第14話「二人だけの戦場」
「――やるか」
「――やろっか」
蒼司と紅華は、それぞれの武器を構え、見えない気配の中心へと意識を集中させた。
次の瞬間、空気が唸った。
「――っ!」
蒼司が咄嗟に身を捻る。何もなかったはずの空間から、一撃が斜めに振り下ろされた感触が確かにあった。剣先を合わせると、金属同士がぶつかるような硬質な音が響く。
「こっちにも来た!」
紅華が背後を振り返りざま発砲する。銃声と共に、何もない空間から鈍い呻き声のようなものが漏れた。
「当たったっぽいけど、致命傷って感じじゃないね」
「向こうも本気ってわけか」
蒼司は剣を握り直し、感覚を研ぎ澄ませた。姿は見えない。だが、確かにそこに「圧」がある。空気が押し出される感触、殺気とも呼べる粘つくような気配。それを頼りに、彼は次の一撃を読んだ。
「そこだろ!」
剣を横薙ぎに振るう。手応えがあった。何もない空間から、瘴魔特有の紫がかった体液が飛び散る。
「見えなくても斬れるもんだな、意外と」
「調子乗んないの。まだ全然倒せてないんだから」
紅華の言う通りだった。斬りつけても、撃ちつけても、敵は致命的な一撃を受ける前に、するりと間合いを外していく。まるで、こちらの攻撃の軌道を見切っているかのようだった。
「こいつ、動き速いし、しかもこっちの手の内読まれてる気がする」
「見えてないのはこっちだけって、控えめに言って腹立つんですけど」
紅華が悪態をつきながら、二丁の拳銃を構え直す。彼女は右手で正面を牽制しつつ、左手で側面に一発撃ち込んだ。
「――っしゃ、当たった!」
今度は明確な悲鳴が上がる。命中したのだ。だが、次の瞬間、紅華の足元が大きく揺れた。
「うわっ!?」
「危ねっ!」
地面が抉れるように陥没し、紅華の体勢が崩れる。蒼司はすぐさま彼女の前に割り込み、見えない一撃を剣で受け止めた。
「大丈夫か!」
「平気平気、ちょっとバランス崩れただけだから」
紅華はすぐさま体勢を立て直し、再び銃を構える。
二人は背中合わせになり、周囲を警戒しながら少しずつ位置を調整していった。
「――おら、姿くらい見せろよ。それとも見せられない理由でもあんのか?」
蒼司が挑発するように叫ぶ。答えるように、姿なき敵の気配が一段と鋭くなった。
「あ、今の効いたっぽい。図星突かれると弱いタイプかもよ、それ」
紅華も追い打ちをかけるように笑う。
「にしても、こういう戦い方って一番腹立つよね。姿隠して不意打ちとか、根性なしのやり方じゃん」
「お前が言うと妙に説得力ないな。猪突猛進しない時は不意打ちばかりしてるくせに」
「あれは戦術っていうの。一緒にしないでくれる?」
軽口を叩き合いながらも、二人の武器の動きは一瞬たりとも緩まなかった。剣先は常に次の斬撃へと備え、銃口は常に次の標的を探っている。
「――動いた、そこ!」
蒼司が僅かな空気の揺らぎを察知し、剣を振るう。狙いは寸分違わず、敵の輪郭があったであろう場所を正確に捉えた。
「くっ――」
悲鳴と共に瘴魔の退役が散る。だが、致命打には遠い。
「なんかさ、これ効率悪すぎない? 削っても削っても芯まで届かない感じ」
紅華が苛立たしげに呟いた。
「だよな。姿見えないから、急所がどこにあるかも分かんねえし」
蒼司も、剣を握る手に力を込めながら舌打ちする。
姿なき敵は、時折空間そのものを裂いて瘴魔の増援を呼び込もうとした。そのたびに蒼司が斬り込んで牽制し、紅華が銃撃で押し留める。二人の連携は噛み合っていたが、決定的な一撃には至らなかった。
「――ねえ、これいつまで続くと思う?」
紅華が肩で息をしながら聞く。
「知らねえよ。俺だって早く終わらせたいっつーの」
「じゃあ、さっさと終わらせなさいよ。こういう時の見せ場でしょ、あんた」
「無茶ぶりすぎるだろ、それ」
言い合いながらも、二人の呼吸は乱れ始めていた。長引く消耗戦は、確実に体力を削っていく。
「――もう、まどろっこしいのなしだ」
蒼司は剣を鞘に一度収め、通信用のデバイスに手をかけた。
「翡翠、聞いてるか」
「――はいはい、聞いてるよ。どうしたの、そっち」
通信の向こうから、翡翠のいつも通り気だるげな声が返ってくる。
「姿の見えない敵と鉢合わせてる。埒が明かないから、そっちの力を借りたい」
「力って、もしかして迫撃砲もどきのレーザーの事?」
「ああ。派手にやってくれ。座標送る」
「――ちょっと待って、本気で言ってる? お姉さんに丸投げする気満々じゃん、それ」
「他に方法ねえんだよ、こっちも。このまま続けてたら、その内ぺちゃんこにされちまう」
蒼司はデバイスを操作し、周辺一帯の座標を送信した。
