせるのはよくないとクレメンスが言い、全員がすぐに納得した。
「先生、そこは早いですね」
「事故が増えるので」
ピナは少し残念そうだったが自分は飲めない年齢なので最初から関係がなく、グレタが残った煮込みを明日の昼へ回し、余った椀をピナが棚へ戻すころには片付けまで普段の手順へ戻っていた。
任命された日でも最後に片づける順番は変わらず、閉め時間の鐘だけは祝いの日でもいつもどおり二回鳴った。
祝いの途中、ヨナス様は人の輪から少し外れて乳の椀を持ち、村人に何度も「神官様も三年通うのか」と聞かれては「管理人の任期とは別です」と答え、三度目にはさすがに少し困った顔になった。
「では、通わないのか?」
「そうは言っていません」
「じゃあ通うんだな」
ヨナス様はすぐには答えず、乳の椀を持った指を一度だけ持ち替えた。
「……そうなります」
本院へ戻す候補に名前があることを知っていると、その間だけが答えより長く残った。
足湯の老人が満足そうに頷き、隣でピナが笑うと、ヨナス様はこちらを見て助けを求めるように少し眉を上げた。
「わたしに聞かれても」
「そうですね」
「来るかどうかはヨナス様が決めることでしょう」
「はい」
そこで返事が妙に真っすぐになった。
「来ます」
老人は「ほらな」と言い、今度はわたしのほうが何も言えなくなったまま、食事が終わって村人が帰るころには机の上の任命書ももう特別なものに見えなくなっていた。
最後に残ったヨナス様を入口まで送る。
「三年ですね」
「はい」
「長いですか」
「五年より短いです」
「そうではなく」
ヨナス様が坂の手前で足を止めた。
「ここにいる三年です」
少し考える。
「分かりません」
「分からない?」
「一年で、これだけ増えましたから」
足湯も水風呂も乳も一年前の冬には何一つなかったのだから、三年後を今から正確に想像することはできない。
「でも、三年後もここにいたいと思っている気はします」
ヨナス様が何も言わない。
「今は、ですけど」
「十分です」
昼にオットーが言ったのと同じ言葉だったので、少し可笑しくなって笑った。
「ヨナス様は?」
「何がですか」
「三年後」
今度は向こうが黙る番だった。
「……本院にいると思います」
「仕事の話ですか」
「はい」
「そうですか」
それ以上は聞かずにいると、ヨナス様が続けようとしたところで管理棟の中からピナが大きな声で呼んだ。
「湯守様、乳が一杯余っています!」
片付けの最後に、ボリスが柵の斜面を見て言った。
「許可が下りたら、あの材で棚を組む。穴も朝には戻せる」




