#4『モノクローム』
〈翌日、暁の館、3番目の寝室〉
埃を被った棚に置かれた、埃を被ったランプや小物。窓は全開のまま昨日から放置されている。そこから流れるそよ風が、ベッドに横たわる2人の髪を撫でる。風に草木が揺られる音、車が行き来する音の中、ドアノブを捻り、部屋の中を覗く1人の影。
「......」
彼女は足音を立てぬように部屋に入る。ドアを閉め、少し進むと、仰向けになり今も眠りにつく2人の顔を覗く。彼女が2人を見つめていると、占めたはずのドアが突如開かれた。彼女は驚き、悲鳴を上げようとしたが、何とか口を押さえ踏みとどまった。部屋の入り口を見ると、そこに居たのは暁だった。
「おう、居たのか。驚かせてすまなかったな。」
「......」
「いえ、大丈夫です.....」
部屋の中心に佇む彼女は、自身の片腕を掴みながら透き通った声で答える。暁は音をたてないようにドアを閉めようとしたが、どうしても軋む音が辺りに響く。
「この部屋しばらく使ってなかったからなぁ、後で掃除しとくか。まぁ、そのベッドは一応洗濯しといて正解だったな。」
暁は部屋の中心に居るルピナスに近付こうとした。その時、暁の視界の端で、布団が微かに動いたのが見えた。暁は咄嗟にルピナスを自身の背後へ回すと、横たわる2人へ身構えた。
〈???〉
『頭がいたい。』
彼女は両目を片手で覆う。窓から差し込む日の光が、頭痛の原因らしい。
彼女はもう片方の手で体を支え、上半身を起こすと、その長い髪で顔が隠れる。少しだけ明るさに適応して来たのか、目を覆う手を離しても、頭痛はしなくなった。ここは一体、何処なのだろうか。
彼女は目を開く。左右で違う色。左目のハイライトが銃の照準のようになっている。
『この世界は、私が思うよりも、遥かに無機質な色をしている。』
彼女は窓の外を見る。やはり世界は無機質で、これと言って目を引くものはない。だが、自身が想像していた景色とは、全く異なるものが広がっている。
彼女は前を向く。そこに誰かが居るみたい。1人?いや、よく見れば、後ろにもう一人。片方は黒いコートに身を包む。もう片方は全身真っ白で、彼女が着てるワンピースは、目を凝らさなければ彼女と一体化しているようにも見える。黒いコートを着た男は、口に何か咥えてる。煙草のようにも見えるが、煙が出ていないのは何故だろう?
『目眩がする』
『あの人は無事なのかな。カプセルの中で、私をじっと見つめていたあの人。』
彼女は寝返りを打つ。
『あれ?なんだ、そばに居たんだね。良かった。』
彼女は隣のベッドで額を抑え、何かを睨みつける彼の方を向く。
『どこも怪我はない?大丈夫そう。私を守ってくれた彼は、私とは違って色が分からないみたい。』
『でも、目の模様がとても綺麗で、吸い込まれてしまいそうだった。ところで、何を睨んでいるんだろう?』
彼女は彼と同じ方を見る。そこには気絶する前の、ぼんやりとした記憶の中で、2人の前に立ちはだかっていた彼が居た。
暁は起き上がった2人をまじまじと見つめる。後ろに居るルピナスもまた、不思議そうに片方の人造人間を見つめていた。
『......』
張り詰めた空気の中で、最初に口を開いたのは、頭を抱えこちらを睨みつける人造人間だった。
『君は、私と同類なのか?』
彼女はルピナスと目を合わせる。ルピナスは彼女が話し終えるまでも無く、暁の背後に隠れてしまった。
『......』
彼女は暁と目を合わせる。
「この娘は人間だ。訳あって俺が預かってる。この街には、あんたらと同じ白髪の人間ばっかりだ。」
『白髪......私からしたら、何もかも白黒にしか見えないのだが。』
「なっ!?」
暁は動揺し、手元を見る。
「力加減を誤ったのか......?」
『いいや、違うよ。』
暁の問いに答えるように、もう一人が口を開く。
