#3『重荷とは言い難い』
〈雨天 理性の街、暁の館前〉
3人は連れ出した人造人間を後部座席に乗せ、暁の館へと向かっている。暁は後部座席で人造人間の隣に座り、秘書は助手席に座る。
暁は窓に寄り掛かりながら、互いに肩を寄せ眠る人造人間を眺めている。雨の音とワイパーの音が、眠気を誘う中、暁が口を開く。
「そういやあんたら、いつルチルとカイヤの事を知ったんだ。」
車を運転しているエリナは振り返らずに答える。
「ヤグルマに聞いたんだ。私も彼女が何処でそれを知ったのかは分からない。だが少なくとも、彼女は彼らをどうこうしようという気は無かったようだ。」
「そうか......」
暁は窓の外を見る。気付けば自身の家が、すぐそこにあった。
「さてと、到着だ。」
「あー、雨降ってるんだが、どうやって運ぶ?」
「お任せを。」
助手席に座る秘書は、車から降りると同時に、半径2メートル近くある傘を広げた。
「私は車で待っているよ。あの子に見せられる顔が無いからな...」
あの子とはきっとライラの事だろう。彼女は自ら結界の向こうへルチルと向かったが、1人で帰って来た。彼女は罪悪感を抱えていたが、それはエリナも同じのようだ。
「さぁ、暁さん、こちらへ。1人ずつ運びましょう。」
暁は秘書に館の鍵を渡し、眠っている人造人間を1人抱えると、館の入り口へ向かった。
〈暁の館、玄関〉
2人が中に入ると、2階からライラが降りて来た。
「おかえり、父さん...と、えっと、どちらさん?それに......」
「ただいま。悪いが説明は後だ。もう一人連れて来なきゃいけないもんでな。」
暁は靴を脱ぎ器用に足で靴を並べると、空いている寝室へ向かい、2つあるベッドの片方に寝かせた。
もう1人も抱えて来ると、もう片方のベッドに寝かせ、布団を被せた。
玄関に戻ると、秘書が玄関でライラと他愛もない話をしていた。玄関先で、秘書と車内に居るエリナを見送ると、暁はようやくいつもの日常を取り戻した。
「父さん、どこに行ってたの?」
玄関の扉を閉め、再び館に上がると、ライラが口を開いた。
「説明すると長くなる。昼飯を食ってから話そう」
暁は厨房に立ち、パスタを茹でる。と言っても、本格的なものではなく、具材は輪切りにしたウインナー、ソースは雑にケチャップをかけて炒めるだけの、家庭的なものだ。特定多数の人間がこれを見たら、どんな反応をするだろう。
2人は食卓に着き、御馳走にありつく。暁はコートを脱ぐと、研究所跡から持ち出したペンと布切れをマグカップに入れ、客間の棚に置いた。
食後、2人で食器を片付け、客間のソファーに腰掛ける。先に口を開いたのは、ライラだった。
「それで......どこに行ってたの?」
「ちょっとエリナのとこにな。そしたらエリナに、あの研究所跡に同行するよう頼まれて、カイヤの研究資料を回収しに行ったんだ。そこの棚にあるのは......まぁ、そういう事だ。心配はいらねぇ。どの道そうなってたかもしれねぇからな。」
「どういうこと?」
「あんたには、話しといていいだろうさ。ルチルと一緒に居た時、何か感じなかったか?」
ライラは記憶を振り返る。ルチルと会った時から、回想を巡る。
「そういえば、どうしてルチルは、秩序の神子と面識があったの?」
「あいつは、人じゃないんだ。と言っても、じゃあなんなんだって思うだろう。あいつはな、カイヤの造ったクローンなんだ。」
「クローン?」
「あぁ。知っての通りカイヤのやつは、俺がさっき行ってきた研究所の中でも、トップの座に就く程のやつだった。カイヤの研究成果の一つにな、神子石ってやつが、人の意思に連動する原理を解明したって言うもんがある。」
「それ、凄い事じゃない?」
「そうだ。なにせこの物質はこの街のあらゆる所で使われてるからな。そんでこっからだ。あいつな、男が居たんだ。名前を胡蝶ニゲラと言う。そんでその間に子供が出来た。そいつがルチルのオリジナルだ。だがそいつは、俺の2人目の娘、セレナと一緒に、事故で亡くなっちまった。正確にはセレナは植物状態だが、一向に意識が戻る気配はねぇ。そのあとはまぁ......そういう事だ。研究資料を回収してる時、軽く目を通してみた。そしたらそこには、「決して既存の生物の体毛、血液、またはそれに準ずる何かを、人造人間の身体に混ぜてはならない」って書いてあった。カイヤの文字でな。クローンを造っちまった時のあいつの心情は想像したくもねぇ。とまぁそういう訳で、俺の知るルチルの全てだ。そんで話を戻すぞ。」
