第42話 疫病の年
次の荷が来たのは四日後で、王都の大書庫から送られた木箱が一つ、町の荷と一緒に載っていた。
箱の側面には本院の印があり、その上から領地管理局の確認札まで付けられている。
「重いですね」
ラルフとボリスが二人で下ろすと、ボリスは紙ではなく箱が重いのだと短く答えた。
原本ではなく写しだけなのに、濡れないよう布を二重に巻き、木箱へ収めて送ってきたらしい。
ヨナス様へ知らせを出し、箱は鍵を開けずに管理棟の机へ置いた。
待っているあいだも湯温を測り、外来客を受け、乳の杯数と足湯の札をいつもどおり確認する。
それでも管理棟へ戻るたび、大きな木箱だけは嫌でも目へ入った。
「気になります?」
「目立つので」
「大きいですもんね」
ピナはその答えで済ませ、また入口へ戻っていったので、昼前に来たヨナス様は、前回と違って外套にほとんど雪を付けていなかった。
「届きました」
「見れば分かります」
「そうですね」
大書庫、本院、途中の確認札まで一つずつ確かめ、糸が切れていないことを見てから鍵を外した。
中には十二枚の写しがあり、命令書と地方の記録では紙の書式まで違っており、オットーは頁へ触れる前に手を拭き、戻す順番だけを横で確認した。
「写しでも?」
「写しだからです」
原本なら勝手に並べ替えないが、使うための写しは動かすぶん崩れやすいらしい。
最初の頁へ入る前に、ヨナス様は日付だけを三度確かめ、その数字を指先で押さえたので、王宮の水盤が閉じた年と同じだった。
「水盤も、この命令で?」
「可能性は高いです」
まだ断定せず、該当する名前が出るまで頁を進める。
最初の一枚は、疫病が広がった年に王都から各地方へ出された命令で、流行地では人が集まる水場を一時閉鎖し、共同浴場、水盤、飲用以外に多人数が触れる井戸、それから湯治場まで対象にすると書かれていた。
「毒だから、ではない」
思わず声に出すと、ヨナス様も同じ行を見たまま頷いた。
理由は水そのものではなく、人が集まり、同じ縁や桶、手すりへ触れることを避けるためで、ここへ来た最初の月に自分だけで考えていた「湯ではなく、人が集まる場所だったからでは」という見立てと、ほとんど同じ意味の行が紙の中にあった。
閉鎖した場所には共通の印を刻んだ板を置き、再開するときはその板を外して日付を記録すると続いており、王宮の水盤、ヴェルテの柵、北部の記録箱に同じ文字が残った理由まで一枚の命令で説明できる。
「板」
王宮の水盤の底にあった板と、ヴェルテの古い支柱、それに北部の記録箱の写しが一つにつながった。
「お嬢様が壊した水盤にも、同じものがあったのですね」
グレタが言い、そこでヨナス様の手が止まった。
「……そうです」
ヨナス様は水盤の写しと閉鎖命令を並べ、二つの日付をもう一度見比べた。
「もし、あの水盤が壊れなければ」
続きが出ないので待つ。
「底板の裏に回っていた文字は、まだ誰にも見えなかったでしょう」
管理棟の中が静かになった。
罰を受けた原因になった水盤を壊したことで、その水盤の裏から閉鎖板の文字が見つかり、その写しがヴェルテの封印と同じだと分かって、いまこの紙まで辿り着いた。
「つまり」
グレタがこちらと紙を交互に見た。
「お嬢様が水盤を壊したことが、ここを調べる入口になったのですね」
自分で言えば妙になることを、グレタが先に言ったので、ヨナス様も否定しなかった。
「続きがあります」
ヨナス様が次の頁をめくると、北部で閉鎖された場所が一覧になっていた。
市場の水盤、街道沿いの浴場、村の共同井戸、その下にヴェルテ湯治場の名がある。
閉鎖日と担当者の横へ、疫病流行中につき一時使用停止、と書かれていた。
「一時」
「はい」
永久に封じるとも、毒があるとも、身体を壊すともどこにも書かれておらず、人が集まる場所だったから、疫病のあいだだけ閉じた。
「では、どうして戻らなかったのですか」
いつの間にか少し離れて見ていたグレタが聞いた。
「再開の記録を探します」
流行が収まった翌年の頁には、王都の水盤や街道の浴場が順番に再開されている。
共同井戸にも再開日があるのに、ヴェルテだけは十二枚のどこにも名前がなかった。
「閉じたまま忘れられた?」
ピナが言うと、ヨナス様はまだ決められないと首を振った。
「忘れられたのか、別の仕組みへ移ったのか、それも見なければなりません」
「でも、毒ではなかったんですよね」
「この記録にある閉鎖理由は、毒ではありません」
「同じじゃないですか」
「違います」
ピナは難しい顔をして、大人はそういうところを分けますね、と少し不満そうに言った。
