Episode:【RoP】前編
※このお話は、人によっては精神的に大変深い傷を負う事、または既に深い傷を負った方の傷を掘り返しかねない描写が含まれます。スキップしても、物語の理解にはあまり障りありません。その為、以下の描写に耐性が無い方は、このお話をスキップし、中編から読み進める事をおすすめします。
『いじめの描写、それに伴う残虐な描写、精神的負荷の描写』
そして、この前書きの下にちょっと気になる文言が見え好奇心が抑えられないが、なるべく上記の描写を避けたい方は、彼が現場に向かうまでを読めば、その好奇心を満たしつつ、上記の描写を避けられますので、ご安心ください。
〈理性の街北西部、墓地〉
「—――――」
命は廻り、失われると共に、新たな生命へと受け継がれて行く。
争い事の神子の信仰は、島全体に布教しており、理性と本能の街もまた、例外ではない。
死者は双子の神子の区画、高い高い霊峰へと昇り、山頂の泉に還ると言う。
水は生命の象徴。この墓地もまた、人工的に作られてはいるものの、人々の祈りが込められた川が、墓地を囲う様に流れる。
「—――よぉ、姉貴。」
墓地に来た男は、缶ビールを墓石の上に置くと、懐から棒付きキャンディーを取り出し、包み紙をもう片方のポッケに入れ咥える。
「......あれから、話せてなかったからな。っと言ったって、残念ながら俺の口から出る話に、ポジティブなもんは1つもねぇ。珊瑚とトリカがお尋ね者になった、とかな。何があったかは知らんが、エリナから生死問わず、逃がすなって言われた。流石に逆らう訳にはいかねぇからな。だからと言って、マーカサイトを巻き込む訳にもいかなかった。あいつは少々、繊細な所があるからな。」
口の中のキャンディーは、本来果実よりも甘いものだが、今は目の前に置いてある苦い炭酸よりも、遥かに苦く感じられた。
「—―そんで、お尋ね者つった通り、逃がしちまったよ。ハァ、流石にお前がタメでやってやっと勝てる相手だってのに、俺が叶うはず無ぇからな。...こういう時、お前は空気も読まず、爆笑してんだろうな。お前はいっつもそうだ。なんで不幸な目に逢った時、自他共に笑ってられる?—―――白状するよ。俺は、お前がうらやましいんだ。敵と駆け引きなんてする余裕俺にはねぇ。だからマーカサイトと組んでるんだけどな。俺だって、1人でも何かを成し遂げてぇよ。」
prr—――
人の世から離れた場所。あの世から最も近く、最も遠い場所。信仰では太古の昔から、この場で受け取る報せはどんなものであれ、その人をどちらにも導きうる試練となる。
「チッ、」
カルサイトは飴を棒ごと噛み砕くと、携帯を手に取った。
≪カルサイト、新しい任務だ。既にマーカサイトも現場に向かっている。それと、今回は新人を入れての任務となる。世話を頼めるか?≫
「新人?」
≪まぁ、会ってみれば分かる。ちゃんと使える人材を用意できたから、好きに使ってくれ。≫
「使うって―――まぁいい。現場は何処だ?」
≪西にある住宅街近くの学校で、大規模な殺人が行われたそうだ。それと、そこに通っている1人の生徒が行方不明になっている。頼んだぞ。≫
「...あぁ。」
カルサイトは墓地を出ながら電話を切ると、路地を通って現場へと向かった。
〈数ヶ月前—――理性の街西部、学校〉
入学式。校庭の脇に生い茂る桜の木。既に花は散り始めており、残っている薄桃色の花びらの隙間から、赤緑色の葉が顔を覗かせる。
〈学校、1年教室〉
「天竺ゼラです。同じ中学の人が同じクラスに居ないので、馴染めるように頑張ります。よろしくお願いします。」
天竺ゼラと名乗った人物は、前の席に座る生徒が自己紹介を終えると、緊張しながらも立ち上がり、しっかりと役目をこなしてみせた。その後もスムーズに自己紹介は進み、始業式は無事に終わった。
〈数日後―――学校、体育館〉
ゼラは中学校の頃、不登校気味だったのもあり、あまり体力が無く、身体も細く小さかった。
その日の体育はドッジボール。クラスを半分に分けられ、内野の生き残りの人数で競う。
ゼラが向かう相手チームは、運動部の生徒が多く、ゼラの身長よりも頭2つ程高い身長の生徒もいた。
「......」
幸いゼラは小学校の頃から、投げるのは下手でも、避けるのは小柄なのもあり得意だった。
得意を生かし、高校なのもあってのさすがの人数に戸惑いながらも、なんとか生き残る事に全力を賭した。
そして、とうとう生き残りがゼラ1人になった所でボールが1つ増えたが、なんとか時間切れまで躱し切った。
「よしっ.....!」
ゼラは喜びのあまり、その場で軽く跳ねながらガッツポーズを取った。
「クスクス―――」
だが、その喜びも束の間、生き残ったゼラを称える者など居らず、聞こえるのは冷笑のみだった。
「—――」
ゼラは不登校の経験と、孤立していたのもあってか、既に出来ている周りの友達グループに中々入れずに居た。
授業が終わり、ゼラが更衣室に向かおうとした所で、男子生徒の1人が行く手を阻んだ。
「お前面白れぇ奴だな。よしっ!とか言って」
阻んだ生徒は先程対面に居た、運動部の生徒だった。
彼は友達を連れてゼラを囲むと、ゼラの事を笑い者にしてみせた。
(ゼラっぴだ!!)
