第13話「見えない気配」
黒い翼を持つ人型の個体が空へと消えてから、しばらくの間、誰も口を開かなかった。
「……とりあえず、一旦下がるぞ」
沈黙を破ったのは志摩だった。彼は周囲を見渡し、負傷した部下たちの様子を確認する。
「白雨さん、鬼頭さん、御影さん、黒瀬さん、動けるか」
「なんとか。かすり傷かすり傷」
白雨が肩を回しながら答える。強がっているのは明らかだったが、それでも彼女の目にはまだ闘志が残っていた。
「俺も平気だ」
鬼頭が短く応じる。
「わたくしも問題ありませんわ」
「同様です」
御影と黒瀬も頷いた。だが、四人とも先程の戦闘で装備のあちこちが焼け焦げ、無事とは言い難い有様だった。
「蒼司、紅華、翡翠は」
紫音が振り返って確認する。
「私はぴんぴんしてる」
「私も大丈夫」
紅華と翡翠が答えると、蒼司も肩をすくめた。
「まあ、あちこち痛いけど、動けないほどじゃない」
「よし」
志摩は一同を見渡してから、大きく息を吐いた。
「今の状況を、まず整理しよう」
*
簡易テントの下、志摩は地図を広げながら、今日起きたことを口に出して確認していった。
「まず、東部裂界の越境数が異常に増加している。次に、封鎖の際どい区域に住民が入り込んでいた事実が判明した――ゆうとの母親のことだ。それから、通常の何倍もの体格を持つはずの瘴魔の足跡が発見されたが、該当する個体は誰も目撃していない」
「そして、人語を話す人型の個体、ですね」
紫音が続けた。
「『タスケテ』、そして『シニタイ』。あれが単なる瘴魔の反応だとは、俺には思えません」
「同感だ」
志摩は難しい顔で頷いた。
「もしかして、あの人が……その、化け物にされちゃった人なんじゃ……」
御影が、恐る恐る口を挟んだ。
「わたくしたちと同じ、人間だった可能性は、ないでしょうか」
その言葉に、テントの中の空気が重くなった。
「否定はできない」
紫音が静かに応じる。
「共鳴者は、瘴魔の力を取り込んでも人間のままでいられる。だが、もし取り込む力の量や質によっては……人間の形を保てなくなる可能性も、理論上はあり得ます」
「気持ち悪い話だな、それ」
蒼司が顔をしかめながら呟いた。
「――とにかく」
志摩が空気を変えるように、地図を軽く叩いた。
「今わかっている手がかりは三つだ。一つ、ゆうとの母親を含めた行方不明者の捜索。二つ、異常な足跡の正体。三つ、あの人型の個体の行方。今回は、三班に分けて動く」
*
「まず、俺と翡翠さん、志摩さん、ゆうとの四人は野営地待機だ」
紫音がそう告げると、蒼司が意外そうな顔をした。
「え、紫音は行かないのか」
「今回は、後方の指揮と連絡役に回る。それに、ゆうと一人を置いていくわけにもいかない」
「……僕、また留守番なんだ」
ゆうとが、少しだけ寂しそうな顔をする。
「ちゃんと守るから安心して」
翡翠が頭を撫でると、ゆうとは小さく頷いた。
「白雨と鬼頭は、東側の集落跡を中心に行方不明者を捜索してくれ」
志摩が続ける。
「わかりました」
「了解だ」
「御影と黒瀬は、西側の避難ルート沿いを頼む」
「かしこまりました」
「承知しました」
「そして――蒼司、紅華」
志摩の視線が、二人へと向いた。
「お前らは、あの巨大な足跡を追ってくれ。二人なら、機動力もあるし、何かあってもすぐに対応できるだろう」
「おっしゃ、任せろ」
「第七前衛コンビ爆誕ね」
紅華が軽く笑うと、蒼司も口の端を上げた。
「派手にやろうぜ」
*
蒼司と紅華は、志摩たちの部隊と別れ、二人だけで足跡が発見された一帯へと向かった。
「――この辺りだな」
蒼司が足を止める。地面には、確かに巨大な窪みがいくつも刻まれていた。
「でっか」
紅華が窪みの一つを覗き込みながら口笛を吹く。
「この歩幅からすると、体長は少なくとも十数メートルはありそうだな」
二人は足跡を辿りながら、慎重に周囲を探り始めた。
だが、しばらく進んだところで、蒼司の足が不意に止まった。
「……なんか、いるな」
「え?」
「気配。誰かに見られてるっていうか、監視されてる感じがする」
蒼司は剣の柄に手をかけ、周囲を見回した。だが、視界には何もない。瓦礫と、静まり返った荒れ地が広がるだけだった。
「気のせいじゃない?」
紅華が軽く言うが、蒼司の表情は真剣だった。
「いや、確実にいる。ただ……姿が、見えない」
「見えない、って」
紅華が眉を寄せたその瞬間だった。
二人の目の前、空間そのものが、まるで薄い布を切り裂くように、真っ二つに裂けた。
「――なっ!?」
