#53『25番目のディストピア』
〈ペグマタイトタワー地下1階〉
突如、赤黒い光。そこに立つのは、一人の信徒。
『—――?』
暗闇の中、彼は自らの身体を凝視する。だが、自身の腕はいくら伸ばせど視界に入らず、ただドロドロとした液体が蠢く音だけが地下に響く。
『—―――』
彼は悟る。自らが方舟となった事、信じた者が居なくなった事。そして、足元には地に伏したままの同胞。
その内の一人が、目を覚ます。
『......はっ!!俺は一体—――』
人間の身体を器とする魂に、暗闇の中で蠢く者など見えるはずも無く。ただ漠然と、今まで彼が肌身離さず持っていたモノの残滓が、その場に居る皆の存在を彼に知らしめる。
『...まさか、やられたのか!?教祖様が!?』
『—―――』
目覚めた信徒は手探りで地面をなぞり、眠ったままの信徒に辿り着く。かく言う彼も、胸部から下が麻痺しており、胸に文字通りぽっかりと穴が開いていた。
『おい、起きろ......いや、無理もないか。俺ですらこのザマだ。きっとお前達も、同じように酷い目に逢ったんだろう。その眠りが安らかなのなら、それでいい。』
信徒は呼吸している感覚すら感じられず、今こうして地を這っているのが奇跡である程だった。
信徒が再び地面をなぞると、今度はドロドロとした感触に辿り着く。
『おえっ......気持ち悪ぃ...ん?いや待て、俺はこれを知ってるぞ。教会で見た事がある。と言う事は、まさかお前、翼竜か!!』
『—―――』
翼竜と呼ばれた彼は、足元に触れられたのに気付くと、暗闇の中、それが居る方向へと首を曲げた。
『やっぱりそうか!頼む、俺達もその船に乗せてくれないか!!』
『—―――――』
彼に知能など残されていない。だが、同胞の抱く感情だけは、漠然と理解出来た。
彼は身体ごと足元の信徒に向かい合うと、そのまま輪郭が曖昧な口を大きく開いた。
『あぁやった!!これでついに旅立てるのだな!!ありがとう。教祖様に感謝を!!』
そして――――
〈ペグマタイトタワー、162階〉
最上階の1つ下、子気味の良い音と共に、エレベーターの扉が開く。
クリスは扉が開く瞬間、全神経を研ぎ澄まし、扉の外へと2つの銃口を向ける。
フロア内は閑散としており、目の前には短い廊下と扉が現れた。
2人は扉が開き切ると共に、同時にその階に跳び入る。
「—―――」
クリスが正面の扉を凝視していると、扉の向こうに居るであろう存在がこちらに気付いたのか、
クリスの視界が再び真っ白に染まる。
だが、クリスの心の中には、既に恐怖など無かった。
「...向こうに居る。もう私達に気付いてるよ。」
「じゃあ、隠れても無駄だね。堂々と行こう。」
パールはクリスに先んじて、扉を思いっきり蹴破った。
クリスの視界が晴れるとそこには、薄暗い部屋。確かにモニターで見た人影の姿があった。
『ごきげんよう。』
「...」
『社交辞令は嫌いかな?私もだ。』
人影は手で何かを押す所作をすると、室内の電気を点けた。
2人は室内に踏み入ると、武器を構える。
『まぁ待て。少し話したいんだ。』
「......」
『モニター越しにも話したが、私は「特別」なんだ。透輝エリナが造った人造人間の中で唯一、私だけが、「意志」を持っている。』
「...だから何さ」
『君達も、持っているだろう?何故だと思う?』
「......?」
『—―そうか、あの研究資料の持ち主は、もう居ないんだったな。私。いや、私達は、体の中に神子石が埋め込まれている。これが、人間の脳と同じ働きをしている。故に、こうしてこの体を動かし、物事を考え、生きている。』
「......じゃあ、私達がぶっ倒して来たあいつらは違うって事?」
『......正確には同じだ。だが、彼らは意思疎通を行うに至らなかった。言ってしまえば、猿人に留まりそこで進化を止めてしまったんだ。そして沢山の失敗作の中で、私だけが唯一、君達と同じ「加賀知カイヤの産み出した人造人間」になれたのだよ』
「—―気安く私達の主の名前を語るな。」
『あぁ。人は新しきを受け入れ難いものだ。だがすぐに慣れるさ。それに、私は彼女を称えているんだ。人の文明のもっとも最たる輝きを、その手に掴むに至ったのだから。』
「さっさと本題に入ってくれない?今忙しいんだけど。」
......「25番目の宇宙」と言う実験を知っているか?
オスとメスの鼠を同じ数、十分な食料と水、適切な温度と衛生環境、天敵のいない安全な空間、繁殖に適した巣箱がある環境に放すものだ。
結末から話すと、その鼠たちは全滅した。
鼠は社交性のある生き物だ。最初は急激に繁殖し、その種は繁栄して行ったさ。
だが、次第にそれらは鈍化し、その社会構造に亀裂が生じた。
オスの闘争の激化、メスのネグレクト、個体数の増加に伴う居住区の圧迫、
そして、孤立する世代の誕生。
社会秩序は完全に崩壊し、個体数が減少し始めた。その後は―――まぁ、分かるだろう?
『人間の文明の発展も同じだ。いずれは衰退していく。この街は、私達を皮切りに、終わりを迎えるだろうさ。』
「......」
『どうして人造人間を生み出す事が禁忌とされているのか。それは、自然の摂理だ。人は生態ピラミッドの頂点。だが、私達はその上を行く。私達は、人よりも遥かに優れた文明を築き上げるだろう。』
「......うるさい。」
『それなのに、君達はどうして反論しようとする?君達は既にこちら側なのだから。あのダマスケナとか言う教祖が言っていた「方舟」と言うのは、あながち間違いではないのかもしれないな。もし人間の側につくのであれば、その上で生き残りたいだのと絵空事を叩く位なら―――』
彼は手を胸にかざすと、そこから神子石を取り出す。彼の核であろうそれには、「文様」があった。
「—――はぁ!?」
『さっさと自らが捕食者側であると認め、文明の放棄された世界に適応する方が身の為だがね』
「っ!!!!」
クリスは咄嗟に発砲する。だが、それと同時にクリスの視界は再び白く染まり、弾丸は空を貫く。
パールもその刹那、彼との間合いを詰めたが、その攻撃が彼に届く事は無かった。
『最も、私達は生物とは違い、欲求に頼らずとも生きていられるがね。折角対等の立場に並ぶものとして、個体名を明かしておこう。「リリー」だ。』
「くそっ......!」
『何故見えないと思う?』
「黙れ!!!!」
クリスは声のした方に発砲する。だが、やはり手応えは無かった。
その直後、背後に回ったリリーに、すかさずパールは拳を伸ばす。今度は素直に命中すると、リリーはそのまま軽く押される。だが、その長い髪から覗かせた命中面には、傷一つ着いてはいなかった。
「チッ、仕方ない。本気でやってやる!!」
パールは掌に爪を食い込ませ、そのまま手の中で結晶を弾けさせる。すると、身体の各所から連鎖的に破裂が始まった。
『それで良い。続けたまえ。』
「うるせぇ!!上位存在ぶってんじゃねぇぞ!!!!」
『ぶるも何も事実だ。最も、エリナは私達を下に見ていたようだがな。』
――――――
何も見えない。何も聞こえない。引き金を引く感覚すら、少し曖昧に感じて来る。ただ、アイツの言葉だけが、脳内に突き刺さる。
To be continued.