(そうやって呼ぶと怒って追っかけて来るんだよね!面白ーい!)
(おいあいつゼラっぴだってよ!モテモテだな!!)
「っ―――」
ゼラは生徒と目を合わせぬまま、横を通って更衣室に向かおうとする。だが、今度は阻んだ生徒がゼラの脇腹から腕を通しゼラを抱えると、そのまま持ち上げた。
「軽っ!?おい!持ってみろよ!!バカ軽いぞこいつ!!」
「本当だ!!」
ゼラは既に死んだ魚の目をしていた。手を差し伸べる者は居ない。存在するかすら分からない。
どうしてもゼラから声を上げる事は出来ず、彼はやっと自由を手にすると、そそくさと更衣室のドアを閉めた。占めた後も、ドア越しに笑い声が聞こえる。それが自信に対するものでなかったとしても、その時は他者のあらゆる感情が自分へと向けられているものだと錯覚した。
〈数か月後—――天竺家〉
「どうした?」
「—――学校、行きたくない。」
「またぁ?」
ゼラの母親はゼラから事情を聞いた。中学校の頃にも同じような事があった為、話はスムーズに進んで行った。
〈さらに数日後―――学校、対談室。〉
「—―それで、」
ゼラは後日母親と学校に赴くと、母親越しに事情を生徒指導の教師に伝えた。
「それでゼラ君はどうしたいの?」
「えっ......」
「だから、私にどうして欲しいのか言わないと伝わんないだろ?」
「それは―――その、怒って――ほしい?」
「おん、分かりました。それで解決する?」
「—――」
生徒指導の質問攻めは、とてもいじめ被害者に向けられたものでは無かった。
母親の方に視線を移してみたが、母親は貴方への質問なんだからあなたが答えなさいと言わんばかりの視線を向けて来た。
「っ......!」
「それで?どうしたいんですか貴方は」
「......しばらく、休みが...欲しいです。」
「どれくらい?休んだら解決する?」
「.........」
ゼラは今にも泣き出しそうだった。ただでさえ1つの机と4つの椅子しか入らない狭い空間が、余計に狭く感じた。
「......1週間、くらい?」
「そんなに休まないと治らないもんなのか?」
「っ!!」
ゼラはその場で発狂したかったが、なんとか質問攻めを耐えきると帰宅し、そのままベッドで横になった。
思えば、ここでとっくに壊れていたのかもしれない。
〈学校、送迎バスの中〉
バスの中は、学校とも自宅とも違う、隔離された空間のように感じる。十数台あるバスの1つ、目的地にたどり着くかどうかの不安、降り忘れの不安、他の生徒達の視線。
その日は連休前なのもあり、重たい鞄を窓側の席に置き、通路側の席に座る。幸いゼラの乗るバスはそこまで下校の際に乗車する生徒がおらず、重荷を下ろすスペースも確保しやすかった。だが、通路側に乗る選択をしたのが間違いだった。
「—――♪クスクス、」
「......あ?」
ゼラはふと辺りを見渡す。ゼラの通う学校は当然、中学校が同じだった生徒も違うクラスにおり、バスの中では居合わせる事もある。
ゼラが斜め前方の席を見ると、そこには時折こちらを覗く窓側の小太りした女子生徒と、席の死角からスマホのカメラをこちらに向ける小柄の女子生徒が居た。ゼラがカメラを激しく睨みつけると、女子生徒の方から更に笑い声がした。
後日再び生徒指導の質問攻めの後知った事では、女子生徒は確かに動画を撮っており、動画はネット上に拡散された可能性があると言う。だが、その女子生徒が罰を受けたのか、どんな処罰が下されたのかは一切ゼラの下には入ってこなかった。
〈数ヶ月後—――〉
誰かに打ち明けたい。誰かに相談に乗ってほしい。それでも、信頼できる人間は居ない。母親すらも、今では敵に見えてくる。だけど、夢を諦める訳にはいかない。ゼラは何度も休みながらも、なんとか登校を続けていた。その度に、また2つ前の席のあの生徒にいじめを受けるのではないかと言う思考に囚われ、それを紛らわせる思考に集中するあまり、成績もみるみる落ちて行った。
「—――赤、点?」
「成績が赤点の人はその科目の課題が出るから、それを提出するんだぞ。じゃないと留年だからな?」
