#16『篝火を灯す』
〈深夜、暁の館、クリスとパールの部屋〉
パールが帰宅する頃には、館の灯りは全て消えていた。
月明かりが天井のドーム状のガラスから差し込み、広間の大木を照らす。
「......」
(2人共優しく私の手を引いてくれて、沢山の発見があった)
「...いつか、一緒に......駄目だ、私がクリスを護らないと。だから...しばらくはお預け......」
パールはクリス寝顔を少し眺めた後、眠りに着いた。
〈数日後—――〉
パールはカルサイト達と共に、治安維持に努めていた。
最近はこれと言って目立った事件や不可解な出来事も無く、逆に言えば、神子石についての情報等は、カルサイトに任せっきりになっていた。
〈ペグマタイトタワー、地下1階、研究室〉
キーボードの心地良い音と、時折混じる舌打ちのような音。部屋の前を通りがかったゾイサイトが部屋の主に声をかけると、細い円筒状のお菓子の蓋が、弾丸の如き速さで、入口に立つゾイサイトの額にクリーンヒットした。
「いたっ!?ちょっと!」
「ん?あぁ、すまん。」
カルサイトは一瞬こちらを向いた後、再びモニターに向かい、円筒の中からチョコの粒を1つ口に弾いて入れた。
ゾイサイトは床に落ちた蓋を拾い上げると、入口のすぐ横にあるごみ箱に入れた。
「はぁ...ねぇ、脇腹は大丈夫なの?」
「あぁ......あ?あぁ......はぁ、」
「その...あの時は、ちょっと言い過ぎたわ。私も悪かった。」
「...まあ実際、あの時はこの結晶を以てしても、かなり危うかったからな。お前は間違ってない。だからもうこの話はこれっきりだ。いいな?」
「えぇ...。」
カルサイトは絶えずキーボードをカチャカチャ鳴らす。培養液の中やトレーにある神子石は、尚も赤い文様が輝き、それが失われる事は無かった。
「その石、何か分かった?」
「まぁな。少なくとも、これらは普通の神子石と変わらない性質を持ってるって事だ。あとは、なんでか知らんが、俺らが使う神子石と違って、人の意思を増幅させる媒体としての役割を持つって所か?」
「それ、大分危険じゃない?」
「あぁ。言ってしまえば違法薬物と大差無いな。だからこそ、一刻も早く出所を突き止めねぇと。」
「でも最近、私達ビックリするくらい暇じゃない?」
「まぁな。ん?」
カルサイトは複数あるモニターの1点を凝視する。
「どうしたの?」
「もしかしたら、探知機的なの作れんじゃねえか?これ。」
「本当!?だとしたら凄い快挙よ!!」
「まぁ待て。その為にはまず...まず......」
「まず?」
「...ハァ......やっぱ何でもない。忘れてくれ。」
「噓でしょ?」
ゾイサイトは部屋にあるカルサイトがまとめた資料に一通り目を通した後、部屋を後にした。
〈夕暮れ、暁の館〉
パールが館に戻ると、窓越しにクリスが見えた。
「今日は早めに帰れたし、クリス―――」
窓越しに見えるクリスは、ライラとルピナスと一緒に、楽しげなひと時を過ごしていた。
「......あんなに笑ってるクリス、初めて見た―――」
パールは館のドアノブに手をかけると同時に、ある感情が芽生える。身体が突如として火照りだし、両手が痙攣を始める。
「なに?これ...私、どうしちゃったんだろ。クリスが楽しくしてるのを見て――私—―――まさか―――」
パールは館から少し離れ、木蔭で木の幹に寄り掛かる。
「はぁ...はぁ......」
心臓の鼓動が、次第に早まっていく。初めての感情に能力が暴走しようとしたのを、パールは必死に制御する。
「はぁ...?私も混ざればいいじゃん。皆で仲良く―――ほら、クリスだって―――――」
鼓動は絶えず響く。体の震えが止まると、パールは自らを疑う。思っても居ない言葉達が、心を満たす。
(私は、クリスを護るために、私達の生活を護る為に戦ってる。)
あの子達、いつも一緒に居るのかな。
(違う、嫉妬なんかじゃない。私はクリスの事が好き。それだけ)
要らない...?邪魔?何の話?
(好きだから、好きな人の為に何かしてあげたくなるのは当然—――)
私の大切なモノ?私から取らナいデ?
(それに、約束だってしたじゃん。いつか一緒に、お出かけするって。)
ちがっ......私は傷つけたい訳じゃ......ぁ...でも、彼女、楽しそう......
―――でも、それっていつ?)
「......?」
クリスはふと、窓の外を見る。外は変わらず涼しい風が吹いており、庭の草木が風に晒され踊っている。
「クリス、どうしたの?」
「あぁ、いや、なんでもない...」
「ふーん―――」
2人は尚も窓の外を見るクリスを見つめる。
「パールさん、早く帰って来ると良いですね。」
「あぁ。」
その日は結局、パールが帰ってくる事は無かった。
〈深夜、ペグマタイトタワー、地下1階〉
「...あれ、パールさん!?こんな深夜に、どうかなさいました?」
「いやー、あはは、ちょっとね。眠れなくって。」
〈翌日、暁の館。〉
「......」
ルピナスがクリスとパールの部屋を訪れると、クリスは窓辺で黄昏ていた。
「クリスさん......」
「ん?あぁ、ルピナス。何か用?」
「......」
ルピナスはその場で俯く。窓から風が吹き抜けた後再び口を開く。
「クリスさん、」
「...?」
ルピナスは両手を合わせると、ゆっくりとそれを開く。すると、ルピナスの指先から次第に白い糸が伸びて行き、それらはルピナスの周りを漂い始めた。
「クリスさんは、行くべき場所があると思います。」
「...っ!!」
「勿論、私達は、貴方方の居場所であり続けます。ですが、貴方には、もっと大切な人が居る。まぁ、優劣なんてつけちゃいけないのは分かってますけど、それでもクリスさんには、パールさんと共にあるべきだと、私は思っています。」
「ルピナス、その力—――」
「お庭でやれるとよかったんですけど,,,さすがに目立ちますよね。一緒に来てください。」
ルピナスは糸をしまうと、クリスを連れて外に出た。
向かった先は――――――
〈南中、理性の街、山麗、倉庫跡〉
整備されていない山道、ガタガタの道を、ルピナスに手を引かれながら進む。開けた場所に出ると、そこには既に荒廃し切った倉庫があり、ルピナスはその中へと真っ直ぐクリスを誘う。
「ここは...?」
「さぁ?私にも分かりません。だけど、人目に付かない所で、ぱっと思い浮かぶものが、ここしか無くって」
「なるほど...?」
「あぁっ、でも暗いですね。ちょっと待っててください。」
ルピナスは再び指先から糸を伸ばす。やがて倉庫の隅から隅まで伸びると、糸は窓から入る陽の光を反射し、倉庫全体を照らし始めた。
「これなら見えますか?」
「あ、あぁ...」
「じゃあ、始めましょうか」
「何を...?」
「パールさんがやっているのは、治安維持、ですよね。だったら、戦う場面もあるでしょう?だから、私が特訓してあげます。」
「......」
クリスはきょとんとしていたが、すぐに倉庫に入り、素人ながらに構えた。
「っと、その前に、準備運動しましょっか」
To be continued.