裂け目の向こうから、無数の瘴魔が奔流のように溢れ出してくる。
「うわ、量やば!」
「引くぞ、紅華!」
「言われなくても!」
二人は瘴魔を斬り、撃ちながら、じりじりと後退を始めた。押し寄せる瘴魔の数は、これまでの比ではなかった。まるで裂け目そのものが、際限なく瘴魔を吐き出し続けているようだった。
「くそ、キリがない!」
「文句言ってる暇あったら手動かしなさいよ!」
剣を振るい、銃弾を放ちながら、二人は少しずつ距離を稼いでいく。だが、蒼司の意識の端には、ずっとあの奇妙な感覚が張り付いたままだった。
「――こいつら以外に、まだ何かいる」
「は?」
「さっきの気配、まだ消えてない。むしろ、近い」
紅華がちらりと周囲を見回すが、やはり何も見えない。
「気味悪いこと言わないでよ」
「言いたくて言ってるんじゃねえよ!」
二人はなんとか瘴魔の群れを振り切り、少し開けた場所まで後退した。
*
「はぁ……はぁ……」
瓦礫を背に、二人は肩で息をしながら、ようやく一息ついた。
「にしても、あんなに湧くとは思わなかったな」
「まったくだよ」
紅華が汗を拭いながら、ふと蒼司を見た。
「――で、さっきの『気配』ってやつ、まだ感じるの?」
「……ああ、正直、ずっとある」
「大丈夫? キレすぎて幻覚見てるとかじゃないよね」
「んなわけあるか。お前だって、あんだけの数と戦って冷静でいられるか?」
「まあ、それもそっか」
紅華は軽く笑いながら、からかうように続けた。
「でもさ、姿が見えない敵とか、正直ちょっとロマンあるよね。忍者みたいでさ」
「お前、ちょっとは緊張感持てよ」
「持ってるって。持った上で言ってんの」
軽口を叩き合っていた、その時だった。
紅華のすぐ目の前――何もなかったはずの地面が、突然、大きく陥没した。
「――っ!?」
紅華が思わず後ろに飛び退く。
「な、なに今の!?」
「言っただろ、いるって!」
紅華は舌打ちすると、すぐさま二丁の拳銃型ガジェットを構え、陥没した地面の中心に向けて発砲した。
銃声が響き渡ると同時に、何かに命中した鈍い音が返ってくる。
「――当たった」
姿は、依然として見えない。だが、確かにそこに何かがいる。手応えとして、それだけは確かだった。
「……マジで見えないな、これ」
蒼司が二本の剣を構え直しながら、目を細める。
「なんかいるってことは、はっきりしたじゃん」
紅華もまた、拳銃を構え直しながら、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「――上等じゃない」
二人は、互いに背を預けるようにして立ち位置を取り直す。姿の見えない敵を前に、恐れよりも、獰猛な笑みの方が先に浮かんでいた。
「――やるか」
「――やろっか」
蒼司と紅華は、それぞれの武器を構え、見えない気配の気配へと意識を集中させた。
蒼司
「なぁ……」
紅華
「また何?」
蒼司
「今回の敵さ……」
紅華
「うん。」
蒼司
「姿が見えないんだけど。」
紫音
「そうだな。」
蒼司
「つまりさ……」
翡翠
「……何?」
蒼司
「見えない触手とか出てきたりしないよな?」
紅華
「何その心配。」
蒼司
「いや、姿が見えない敵って聞いたら嫌な予感するだろ!」
紫音
「お前、敵の能力より先にそこを警戒するのか。」
蒼司
「大事なことだろ!?」
翡翠
「蒼司、戦闘中に余計なこと考えすぎ。」
蒼司
「命に関わるかもしれないだろ!?」
紅華
「でもまあ、見えない敵って厄介なのは確かだよね。」
蒼司
「ほら、紅華も分かってるじゃん!」
紅華
「見えないところから攻撃されるとか。」
紫音
「普通はそっちの意味だな。」
蒼司
「……。」
翡翠
「何を想像してたの?」
蒼司
「何も想像してねぇよ!!」
紅華
「その反応が怪しいんだけど。」
蒼司
「怪しくない!」
紫音
「まあいい。」
蒼司
「よくないだろ!」
紫音
「ということで、第13話『見えない気配』でした。」
翡翠
「姿の見えない敵の正体はまだ不明。」
紅華
「次回、蒼司たちはこの敵にどう立ち向かうのか!」
蒼司
「そして次回こそ俺が大活躍する!」
紫音
「期待しすぎるな。」
蒼司
「そこは応援しろよ!」
紅華
「もし『続きが気になる!』と思ってくれたら――」
翡翠
「ブックマークや評価、感想をもらえると嬉しいです。」
蒼司
「作者のやる気が一気に上がるらしいぞ。」
紫音
「単純だからな。」
蒼司
「余計な一言!」
紅華
「それじゃあ――」
四人
「次回もよろしくお願いします!」