「「「はーい」」」
赤点になったのは5科目の1つと専門科目。その他は赤点を回避したが、1点でも逃したら赤点になっていたであろう科目ばかりだった。実際はそんな事無かったが、そうとしか思えない。自身の得意は理解しているが、その得意ですら、自身が無くなっていた。
そして、怒られたはずの生徒達も、謝罪はおろか改善の余地も見られなかった。
生徒達はゼラにやたらと友好的に接するようになったが、その1つ1つを、ゼラが信じられるはずも無かった。
「—――うるせぇババア。」
「あ?なんか言った?」
「—――――何も言ってない。」
ゼラは赤点の科目の課題を受け取ると、そそくさと帰宅のバスへと向かった。
〈数日後—―実習室〉
ゼラの通うクラスは専門科目のあるもので、その道の大手への就職もある輝かしいものだった。
だが、今やそんなものは遥か遠くにあり、心を壊してでも取りに行く価値を感じられない。
そんな中、実習室での実習が終わり、昼休みになると、担任の教師がこちらへやって来た。
「ゼラ、お前もう休むな。出席日数が足りなくなるから」
「—―――」
ゼラにはもう、そんな言葉は通用しない。でも、自身より立場の高い者の言う事には、逆らう事も出来なかった。心の中では、何か動かなくてはならないと分かっている。大声を上げてもいい。その場で倒れたって良い。だが、そうなった私を誰が拾い上げてくれるのだろうか。あの日あの時、私が必死に足掻けていたら、誰かが手を取ってくれる事はあったのだろうか。
〈数日後―――天竺家〉
「.....」
ゼラは母親の仕事柄親が先に家に出るのもあり、その後ゼラがやる事など知る由も無かった。
ゼラは布団の中から出る事無く、ただ動こうともしない。動けないのか動けないのか、そんな事すらどうでも良くなっていた。出席日数の話をされてから、その情報は当然親にも渡っており、親に休みたい意志を伝えても、当然それが許される事は無かった。
「もう......嫌だ。」
ゼラは絶望の底で、意識を沈めた。
〈数時間後―――〉
ゼラの住む家は老朽化が進み、建物に伝わる微かな衝撃でも、家中にその音が響き渡る。
ゼラは母親が家の鍵を開ける音と共に目を覚ますと、急激に心拍数が上がり、目に涙を浮かべた。
「ゼラ!!なんで学校行ってないの!!!」
「......行きたくない...!!」
「駄目って言ってるでしょ!出席日数が――」
「うるさい!!!!」
誰でも言い、ここから助け出して。ここから、少しでも高い場所へ。光の差す方へ―――
「......」
流石の母親も、珍しく感情を表に出したゼラに押し黙ると、学校に電話した。
その後、ゼラは制服に着替えると、再び対談室に入った。だが、ゼラの前に現れたのは、担任の教師だった。
「それで、何があったんですか?」
担任の教師はゼラが生徒指導に詰められていた時も居た。だが、ゼラがいじめにあっていた事実を知りながらも、その質問を飛ばして来た。
「っ—――精神的に、限界がきて......」
当然母親は無言。ただゼラに視線を飛ばす。
「まぁ、そうですよね。それで、あなたはどうしたいんですか?」
「っ!!!」
またこの質問。
「分からないなら分からないで良いんですよ?でも、言わないと伝わらないでしょう?」
「—――」
まさに生き地獄。それでも、いっそ楽になってしまえばいい。そんな結論には至れなかった。
夢と言うのはとても重たい枷であり、それを外すには、自らが何者でもない、無となる覚悟が、それまで生きて来た全てを、否定する覚悟が必要となる。ならば、どうすればいいのかなんて当然分かるはずが無い。
『やってしまえよ』
「—―え?」
ゼラは咄嗟に周りを見渡す。だが、声の主はどこにも居ない。教師と母親には、この声が聞こえていないようだった。
『とっくに気付いているんだろう?お前の居場所は何処にも無いんだって事。だったら、自分以外は全て敵なんだ。』
(—――なんで?どうしてそんな事言うの?)
