第3話 支配の公約
※本作は一次創作です。
※AIは執筆補助として使用しています。
「……認められるはずがない。一介の高校生を、しかもそんな出処不明の『器』を、稲荷の管理下に置くなど」
中央派閥の幹部が、苛立たしげに卓を叩く。三人は立ったまま、その怒声を受け流していた。
(……このおっさん、さっきから『ガラクタ』だの『器』だの、人をモノみたいに。不運にもほどがあるだろ、俺の人生)
海斗は心の中で毒づくが、場の重圧に冷や汗が止まらない。隣に立つ碧と愛は、そんな罵声など風の音ほどにも感じていないようだった。
「彼は、我々中央の施設で徹底的に調査すべき検体だ。現場の代行者に私物化させるわけにはいかない」
2. 碧の「皮肉な敬語」と残酷な告白
それまで黙って聞いていた碧が、ふっと口角を上げた。だが、その瞳には一切の温度がない。
「……皆様。お言葉ですが、現状を正しくご理解されていますでしょうか?」
碧は静かに、けれど会議室の隅々まで通る声で語り始めた。
「私や裏宮さんも、いつまでも五体満足で現場に立てるわけではございませんの。……先の災害で、一体何人の代行者が亡くなったとお思いですか?」
その問いに、幹部たちの顔が引きつる。碧は逃がさない。
「何人の者が体を欠損しましたか? 精神を病んで、自ら命を絶った者も少なくありません。それだけでは治りませんよ。苦痛に耐えかねて、泣きながら『殺してくれ』と懇願する者さえいた。……そして、その人たちを何人、私が自分の手で彼方の世界へ送ったと思っているんですか?」
その瞬間、海斗の心臓がドクリと跳ねた。碧の横顔は、彫刻のように美しく、そしてゾッとするほど無表情だった。
(……え? 送った、って……。自分の仲間を……自分の手で、殺したって、そう言ったのか?)
昼休みに、少し照れくさそうに学校を案内してくれた、あの柔らかな笑顔が脳裏をよぎる。それと同じ唇から、今、淡々と吐き捨てられた「殺害」の事実。そのギャップに、海斗は激しい眩暈を覚えた。
「彼らの命を、使い潰して奪い取れと、そう仰っているのですか? ……無残に壊して、最後に私にトドメを刺せと、皆様は命令するつもりなんですか?」
「そ、それは……だが、この少年を引き取る理由にはならない!」
「いいえ。理由になりますよ。同じ代行者として、私は彼の面倒を見たいだけなんです。これ以上の犠牲を出さないために。……これの、どこに不都合があると言うんですか?」
3. 愛の追撃と契約の成立
愛が眼鏡を指先で押し上げ、冷徹な追撃を加える。
「……中央は『人手』が欲しい。私たちは『現場の生存率』を上げたい。利害は一致しているはずよ。彼を私たちの側で実戦に耐えうるまで管理する。それが最も確実な人的資源の保護だと思うけれど?」
幹部たちは、碧の放つ「正論という名の皮肉」と、愛の冷徹なロジックに押し黙る。
「……よかろう。ただし、条件がある」
中央の最高責任者が、忌々しそうに碧を指差した。
「一ヶ月だ。その期間内に彼が戦力として使い物にならないと判断された場合、直ちに彼の所有権は中央へ移譲し、速やかに処理を行う。……異論はないな?」
碧はスカートの裾を掴み、優雅に、そして最大限の皮肉を込めた一礼をしてみせた。
「……承知いたしました。寛大なるご配慮、痛み入りますわ」
4. 廊下での絶望と「役割」
会議室を後にし、夕暮れの光が差し込む長い廊下を歩く三人。
海斗は、先ほど碧が口にした「血の通った告白」が頭から離れず、震える声で問いかけた。
「……あの、神宮さん。さっきの話、本当なのか? あなたが、その……本当に、人を……」
碧は足を止め、海斗の方をゆっくりと振り返った。逆光のせいで、その表情には深い影が落ちている。
「……さぁ? どうでしょうか」
はぐらかすような、けれど否定もしない曖昧な微笑。碧はそのまま、どこか遠くを見るような冷めた声音で言葉を続けた。
「……でもこれだけは、教えてあげる。代行者はね、神様に愛される代わりに、世界という名の光を浴びる事なく嫌われる仕事なの。それが私たち代行者の役割」
碧は海斗の頬に触れた。その指先は体温を感じさせないほどに冷たく、海斗は確信した。もし俺が使い物にならなくなったら、この人は笑って俺を殺すんだ――。
「……逃げ場なんて、もうどこにも無いんだから」
5. 素顔と逆要素
最悪の結末を想像して身をすくませた海斗の頭上で、「……いたっ」と声がした。
碧の頭に、愛の手が軽いチョップを落としていた。
「碧。海斗くん怖がってるでしょ、やめなさい」
愛の声には、会議室で見せていた鋭利な響きはなく、どちらかと言えば放課後の教室で友人をたしなめるような、呆れたニュアンスが含まれていた。
「……痛いっての、愛。別に脅してるわけじゃないよ。本当のこと言っただけだし」
碧は頭を押さえながら、先ほどまでの丁寧な口調をあっさりと捨てた。その口調は、学校で見せていた時よりもさらに砕けた、素の少女のものだった。
「言い方があるでしょ、言い方が。……上原くん、そんなに震えないで。彼女のこれは半分趣味みたいなものだから。……ね、碧?」
愛のジト目に、碧は「……ちぇっ」と小さく舌打ちしてそっぽを向いた。
(……え? なんだ、今の……。敬語、やめた……?)
さっきまでの殺伐とした空気が、拍子抜けするほど霧散する。
「ほら、海斗。いつまで突っ立ってんの。さっさと歩かないと置いてくよ」
碧はぶっきらぼうに言うと、海斗の腕を強引に引いた。その手の力は強引だったが、不思議と、先ほどまで感じていた冷たさは消えていた。
(……どっちが本物なんだ。全部演技なのか、それとも……)
最悪な状況に変わりはないはずなのに、彼女の強引な手の温もりに、ほんの一瞬だけ場違いな安堵を覚えてしまった。
海斗は自分に言い聞かせながら、夕闇に溶けていく二人の背中を追い、重い足取りで歩き始めた。




