第11話「タスケテ…」
瓦礫の陰、青い炎に照らされたその輪郭は、確かに――他のどの瘴魔とも異なる、不気味な静けさを纏っていた。
やがて、その影がゆっくりと立ち上がる。
「……あれ」
白雨が息を呑んだ。
人型だった。
二足で立ち、腕があり、頭部らしき部位もある。だが、輪郭の端々からは黒い瘴気のようなものが絶えず立ち上っており、明らかに人間ではないとわかる異様さを纏っていた。
「人型の瘴魔なんて、聞いたことないぞ……」
鬼頭が声を震わせる。
その人型の個体は、周囲に散らばっていた瘴魔たちを――まるで従えるように、次々と自分の後方へと引き連れ始めた。統率された動きだった。これまでの瘴魔にはあり得ない、明確な意思を感じさせる動きだった。
「あれ、蒼司さんの方に向かってます!」
御影が声を上げる。人型の個体は、無数の瘴魔を引き連れたまま、まっすぐに蒼司の方角へと進み始めていた。
「――まずい」
志摩が真っ先に反応した。腰の武装に手をかけ、駆け出そうとする。
「俺も行く。お前ら、続け」
「隊長!」
白雨たちも慌てて後に続こうとした、その時だった。
「――志摩さん、待ってください」
紫音の声が、静かに、しかしはっきりと割り込んだ。
「なんだ、今は一刻を争う場面だぞ」
「わかってます。だからこそ、ここは俺たちに任せてください」
「お前らって、蒼司はあそこにいるんだぞ。援護が必要だろう」
志摩の言葉に、紫音は小さく首を振った。
「援護は出します。ただし、志摩さんたちが前に出る必要はありません」
「――どういうことだ」
「ウチの狙撃手に、あの群れごと爆撃させます」
その一言に、志摩も、白雨たちも、一瞬言葉を失った。
「爆撃って……お前、蒼司はあの近くにいるんだぞ」
「多少巻き込みますけど、死にはしません。あいつは頑丈だけが取り柄なので」
「頑丈で済ませていい問題か、それ」
志摩が思わず声を荒げる。だが、紫音の表情に迷いはなかった。
「時間がありません。判断させてもらいます」
*
紫音はデバイスを操作し、通信の周波数をこちらの小隊内だけの回線へと切り替えた。
「――聞こえるか。座標を送る」
短くそれだけ告げ、人型の個体と、その周囲に群がる瘴魔の座標情報を転送する。応答は、一言だけだった。
「……了解。ちょっと待って、狙点合わせるから」
声は、紫音の耳元だけに小さく響き、周囲の志摩たちには聞き取れなかった。
「――今、何と?」
黒瀬が怪訝そうに問う。
「準備ができたそうです。もうすぐ来ます」
「もうすぐって、どこから――」
黒瀬の言葉は、最後まで続かなかった。
遠く、地平線の向こうから、甲高い風切り音が空を裂いた。
それは、まるで迫撃砲のような、緩やかな放物線を描く軌道だった。青白い光の弾が、空を横切るように、ゆっくりと、しかし確実に狙点へと吸い込まれていく。
「――は?」
白雨が呆然と、その光跡を目で追った。
「今の、どこから撃ってるんですか。全然見えないんですけど」
「相当遠くからだと思います。あいつの狙撃範囲は、俺も正確には把握しきれてないので」
「あいつ、って……」
御影が問いかけようとするが、紫音はそれ以上、名前を口にしなかった。
光弾は、人型の個体と、その周囲に群がる瘴魔の群れの真上へと着弾した。
直後、地面全体を揺るがすほどの爆発が巻き起こった。
轟音と共に土煙が空高く立ち上り、周囲の瓦礫がまるで爆風に押し流されるように吹き飛んでいく。爆心地の近く――ほんの僅かにその範囲に、蒼司の姿もあった。
紫音のデバイスから、微かに蒼司の抗議する声が漏れ聞こえてきた。何を言っているかまでは、志摩たちには聞き取れない。
「――ちょ、待っ、それ俺のこと巻き込んで――」
「うるさい、ちょっと痺れてるだけでしょ」
その一言も、紫音だけに届いていた。
「……あの、蒼司さんも巻き込んでませんでした?」
御影が恐る恐る志摩に確認する。
「巻き込んでたな」
「大丈夫なんですか、それ」
「――大丈夫らしい」
紫音は特に慌てる様子もなく、デバイス越しに淡々と答えた。
「蒼司、生きてるな」
小さく漏れ聞こえた声から察するに、蒼司は何やらまだ文句を言っているようだったが、紫音はそれをあっさりと聞き流した。
「はいはい」
「――『はいはい』で流していいんですか、これ」