「俺が連れて来た2人、そいつらも人造人間だ。ただこの2人は、クローンではなく、純粋無垢なカイヤの子だ。そもそも自然の法則を乱しかねない命だが、自分の娘が残した命だ。どうしてもほっとけなくてな。って訳で、もしあの2人が目覚めたら...その......」
「大丈夫だよ、父さん」
言葉に詰まる義理の父親に、養子は助け舟を出す。
「人造人間でもクローンでも、結局は命でしょ?だったら、人と何が違うのさ。ね?」
「......そうだな、あんがとよ」
「さてと、長話してたら疲れちまった。ちと昼寝させてくれ。」
「うん。おやすみ、お父さん。」
暁はライラに背を向け、まっすぐと自室へ戻った。ライラは少しの間、カイヤの遺品を眺めた後、同じく自室に戻った。
〈加賀知暁の自室〉
暁は自分の部屋に戻り、そっと扉を閉めるや否や、側にあった本棚に拳をぶつけた。暁はその反動が伝わった手を抑える事はせず、その眼には涙があった。
「分かっていた。分かっていながら、どうして止められなかった」
暁には2人の娘が居た。2人共かつてあの研究所で、それぞれの部署で、日夜研究に明け暮れる日々を送っていた。カイヤはいつからああなってしまったのだろう。どうしてセレナとルチルは犠牲にならなくてはいけなかったのだろう。答えを見つけた所で、過去は過去になった。
「さすがにあいつらには、こんな顔見せらんねぇよな...」
暁は自室にある作業用のデスクに向かうと、明かりも点けず、その場で机に伏した。
「何故止めなかった......何故...止められなかったんだ......」
過去の自身への後悔と無責任な問いが、暁の思考を埋め尽くす。
「思えば俺はずっとそうだ。俺の愛した者皆、俺の手の届かぬ所で、勝手にどっか行っちまう。へっ、少しは頼ってくれたっていいだろう?なぁ、」
暁は懐から、裁縫針を取り出す。それは1つ1つ丁寧に革製のケースに入れられ、それぞれが違う光を帯びていた。だがその中に、糸を通したままの針が、微かに白い光を帯びていた。
「こいつは......あの研究所に居た.......?」
その糸は、その裁縫針を用いた治療が必要な者と遭遇した際、即座に取り出せるよう、あらかじめ結晶に括られていた。どうやら渡り廊下で遭遇したあの人型に、多少なりとも意思があったらしい。それよりも、想像したくもない恐ろしい仮説が、暁の脳をよぎる。
「カイヤ......お前なのか......?」
暁は裁縫針を用いて治療を行う際、裁縫針の先を軽く額に当て、その中に刻まれた情報を読む。それは針を使った相手の過去を、断片的に覗く事が出来るものだ。
微かに光る裁縫針。暁はそれを額に当てようとしたが、手が震え、涙で視界がぼやけ、中々それが出来ずにいた。だが身体的な要因だけではなく、そこには確かにためらいがあった。
「......いや、これは見ないといけない。必要な事だ。カイヤの味わった事に比べれば、造作もない事だ」
暁は袖で涙を拭うと、深呼吸をし、それを額に当てた。
〈???〉
『特別棟にて緊急事態発生。直ちに建物から避難してください。繰り返します......』
サイレンの音が耳をつんざく。記憶の主は、研究室を飛び出て、廊下へ出る。だが、それはカイヤの研究室からではなかった。どうやらカイヤではない、誰かの記憶のようだ。彼は廊下から会談へ直行し、まっすぐ下の階へ向かう。窓の外の景色を見るに、今居るの3階のようだ。彼は階段で2階へと降りた。廊下へ出るとそこには、暁が今まで見たことも無い、黒い稲妻のようなものが無数に伸びていた。記憶の主は、その稲妻に貫かれると、そのまま針の中の記憶は終了した。
暁は、針をケースにしまう。最後に見えたあの黒い稲妻の様なもの。それは確かに見た事が無かったが、暁は心当たりがあった。
「魔女が、あそこに居たのか.....?」
暁の目から溢れていた涙は、いつの間にか引っ込んでいた。
「あれが......魔女.....黒い波ってやつか?」
暁は頭を抱える。それが分かった所で、今は何か行動に移す活力など残ってはいなかった。
To be continued