ゼラは反抗など出来ない。ただ、心の中でそう声を上げる事しか出来ない。実際に口にする事なんて出来ない。『どうせやった所で、全て無駄なのだから。』
『簡単な事だ。もう一度言う。お前の周りにいる者は、お前にとって敵なんだろう?だったら、どうするべきか?無論、夢を叶えると言う事も考えながら、』
(—――――!?でも、そんな事したら)
『私はお前を助けに来たんだ。この手を取らぬと言うのなら、それもまた一興。お前は唯一差し伸べられたこの手を、取るのか?それとも他に伸びるかも分からない暗闇で、一生泣きべそ掻いてるか?』
「—――っ!」
「ゼラ!?」
ゼラは突然席を立ち、扉を乱暴に開けると、その場を逃げ出した。
「待て!!」
教師と母親はゼラを追いかけるが、ゼラは小柄なのもあり、あっさりその先にあった生徒の群れ潜って行った。
〈学校2階〉
「どこに行った!?」
2人は必死になってゼラを探す。職員室の横にある階段を駆け上がると、正面にはゼラの受けている科目の実習室がある。教師が実習室の隣、準備室を窓越しに見ると、そこには生徒1人1人の為に作られた、包丁をしまうロッカーがこじ開けられ、その内の1つから、包丁が抜き取られていた。
「ゼラ!!」
母親は準備室の扉を開け、室内を見渡す。だが、何処にもゼラの姿は無かった。何故なら、それが母親の最後に見たものとなったのだから。
「ぐがっ!!?」
室内の死角、扉の上から室内に入ってきた母親の喉に、ゼラは包丁を入れた。
「—―――――」
ゼラは床に落下すると、その場で深紅に染まった自身の手と包丁を見つめると同時に、視界が右目から真っ赤に染まって行く。
「ふへっ......へへへへ―――」
「なっ!?」
教師はその場で立ち尽くしていた。目の前で起こった事が信じられなかった。まだ若かったのもあり、心の中では分かっていても中々行動に移せずに居た。
ゼラが起き上がり、教師に斬りかかろうとした所でようやく体が動いたが、全て遅かった。
ゼラは教師の腹部に体重を乗せて包丁を突き刺すと、そのまま上に切り上げた。
「先生!!!??」
当然平日。授業中に異音がした廊下に、生徒達が出て来ると、全身が真っ赤に染まった彼に向かって悲鳴を上げる。その教室の担任が生徒を引かせたが、全てが遅かった。ゼラは教師を筆頭に、視界に移る者を全て切り刻んで行く。真っ赤に染まった校舎。だが、ゼラは何処か、心が澄んでいた。
「—――!」
『どうだ、気分は。』
「—―そうだよ。なんで今まで気付かなかったんだ。」
ゼラは既に亡骸となった担任の教師の頭部に、もう1度包丁を突き立てる。
「そうだよ!!いじめの加害者は群れの仲間外れを敵とみなす。なら、仲間外れになった奴にとって、そいつらは敵じゃないか!!!アハハハハハハハハ!!!!」
ゼラは高らかに笑うと、1階の人々に遺体が見つかる前に、自身の通っていた新校舎へと向かった。
To be continued.
謝罪で許せたことだったら、こんなもの書いてない。
書きたくなかった。