『この娘、私が最初に見た時から、色盲だったから』
「そうなのか?」
『うん、でも.......』
2人は顔を見合わせる。
『私の事は、ちゃんと見えてるんだよね』
『......あぁ。』
彼女の瞳に映るモノクロの世界、その中で唯一、彼女と目を合わせるもう一人が、鮮やかな色彩を帯びていた。それと同時に、視界の端に奇妙な景色が広がっていた。
『これは......!』
『......?何か見えたの?』
『......』
彼女は自身の視界に映るものを、どう言語化したものかと考える。彼女が考えながら目の前の彼女と目をそらすと、その異変は消え、元の景色に戻った。それにより彼女は、自身の身に起きた出来事に確信を持った。
『貴方と目を合わせた時だけ......世界が鮮やかになった。それは貴方が見ていた景色と、同じものだった。そう言ったら良いのかな』
『...つまり、私の見ている景色と同じものが見えたってこと?』
『多分.....』
「...あー、ちょっといいか?」
2人のやり取りを傍から見ていた暁は、2人が会話を終えると同時に話し始めた。
「とりあえず、あんたら2人の名前を考えないとだからよ」
『『......』』
『クリス』
『パール』
暁は自分が付けようと思考を巡らせていたが、その必要はなくなったようだ。
「あの部屋の紙に、私達の名前があった。」
暁は研究所跡で、全ての資料に目を通した訳ではない。その半分は、エリナが先に回収していたからだ。
「そうか、じゃあ俺も自己紹介といこう。加賀知暁だ。あんたらの生みの親「加賀知カイヤ」の父親。だからあんたらの保護者でもあるな。ってな訳で、よろしくな、クリスに、パール」
「えっと、ここってどこなんです?」
「あー、一応俺の家とでも思ってくれればいい。つまりあんたらの家でもある。それと、この部屋は好きに使ってくれていいぜ。」
「ふーん......ところで、後ろに居るのは?」
「この娘はおじょ......ルピナスってんだ。さっきも言った通り、訳あって俺が預かってる。あとはもう一人居るんだが......」
噂をすれば、ライラが部屋の扉を軽くノックした。
「入っていいぞ」
暁がそう言い終える頃には、部屋の扉は既に開かれ、黄緑色のパーカーを着た少女が暁の方に駆け寄っていた。
「洗濯物干し終わったよ!」
「おう、あんがとよ」
ライラは暁の次に、視線を感じベッドの方を向く。
「あ、目覚めたんだ!」
「紹介する。柊ライラだ。ルピナスと同じく、訳あって俺が預かってる」
「ライラでいいよ♪ねぇねぇ暁、この人達もここに住むの?」
「まぁな、そうだ、あんたら、腹減ってないか?」
一通り自己紹介を終えた一同。暁の問いに答えるように、ルピナスのおなかが鳴る。
「あぁっ......」
「それじゃあクリスとパールの服を持ってくるついでに、飯作って来るから、ここで待っててくれるか?」
「うん」
「はい」
「よし、ライラ、ルピナス、ちょいと手伝ってくれ」
「うん!」
「はい...」
3人は部屋を出た。部屋の扉が閉められると、再びそこには穏やかな時間が訪れた。
〈暁の館、1階廊下〉
「ねぇねぇ父さん、」
「ん?どうした?」
「あの2人の身体どうだった?」
「あぁ?なんか誤解してねぇか?別に何とも思っちゃいねーよ。まぁ、強いて言うなら、人造人間ってのは、性別って概念がねぇんだなって位だ。」
「ルチルも、性別は無いの?」
「多分な。」
「ふーん......」
ライラは2人と客間に向かいながら、窓の外を見る。
「ルチル、早く帰って来るといいね」
「......そうだな。」
3人は客間に着くと、暁とライラは飯の支度を、ルピナスはクリスとパールに着せる服の用意を始めた。
To be continued