「――蒼司、あんた正気? 自分も巻き込まれるかもしれないんだよ、それ。てか、まえも巻き込まれてたわよね?」
紅華が眉を寄せる。
「他に方法ねえだろ。姿見えねえ以上、範囲ごと潰すしかない」
「脳筋プレイ過ぎでしょ」
「今回だけは翡翠に美味しい所あげる」
通信の向こうで、翡翠が小さく笑う気配がした。
「――まあ、面白そうだからいいけどね。了解、ちょっと待って、狙点合わせるから。二人とも、頭低くしといてね」
二人は瓦礫の陰へと身を寄せた。
数秒後、遠く上空から、甲高い風切り音が空を裂いた。
「――来た!」
蒼司の声と同時に、無数の光の弾が、緩やかな放物線を描きながら降り注ぎ始めた。それは一発ではなかった。二発、三発、四発――まるで迫撃砲の乱射のように、次々と着弾していく。
「ちょっ、多すぎだろこれ!」
「だから言ったじゃん、巻き込まれるって!」
二人は瓦礫の陰で身を縮めながら、爆音と閃光の嵐をやり過ごした。地面が何度も跳ね、土煙が視界を覆い尽くす。
「うわ、近い、近い、近い!髪の毛チリって当たった!!微妙に当たった!!」
「頭下げてなさいってば!禿げるわよ!!」
轟音が連続し、周囲一帯が瞬く間に更地に近い状態へと変わっていく。爆風が瓦礫の陰にまで届き、二人の体を軽く揺らした。
「――終わったか、これ?」
しばらくして、蒼司が恐る恐る顔を上げる。
「みたいね」
紅華も、土煙の向こうを警戒しながら立ち上がった。
だが、二人の視線が、ふと同じ場所に釘付けになった。
爆撃で巻き上げられた粉塵――その細かな塵が、空間の一角にだけ、まるで何かに纏わりつくように留まっていたのだ。目には見えない輪郭に沿って、埃が薄く積もり、うっすらとした人型のシルエットを浮かび上がらせている。
「……ちょっと、あれ」
紅華が、思わず声を漏らした。
「効いているかは兎も角、見えた、っていうか……浮き出てる?」
「粉塵が、あいつの体表に纏わり付いてるのか」
蒼司も目を見開いた。
「完全に見えないわけじゃなくて、埃とか塵に紛れれば、輪郭が拾えるってことね」
二人は、顔を見合わせた。
「――それだ」
蒼司の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。
「攻略法、見つけたかもな」
「でしょうね」
紅華もまた、不敵な笑みを浮かべながら、二丁の拳銃を構え直した。
あとがき・幻のNGシーン集
~姿なき瘴魔との戦い、その裏側~
NG① 透明な敵に困惑する蒼司
蒼司「……見えねえ」
紅華「うん」
蒼司「……本当に見えねえ」
紅華「だから透明って言ってるじゃん」
蒼司「いや、こう……主人公補正で見えるとかないのか?」
紅華「ないわよ」
蒼司「薄情な世界だな」
NG② 蒼司、気配を読む
蒼司「来る……!」
紅華「どこ!?」
蒼司「右!」
(誰もいない)
紅華「……」
蒼司「……」
紅華「今のは?」
蒼司「フェイント」
紅華「敵の?」
蒼司「俺の」
紅華「意味分かんない」
NG③ 紅華の銃撃
紅華「当たった!」
蒼司「やったか!?」
紅華「その台詞、死亡フラグだからやめて」
蒼司「でも言いたくなるだろ」
紅華「ならない」
蒼司「主人公なら一度は言う」
紅華「その後、敵が復活するやつね」
蒼司「……」
紅華「ほら」
NG④ 翡翠への通信前
蒼司「このままだと埒が明かねえ」
紅華「何か策あるの?」
蒼司「ある」
紅華「珍しい」
蒼司「翡翠を呼ぶ」
紅華「それ策って言う?」
蒼司「強い奴を呼ぶ。これ以上ない戦術だろ」
紅華「開き直った脳筋じゃん」
NG⑤ 翡翠、巻き込まれる未来を察知
翡翠「確認するけど」
蒼司「ん?」
翡翠「撃ったらあなた達も巻き込まれるよね?」
蒼司「大丈夫」
翡翠「何が?」
蒼司「たぶん」
翡翠「その“大丈夫”が一番信用できない」
紅華「私も同意」
NG⑥ レーザー着弾直前
翡翠「撃つよ」
蒼司「頼む!」
紅華「ちょっと待って」
蒼司「どうした?」
紅華「私たち、あの爆撃範囲の中にいるよね?」
蒼司「……」
紅華「ね?」
蒼司「細かいことは気にするな」
紅華「命が細かい扱いされた」
NG⑦ 瘴魔さん側の愚痴
瘴魔「我の透明化能力は完璧……誰にも姿は見えぬ……」
(数秒後)
瘴魔「なんで埃が付着してるんだ」
瘴魔「違うだろ。もっとこう、魔眼とか解析とかあるだろ」
瘴魔「粉塵ってなんだ」
NG⑧ 作者会議
作者「今回は知略で敵の能力を攻略します」
蒼司「爆撃」
紅華「爆撃」
翡翠「私が撃つ」
作者「……」
作者「粉塵を利用した高度な知略です」
紅華「言い換えただけじゃん」
作者「瘴魔さんは現在、 「透明化したら絨毯爆撃に遭う」 という人生初の経験を味わっております」