昼のあいだにクレメンスも写しを読み、閉鎖命令そのものより、何をもって疫病が終わったと判断し再開へ進んだのかを気にしていた。
「何を見て再開を決めたのでしょう」
「この写しにはありません」
「死者数か、発熱者か、新しい患者が出ない期間か」
「そこは別の束かもしれません」
紙にないことを勝手に補わず、クレメンスは少し残念そうに頁を戻した。
「少なくとも、湯そのものを原因にした記録ではありませんね」
「はい」
その一言だけは、前より重く聞こえたので、昼食のあと、グレタは王都の水盤の写しをもう一度見た。
「底の板に」
「では、あちらは再開されたのに、こちらだけ残った?」
「今の紙では、そう見えます」
グレタは少し考え、ずいぶん長い置き忘れですね、とだけ言ったので、百年も続いたことを置き忘れと呼ぶのは変だが、紙の上では確かにそう見えた。
午後、ヨナス様と柵の斜面へ上がり、雪を払って古い支柱の根元を出し、ヘニング様が炭で写していった刻みと、紙にある閉鎖印を見比べる。
「同じですね」
「はい」
ヨナス様は線を指で追い、これは封印ではなく閉鎖の印だったのだと言ったので、少なくとも最初の意味は、それだった。
横にいたボリスは支柱を一本ずつ見て、全部が同じ時期の材なのかと聞いた。
「古いものを交換しながら使っています」
「印があるのは?」
「最初の材だけかもしれません」
後の支柱には同じ刻みがなく、封じる理由を知る人が消えても柵だけは修繕されてきたことが分かる。
何のためか分からないまま、壊れたところだけを何代も直してきたのだろう。
「これを本院へ?」
「報告します」
「管理局にも?」
「照会がつながっていますので」
祭祀局からも別の照会が出ており、三つの側から同じ記録へ近づいており、坂を戻る途中でヨナス様が少し遅れ、雪の坂で膝が痛むと言った。
「足湯へ入ってから戻ってください」
「そうします」
ヨナス様は包みを閉じると、椅子から立つ前に一度だけこちらを見た。
「テア」
「はい」
「水盤を壊したことを、いまでも後悔していますか」
急に聞かれて少し考えた。
「罰を受けたことなら、最初は困りました」
「水盤そのものは?」
「壊したのは悪かったです。でも」
写しを見る。
「壊れなかったら、この文字は見えなかったんですよね」
「はい」
「なら、今はそれも含めて調べればいいです」
ヨナス様はしばらく黙ってから、肩の力を抜くように息を吐いた。
「あなたらしい答えです」
足湯へ向かうと、ヨナス様はいつもの深い側へ座り、両足を湯へ入れた。
今日の膝は痛くないらしいのに、しばらく立つ気配はなかった。
返事が早く、そのことにはもう誰も驚かなくなっている。
管理棟へ戻ると、待っていたピナが神官様、毒じゃないんですか、ともう一度聞いた。
「その言い方はまだ早いです」
「でも、紙には?」
「閉じた理由が毒ではなかった、と書いてあります」
「湯守様も同じこと言います」
横で聞いていたグレタが笑い、クレメンスも訂正しなかった。
管理棟では、オットーが閉鎖された場所を一つずつ別紙へ写し、王都の水盤とヴェルテの名が同じ紙に並ぶ。
「ずいぶん離れていますね」
「命令が同じだったのでしょう」
距離が離れていても、同じ印を使う理由にはそれで足りる。
王宮の板とヴェルテの刻みは、同じ行政命令から生まれた印として一枚の紙で説明できた。
夕方には話が村まで広がり、足湯で昔の疫病のときに閉じたらしい、という短い形へ変わっていた。
「毒じゃなかった?」
「そこも調べている途中です」
何度答えても村の言葉は短くなるが、今夜はそこまでで十分で、閉め時間の鐘が鳴るころ、ピナは木箱の蓋を閉める役を買って出た。
「順番、合ってますか」
「合っています」
「十二枚、全部?」
「全部です」
慎重に蓋を下ろし、最後に紐を結ぶので、大事な紙だと分かると、いつもより動きが遅かった。
閉め時間のあと、十二枚を順番どおり並べてもう一度読んだ。
閉鎖の命令があり、実施した記録があり、ほかの場所には再開した日まで残っている。
ヴェルテだけ、その最後の一枚がない。
答えはほとんど見えていて、あと一つ見つかれば照会は終わる。
そこで手が止まった。
終わる。
封印の照会が。
ヨナス様の仕事が。
翌朝、本院へ戻る前にヨナス様は管理棟へ寄り、再開記録と板の扱いを続けて調べると言った。
「お願いします」
言えるのはそこまでで、止めてほしいとは思わないし、この人が続けてきた仕事を最後だけ曖昧にもしてほしくない。
それでも、終わってほしくないものが別にあり、そこまで考えたところで、管理棟の入口からピナの声がした。
「湯守様、足湯の札、戻しますよ」




