#56『眼中にないもの』
『...いや、どの道その傷ではもう助かるまい。仰向けで浴びるギロチンの刃程、愚弄に当たるものは無いのだろう?』
「—――クソがっ......!」
『であれば―――』
リリーは振り返ると、クリスの方へと歩み始める。
「っ!やめろ......ぐっ!!」
パールはなんとか這ってでも、リリーをクリスの方へ行かせまいと必死にリリーを追う。
『やめておけ。痛むのだろう?苦しいのだろう?』
「黙—―れ!!!がはっ......」
パールが地面を這うその手に、リリーは管を1本伸ばし、容赦なく刃を突き刺した。
『「あの世」の信仰。それがあるのなら、君達が「人類」と共に歩むと決めたのなら。そこで会えるのだろう。であれば、君達のその肉体に、価値などあるのだろうか?違うか?』
リリーは歩みを止めず、クリスへと向かう。クリスは片腕を真っ直ぐと伸ばしたまま、微動だにしない。
「クリ......ス―――」
『—――「事切れた」か。安心しろ。すぐに君も送ってやる。』
リリーは1度振り向き動かなくなったパールを確認した後、刃を振りかぶる。
『—――さらばだ、同胞。いや、「時代を造った、英雄達」よ。』
「—――――」
クリスは尚も微動だにしない。そして、リリーが刃を振り下ろしたその瞬間—―――
「—――フッ、」
『っ!?』
俯いていたクリスの瞳は輝きを放ち、目標をしっかりと捉える。だが、それは目の前の危機では無かった。それどころか、危機など最初から無かったかのように、クリスの顔には汗の1滴も無く、不敵な笑みがあった。
刹那の間、その瞳から放たれたのは閃光だった。それはリリーの胸部から腹部にかけて大きな風穴を開けると、その光はパールの眼へと、収束して行った。
『—――』
光が収まる頃、リリーはあっさりとその場に膝を着き、2人はようやく、この質素な空間の中、再開を遂げた。
「っ!!パール!!」
「—――へへ、ちょっと無茶しちゃった」
クリスは地に伏すパールとしっかりと目が合うや否や、リリーの事など一切気に留めず、パールを懐に抱き寄せた。
「お腹が―――」
「大丈夫、たまたま刃が当たった瞬間に体内ではじけた結晶のおかげで、内臓までは傷ついて無いから。まぁ、動けないんだけどね。」
「...それ、全然大丈夫じゃないんじゃん。――ごめんね、遅れちゃって」
「そっちは本当に大丈夫だよ。こうして大成功したんだから。」
『—―――何故だ』
リリーは膝を着いたまま、振り返る事無く、背後の二人に問う。
『何故、私は敗れた?完璧だったはずだ。何もかも、君達の全てにおいて、私は上回っていたはずだ。それなのに――――』
「—―へへっ、ばぁーか。」
クリスに抱えられたパールは、そのままリリーの方を見て嘲笑う。
「パール、後は私に任せて。」
「...うん。さすがに口動かすだけでキツい」
「—―私達は、最初からあなたの事なんて一度も見ちゃいない。」
『—――――?』
「そして、資料に欠けがあったって言ってたな。」
『—―図ったのか?』
「いいや?でも結果的にそれが幸いしたみたいだね。そのおかげで貴方にトドメが刺せたんだから。」
『――そうか。人が古来よりこうして何度も壁を越え、今に至るまで発展を繰り返して来たのは...「仲間」が居たから――――?』
「それと、私からも言わせてもらうから。ばぁーか!!」
『—――?』
「ふぅ。貴方、苦しみとか痛みがあーだこーだ言ってたよね。って事は感情が無いの?」
『—―あぁ。感情は、文明の進歩を阻む壁。これは確かな事実だからな。』
「じゃあ、負の連鎖がなんで起こるのか知ってる?」
『.....っ!!君達、まさか、「嘘」を―――!』
「英雄だって偉人だって嘘をつく。社会性があって、感情があって。だから人類はここに生きているの。だから、貴方の言う事は全て根本から破綻している。改めて何度だって言うから。貴方みたいな馬鹿に人類が滅ぼせるなんて思わない事よ。」
『—――フッ、そうか―――――――』
リリーの身体が、少しずつ溶解し始める。その足元には、木っ端微塵に砕かれた結晶があった。
『—―――最後に、こんな馬鹿な私からの質問に、答えてくれないか?』
「—―――何?」
『愛とは、なんだ―――?』
「......」
『—―加賀知カイヤの資料にあった。「愛する息子」と。愛するとは、なんだ。』
リリーの身体は既に原形を失いかけており、何かするにもそう時間は残されていなかった。
2人は彼の問いに困惑したが、お互いに見つめ合い、頷いた後、クリスは上着を脱ぎ、パールの枕にすると、リリーの方へ歩み寄り、その頭を撫でた。
『......』
リリーの口は閉ざされ、声を発する事も無かったが、その眼は何処か優しかった。
彼の身体はそのまま地面に倒れると、跡形も無くなり、そこには澄んだ水溜まりだけが残った。
「—――ねぇ、クリス。」
「...何?」
「—―もしもう1人の人造人間が生まれてたら、私その子に妬いてたかな」
「......」
クリスは水溜まりに反射する自身の影と目を合わせながら、少しの沈黙の後口を開く。
「...分かんない。」
クリスは再びパールに歩み寄ると、その頭を膝に乗せた。
「断言してくれないんだね。」
「—――はぁ......ん。」
クリスはパールの口を閉ざすように、自らの唇を合わせた。
パールは突然の出来事に戸惑いもがこうとしたが、クリスにその手を掴まれると、そのまま全身の力を抜いた。
「—――私達は今こうして前を見て生きてるの。傷口が開くから無理に喋らない。分かってるクセに何度も言わせないで。」
「......だって、クリスの為なら何でも平気で出来ちゃうんだもん。」
「タイミング考えて。死んだら元も子もないでしょ?」
そんな話をしていると、エレベーターの扉が開く音がした。誰かがこちらへ向かって来る。
クリスが咄嗟に銃を構え、扉に向ける。そこから出て来たのは、エリナの秘書だった。
「—――」
クリスは片腕でパールの頭を覆い、秘書を睨みつける。
秘書は一切物怖じせず、その場で立ち止まった。
「...私に敵意はございません。上の階でエリナ様がお待ちです。」
「—――」
「パール様のお怪我については、こちらを」
秘書はそう言うと、クリスに医療キットを投げた。クリスはそれをキャッチすると、再び銃を向ける。
「...上の階でお待ちしております。」
秘書は一礼すると、扉を閉めた。再びエレベーターの開閉音が鳴り、人の気配は消えた。
「—―――」
「......行くしか無いみたいだね。」
「—――うん。」
クリスは銃を畳むと、パールと少し見つめ合い、気まずい時間が流れた。
「—――やさしくしてね?」
「—――痛み無いでしょ」
To be continued.




