粉飾決算と不正会計
画眉鳥の高らかな声が響く。主人は「どんな鳥なんだろうね。歌、上手だね」と、ネットで検索している。ヒバリ、セキレイ、ヒヨドリ、ムクドリ、思いついた名前を入力して鳴き声を聴いて「違う」って渋い顔をしている。画眉鳥だってば。
全体的に白くて、真ん中が淡いピンクのブラン・ピエール・ドゥ・ロンサールが咲いた。なんとも乙女チックな花。けれど、その可憐な花を咲かせる主人の努力は、THEブルーワーカー。脚立で高いところまで上って蔓を切ったり、マスクとゴーグルに手袋って完全防備で殺虫剤を撒いたり、誘引して蔓を整え、スコップで肥料を土に混ぜたり。
午前8時30分から、主人はパソコンの前に張り付いている。
「えっ」
突然、主人が声を上げた。なになに?
「政宗くん、覚えてる? この間、怪しい人がいる会社の株売ったの」
「わん」
覚えてるよ。僕、記憶力いいんだよ。
「粉飾決算の疑いだって。監理銘柄になってる。うっわー。すっごい下がってる。あっぶな。ストップ安」
「わん」
よかったじゃん。逃げておいて。
主人に教えてもらった。何か悪いことを調べられている会社は監理銘柄になるらしい。そうなると、その株を持ってる人が「やばいかも」ってパニックになって、安くても売ろうとするから暴落する場合があるんだって。ストップ安ってのは、日本のルールで決められた、一日に下げられる限界の安さのこと。
「ネット荒れてる」
主人がSNSを表示している。「#ストップ安」。画面の文字は阿鼻叫喚。
「どーなるんだろね。上場廃止になるかも。ん? あれ? 持ってる株ん中にも監理銘柄がある」
まずいよ、それ。ストップ安になってない?
「えーっと。」
主人はいろんな記事を次々にスクロールしている。どうも、海外の子会社が、本当は儲けてないのに儲けているように見せていたらしい。え、それって、例の会社と似てない?
「不正会計だって」
「くーん」
へー。
「粉飾決算って言わないんだね」
「くーん」
「メディアが配慮してんのかな」
「くーん?」
主人はコーヒーを飲みながらパソコン画面の数字を見る。2色の数字がパタパタ動いて面白い。
「巨大企業だし、どうなるんだろ。あ、一旦下がったけど、どんどん上がってくよ」
主人はSNSを表示した。スクロールされる場面には「大チャンス」とか「悪材料で尽くし」なんて書かれてる。ええーっ。不正会計は悪材料に入るの?! 悪材料って、来期の業績予想が悪いとか特別損失とかの数字だけじゃないの?!
「やっぱ、この規模の会社は、何があっても守られるってことかな。今、日本経済を牽引してるもん。社長は経済界の重鎮」
コーヒーの湯気と一緒に主人の言葉が空気に消えていく。
同じことがあっても、上場廃止になるかもしれないってめちゃくちゃ安くなる株もあれば、どんどん上がって高くなる株もあるんだね。変なの。
主人のこれまでの話によれば、不正会計の中に意図的な粉飾決算ってのがあるんだって。でもって、それがすっごく会社ぐるみの悪質なもので改善が難しいって判断されると、株式市場から追い出される。上場廃止。
テレビのニュースで、その巨大企業の社長の白髪のお爺さんが怒っていた。
『我々はいっさい関わっていません。子会社が勝手にやったことです。寝耳に水ですよ! 今後このようなことが起きないよう、既に体制は改善しました』
お爺さんは過去形で語っていた。ってことは、問題を見つけてから今まで社外へ漏れないように隠蔽してたってこと? えーっと、悪いところを直している間は、不正会計のことを世間に内緒にしていていいルールなんだっけ。なんか、こっちの方が不誠実な感じがしちゃうのって、僕がわんこだから? 人間界ってよく分かんない。
いつも主人は、ノートにいろんなことを書き留めている。しっかりと2つの監理銘柄について記録していた。
「輸出してるとこは強いかも」
決算資料を見ながら主人は計算を始めた。円換算じゃなく、それぞれの年の為替を持ち出して、ドルにして過去の業績と比べている。すると、あら不思議。パソコンに描かれている何年分もの業績グラフの形が変わる。主人は自分でプログラムまで組んで、いろんな企業のドル建て業績グラフを表示させ、ふんふん♪と遊んでいる。
こんなことさ、他の人はやらないよ? なんとなく買えば、今だったら上がるんじゃない? 日経平均は上がりまくってるんだから。しょうがないか。暇なんだね。
薔薇の手入れをしているときも思うんだけどさ、主人は地味なことに時間かける。一年中手間をかけて、咲くのは5月の1ヶ月間だけ。
そのうち、主人は鳥を検索しだした。ウグイス、アヒル、カモ。絶対違うじゃん。なのに動画で声を確かめる。だから、画眉鳥だってば。
これは、季節が変わって、画眉鳥の歌が聞こえなくなってからのこと。粉飾決算でストップ安になった会社は臨時株主総会ってのをやった。僕は、乾燥した豚耳を食べながら、主人と一緒にネット配信を視たんだ。
大きなホールの正面にスクリーンがあって、とても丁寧に数字の説明がされた。不祥事を起こした子会社の名前は何度も出てきたけれど、取締役の個人名は一度も出なかった。親会社として子会社のチェック機能が働いていなかったことを問題視していた。最後、スクリーンの前にスーツを着た人達がずらーっと並んで、一斉に「大変申し訳ありませんでした」って頭を下げた。びっくりするくらい綺麗なお辞儀を長い長い間していた。
その会社は、別の市場へ降格させられた。プライム市場からスタンダード市場へ。(フィクションです)
もう1つの不正会計のでっかい会社は、業績も株価も順調に伸びている。もう、世間は何かあったことすら忘れていると思う。




