第八話 落とされた髪飾り
※本作は一次創作です。
※AIは執筆補助として使用しています。
廃都の空は、灰色だった。
崩れたビルの隙間から風が吹き抜けて、錆びた看板がぎぃ、と鳴る。
海斗は思わず肩を揺らしかけて、ぐっと踏みとどまった。
「海斗、肩に力入りすぎ。妖より先に自分壊すよ」
隣で碧がくすっと笑う。
「うるさいな。初任務なんだから仕方ないだろ」
「うわ、開き直った」
「碧、いじりすぎ。余計固まるでしょ」
愛が横から口を挟む。
「えー、緊張ほぐしてあげてるのに」
「それ、ほぐしてるんじゃなくて遊んでるだけ」
「正解」
碧はあっさり認めて、にやっと笑った。
後ろで豪徳寺が吹き出す。
「いいぞいいぞ。緊張してるくらいがちょうどいい」
「……楽しんでますよね?」
「多少な」
雑な返しに、海斗はため息をついた。
今回の任務は、廃都に巣食った妖の討伐。
海斗の実力試験でもある。
ただし仕事自体は、碧が豪徳寺から回してもらったものだ。
だから碧も、ただの付き添いじゃない。
「前、来るよ」
碧の声が少しだけ落ちた。
次の瞬間、瓦礫が内側から弾けた。
黒い影が三つ。
人の形を崩したような妖が、地面を這うように迫る。
「海斗!」
豪徳寺の声。
「はい!」
海斗は前に出た。
一体目の爪を避ける。
二体目が横から来る。
三体目は下。
「下!」
碧の声。
反射で跳ぶ。
さっきまでいた場所を、腕が貫いた。
「っぶねぇ……!」
「助かった?」
「助かった!」
「じゃあ後は自分でなんとかして」
「そこで放るなよ!」
言いながらも、身体は動いていた。
一体目の隙を突く。
刃が核を捉える。
妖が霧のように消えた。
「いいじゃん」
碧が軽く言う。
「今のちょっとかっこよかった」
「“ちょっと”かよ」
「大丈夫、伸びしろあるって便利な言葉あるから」
「それ褒めてんの?」
「一応ね」
軽い。
でも碧の動きは軽くない。
無駄がない。
来る前に動いているみたいな、妙な先読み。
海斗はそれを“すごい”としか思えなかった。
残り二体。
一体が碧へ向かう。
碧は軽く跳び、瓦礫を足場に位置を変える。
その時だった。
碧の視線が、戦場の外へ逸れた。
ほんの一瞬。
「……?」
次の瞬間、妖の腕が碧へ伸びる。
「碧さん!」
間に合わない。
そう思った瞬間には、もう終わっていた。
碧は足元の鉄パイプを拾っていた。
振るう。
鈍い音。
妖の腕が、弾かれる。
その一瞬だけ、碧の顔から笑みが消えていた。
さっきまで海斗をからかっていた軽さも、
愛とふざけていた気配も、
豪徳寺に甘えるような声色も、
何もなかった。
黒い穴みたいな目だった。
怒っているのとも違う。
怖がっているのとも違う。
ただ、目の前のものを壊すと決めた顔。
海斗は息を止めた。
碧はすぐに、いつもの顔に戻った。
鉄パイプを肩に担ぎ、困ったように笑う。
「危ないなぁ。女の子に乱暴するなんて」
声は軽い。
でも、今見えた顔だけが、妙に残った。
海斗は言葉を失っていた。
今、完全に隙だった。
なのに、余裕で捌いた。
「……この人……殉職することは、ないだろ」
ぽつりと、そんな感想が出た。
怖いとかじゃない。
ただ単純に、強い。
碧がちらっとこっちを見る。
「今なんか失礼なこと考えた?」
「考えてない」
「嘘下手」
「戦闘中だろ」
「そうだった」
軽く言って、碧は一歩踏み込む。
次の一撃で、妖の胴が吹き飛ぶ。
最後の一体は海斗が仕留めた。
刃を振り抜いて、やっと息を吐く。
「はぁ……」
膝が少し笑っている。
でも倒れない。
豪徳寺が近づいてくる。
「合格、とはまだ言わねぇけど」
海斗は顔を上げた。
「はい」
「現場で折れなかった。そこはいい」
「……ありがとうございます」
「三回死んでるけどな」
「それ言わないでくださいよ」
「二回目は碧の声なきゃ終わってた」
「……それも」
豪徳寺が笑う。
「まあでも、初任務なら上出来だ」
その一言で、力が抜けた。
「……はい」
愛は何も言わず、静かに周囲を見ている。
碧は鉄パイプをぽいっと捨てた。
「ちゃんと私の功績も報告してくださいね、にぃさん」
「わかってるって」
「抜け目ないね」
愛が言う。
「生きるのに必要なやつだから」
碧は肩をすくめた。
帰還準備をしていると、海斗はふと気づく。
「あれ、碧どこ行った?」
「ん?」
その瞬間、背後から声。
「ここ」
振り向くと、碧が立っていた。
「うわ、びっくりした……気配消すなよ」
「ごめんごめん。ペン落としてたみたいで」
指にペンを挟んでいる。
「こんなとこで?」
「こんなとこだからこそ」
「意味わかんねぇ」
「わからなくていいよ、少年」
「その呼び方やめろ」
愛が小さく息を吐く。
「ほんと、適当」
「愛ちゃんひどい」
「事実」
碧は笑った。
そのまま何事もなく、一行は廃都を後にした。
風だけが残る。
しばらくして、別の足音が響いた。
少女がひとり、瓦礫の中で足を止める。
地面に落ちていた髪飾りを拾う。
じっと見る。
「……これ、私のだけど……」
自分の髪に触れる。
そこにも、同じものがある。
「私のは、髪に今つけてる……し……」
少しだけ考える。
答えは出ない。
背後から声が飛ぶ。
「そろそろ行くぞ、碧」
少女は振り返る。
少し気だるそうに、
「はぁ〜い」
そう返して、歩き出した。
髪飾りを、握ったまま。




