第15話「巨大な影」
「翡翠、さっきの粉塵の件、続けてもらっていいか」
蒼司は剣を構え直しながら、通信に呼びかけた。
「――了解。埃立てりゃいいんでしょ? ありったけぶち込むよ」
「頼む。」
「毎回思うけど、見えない敵を何度も座標に合わせて撃ち込まされるの狙撃手として、おかしい」
文句を言いつつも、翡翠はすでに次弾の準備を始めているようだった。
「紅華、行くぞ」
「言われなくても」
紅華はそう言うが早いか、両手の拳銃を構え、粉塵に浮かんだ輪郭目掛けて連射を始めた。
「――そこ、いるんでしょ! ほら、逃げてないで受けてみなよ!」
銃声が響くたびに、うっすらとした人型のシルエットが震える。命中の手応えは確かにあった。
やがて再び、甲高い風切り音が上空から近づいてくる。
「来るぞ、伏せろ!」
蒼司の声と同時に、無数の光弾が放物線を描いて降り注いだ。轟音と共に土煙が舞い上がり、周囲一帯が瞬く間に白く染まっていく。
「――今だ!」
蒼司は土煙の中へと躊躇なく飛び込んだ。粉塵に覆われたことで、敵の輪郭がはっきりと視認できる。
「――やっと拝めたぜ、その面。ハッキリとは見えねぇけどな!!!」
蒼司は青と白、二本の剣を構え、粉塵越しに浮かぶシルエットへと斬りかかった。
「うおっ!?」
初めて、明確な悲鳴が上がる。姿さえ見えれば、もうこちらのものだった。
「見えたらこっちの土俵じゃない! 覚悟しなさいよね!」
紅華も負けじと踏み込み、至近距離から銃口を突きつける。
二人の連携は、これまでとは比較にならないほど噛み合っていた。姿の見えない時は勘だけを頼りに戦っていたが、輪郭さえ見えれば、動きの予備動作、重心の傾き、力を溜める瞬間――すべてが読み取れる。
「――そこ、避けても無駄だぞ!」
蒼司が振るった剣が、敵の動きを先読みするように軌道を変え、確実に命中する。
「効いてる、効いてる! ざまあみろってんだ!」
「調子乗るのは倒してから言いなさいよ」
紅華にたしなめられつつも、蒼司の勢いは止まらなかった。
だが、それでも敵はしぶとかった。
「――おいおい、いくらなんでも硬すぎるだろ!」
これまでの経験なら、とうに絶命していてもおかしくない一撃を何度も叩き込んでいるはずだった。それでも、粉塵に覆われたシルエットは、なお動き続けている。
「化け物の頑丈さ、ナメてたわ」
紅華が弾倉を交換しながら、僅かに息を切らした。
「文句言ってる暇あるなら、もう一発撃てよ!」
「言われなくても撃ってるっつーの!」
二人は苛立ちを滲ませながらも、決して手を止めなかった。姿さえ見えれば、あとは削り切るだけだ。単純な理屈が、確かな支えになっていた。
「――そろそろ、頂くぜ!」
蒼司は大きく踏み込み、二本の剣を交差させるように振るった。狙いは、敵の右腕――攻撃の起点となっている部位だ。
「――ぐああっ!」
初めて、はっきりとした断末魔じみた叫びが響いた。斬撃は正確に命中し、粉塵越しのシルエットから、右腕が宙を舞う。切り飛ばされた腕は、地面に落ちると同時に、瘴魔特有の紫がかった体液を撒き散らしながら光の粒子となって消えていった。
「――よっしゃ!」
蒼司が拳を突き上げる。
「これで形勢逆転だな!」
「調子乗るの早いって言ったばっかりじゃん。でも――」
紅華の口元にも、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「――悪くない流れだわ」
そこからは、一方的な展開だった。蒼司が斬り込み、紅華が撃ち込み、時折翡翠の追加爆撃が的確に着弾する。
「ほら、次はどこ狙う? 好きに言いなよ、私が撃ち抜くから」