白雨が、思わず志摩に問いかける。志摩は複雑な表情のまま、乾いた笑いを漏らした。
「……第七小隊、噂以上に規格外だな」
「隊長、さっきの狙撃、誰がやったんですか」
鬼頭が興味津々に尋ねる。志摩は一瞬言葉に詰まったが、結局は曖昧に答えるに留めた。
「……第七小隊のもう一人だ。詳しいことは、俺の口からは言えん」
「秘密主義ですね」
「向こうの事情もあるんだろう。詮索するな」
誰も、それ以上言葉を続けられなかった。
*
土煙が徐々に晴れていく。
着弾地点周辺、無数にいたはずの瘴魔の群れは、その爆撃によってほとんどが消し飛んでいた。焦げた地面と、崩れた瓦礫だけが残された荒野の中心――そこに、たった一体だけ、まだ人の形を保った影が立っていた。
「……嘘だろ」
白雨が、思わず声を漏らす。
「あの威力を、まともに喰らって生きてるんですか」
「今の狙撃をまともに受けて生存する個体なんて、今まで見たことないぞ」
鬼頭も、信じられないという顔で呟いた。
人型の個体は、体の一部が焼け焦げ、黒い瘴気を纏った輪郭も僅かに揺らいでいる。だが、それでも、確かにそこに立ち続けていた。
その様子を、少し離れた場所から蒼司が見つめていた。
「――お前が、親玉か?」
蒼司は青と白の剣を構え直しながら、ゆっくりとその個体へと歩み寄っていく。ここまで戦い続けたことで、彼の全身にはまだ僅かに蒼い炎が揺らめいていた。
「ようやく本命とご対面ってわけだ」
人型の個体は、答えなかった。ただ、ゆっくりと蒼司の方へと顔を――もし顔と呼べる部位があるならば――向けた。
「……ま、話が通じる相手かどうかは知らないけどな」
蒼司が剣を大きく構え、間合いを詰めようとした、その瞬間だった。
人型の個体が、静かに右手を持ち上げた。
何かが起きた、という予感すらなかった。
次の瞬間、蒼司の体が、まるで見えない何かに殴りつけられたかのように、勢いよく吹き飛ばされていた。
「――っ!?」
蒼司の体が地面を何度も跳ねながら転がり、瓦礫にぶつかってようやく止まる。
「――蒼司!」
紫音の声色が、初めて明確に変わった。
「志摩さん、行きます!」
「ああ、こっちも行くぞ!」
紫音が駆け出すと同時に、志摩たち五人もそれに続いた。今度は、紫音もそれを止めなかった。
「――蒼司、無事か!」
紫音が真っ先に駆け寄り、蒼司の体を支え起こす。
「い、いって……なんだ、今の……」
蒼司は呻きながらも、なんとか身を起こした。目立った外傷はないようだったが、明らかに何か、目に見えない衝撃を受けた様子だった。
全員の視線が、再び人型の個体へと向く。
その個体は、右手を上げたままの姿勢で、静かにそこに立っていた。焼け焦げた輪郭の中、黒い瘴気が緩やかに揺らめいている。
「……あれは、一体」
志摩が、警戒を緩めないまま呟いた。
その時だった。
人型の個体の輪郭が、僅かに震えた。まるで、何かに耐えているかのように。
そして――
「タスケテ……」
掠れた、けれど確かに、人の言葉として聞き取れる声が、その口から漏れた。
その場にいた全員が、言葉を失った。
【蒼司】
「はい、第11話終了ー! ……って、おい紫音! 味方ごと爆撃するとか聞いてねぇぞ!」
【紫音】
「生きてるから問題ない。」
【蒼司】
「問題しかねぇよ!」
【紅華】
「でも吹っ飛んだ蒼司、ちょっと面白かった。」
【蒼司】
「笑うな!」
【翡翠】
「私も『あ、今回は三回転くらいしたな』って見てました。」
【蒼司】
「お前まで!?」
【紫音】
「……読者の皆さんも、ちゃんと生存確認できたので安心してください。」
【蒼司】
「俺の命で安心すんな。」
【紅華】
「ところで作者が、『ブックマークと★★★★★評価が欲しい』って泣いてたよ。」
【蒼司】
「お前、自分で言えよ作者。」
【翡翠】
「恥ずかしいらしいです。」
【蒼司】
「じゃあ俺たちに言わせるな!」
【紫音】
「というわけで、続きが気になる方はブックマークと評価をお願いします。」
【蒼司】
「お願いしまーす! 作者のやる気ゲージが上がるらしいです! ……たぶん!」
【紅華】
「上がらなかったら?」
【蒼司】
「その時は作者を男女平等パンチしとく。」
【作者】
「やめて。」