「土手っ腹!真ん中! そこ削れば痛がるだろ!」
「了解――もらった!」
紅華の銃口が火を吹く。狙い違わず、粉塵に浮かぶ胴体の中心に着弾した。
敵の動きが、目に見えて鈍くなる。
「――今だ、詰める!」
蒼司が踏み込み、剣を振るう。斬撃のたびに、敵は体勢を崩し、反撃の精度も落ちていった。
「もう終わりじゃない、これ?」
紅華が言うと、蒼司もにやりと笑った。
「だな。――紅華、仕上げやるか」
「言われなくても」
紅華は、両手の拳銃をまとめて構えると、ふらつく敵のシルエットへと、限界まで距離を詰めた。
「――これで、終わりね」
銃口を、ほとんど密着させるようにして突きつける。
「食らいなさい」
零距離からの一撃が、轟音と共に放たれた。
瞬間、あれほどしぶとかった敵の気配が、ふっと消えた。
「――え」
紅華が目を見開く。
次の瞬間、纏っていた見えない力が解けたかのように、粉塵に覆われていたシルエットが、その姿を完全に露わにした。人と獣が入り混じったような、歪な瘴魔の体躯が、力なく地面に突っ伏す。
「……終わった、か?」
蒼司が剣を構えたまま、慎重に近づく。
瘴魔はぴくりとも動かなかった。完全に沈黙している。
「――終わったっぽいね」
紅華も、警戒を解きながら息を吐いた。
「はぁー……疲れた。ってか、めちゃくちゃ硬かったよね、あいつ」
「だな。まさか腕切り飛ばしても粘るとは思わなかった」
二人はしばらく荒い呼吸を整えてから、顔を見合わせて笑った。
「よし、報告するか」
蒼司はデバイスを操作し、通信を紫音たちに繋いだ。
「紫音、聞こえるか。討伐完了した。姿の見えない例の敵、倒したぞ」
「――お疲れ様。無事で何よりだ」
紫音の声が返ってくる。安堵の色が滲んでいた。
「そっちは変わりないか」
蒼司が尋ねると、少しの間があった。
「――報告しておきたいことがある」
紫音の声が、僅かに硬くなる。
「なんだよ、改まって」
「白雨さんたちからも、別の場所で連絡が入った」
紫音は、一拍置いてから続けた。
「――デカイ瘴魔は、そいつだけじゃない」
その一言に、蒼司と紅華の表情が同時に強張った。
「……は?」
「詳しいことはまだ分からない。だが、今この瞬間も、別の場所で、蒼司たちが倒したのと同規模、あるいはそれ以上の個体と交戦している班がある」
「――マジかよ」
蒼司が、思わず声を漏らす。
「ああ。マジだ」
紫音の声には、これまでにない緊張が滲んでいた。
蒼司「……勝ったな」
紅華「勝ったわね」
蒼司「透明な敵を倒したぞ」
紅華「よくやったじゃん」
蒼司「俺たち、成長したな」
紅華「そうね」
蒼司「これで一件落着――」
紫音「――いや、まだ終わってない」
蒼司「……」
紅華「……」
蒼司「空気読もうぜ、紫音」
紫音「事実を伝えただけだ」
紅華「まあ、そうなんだけどね」
蒼司「せめて数分くらい余韻に浸らせてくれてもいいだろ」
翡翠「ちなみに私は余韻に浸る暇なく次の準備してるんだけど」
蒼司「……ごめんなさい」
翡翠「感謝するなら、次から私を便利な砲台みたいに扱うのやめて」
紅華「無理じゃない?」
蒼司「即答するなよ」
翡翠「で、次はもっとデカい瘴魔なんてオチなんでしょ?」
紫音「可能性は高い」
蒼司「……」
紅華「……」
翡翠「……」
蒼司「とりあえず」
紅華「なに?」
蒼司「今は勝利を喜ぼう」
紅華「現実逃避じゃん」
蒼司「大事だろ、そういうの」
翡翠「まあ……少しくらいならね」
紫音「……本当に少しだけにしてくれ」
蒼司「次の戦いのことは、次の俺たちに任せる!」
紅華「それ主人公が言う台詞じゃないでしょ」
翡翠「まあ、蒼司らしいけど」




