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倭王年代記  作者: 水前寺鯉太郎
巻の二:神殺し戦記(上)(第2章 東征準備編)

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第49話

灼熱の白夜、マカツの山道。

 イワレビコが熱波に焼かれ、一歩ごとに命を削りながら進む中、後方の本陣では絶望が完成しようとしていた。兵士たちは渇きに倒れ、ニニギの傷口からは蒸気が立ち上っている。もはや、人間の医術では死という物理法則を覆すことは不可能に思われた。


「……ここまで……か」


 ニニギを支えるサクヤが、乾ききった喉で呟いた、その時だった。

 陽炎の向こうから、一人の男が静かに歩み寄ってきた。男の身には静かな光が宿っていた。しかし、その光は太陽のような熱ではなく、森の奥深くで湧き出る泉のような冷気を孕んでいる。彼の手には、一本の太い木の杖。そこには、生きた蛇が螺旋を描くように巻き付いていた。


「……天の熱が、多くの命を焼いているようだ。……医者として、これは見過ごせんな」


 現れたのは、天界最高の医術を司る神。彼は倒れ伏す兵士たちを見渡すと、静かに杖を大地に突き立てた。

 ――神権・「医神の聖域」。


 杖に巻き付いた蛇が、意志を持つ緑の煙となって広がった。その煙に触れた瞬間、兵士たちの体温は急速に安定し、渇きに焼かれた喉が潤いを取り戻していく。それは魔法による治癒ではない。人体の細胞一つ一つに生きろという強制命令を下し、環境適応能力を極限まで引き上げる、神の医術だった。


「……あ、……ぁ……。……身体が……軽い……」


 ニニギが、信じられぬ表情で自らの腕を見つめる。膿んでいた傷口からは不浄な塩水が排出され、新たな肉が急速に再生を始めていた。


「……礼を言うのは早い。私はただ、死の閾値を一時的に引き上げたに過ぎん。……あの上にいる太陽をどうにかしなければ、数刻後には再び焼かれることになる」


 医神は、空に居座るアマテラスの光を見上げた。その瞳には、理知的で冷徹な生への執念が宿っている。


「……イワレビコ王。……君が太陽を引きずり下ろすまで、この地の命は私が繋いでおこう。……存分に、神の心臓を穿つがいい」


 全滅を待つだけだった人間軍に、わずかではあるが、しかし確かな反撃のための時間が与えられた。

 山頂に立つイワレビコの元に、冷たい風が吹き抜ける。それが医神の助力であると直感した王は、義手の左腕を強く握り込み、黄金の瞳で太陽の核心を睨み据えた。


「……待たせたな、アマテラス。……ここからが、……本当の戦争だ」


 その言葉が消えるよりも早く。フツヌシの直刀が、音もなく閃いた。

 イワレビコは天の沼矛を横に払い、火花を散らしながら受け止めた。


「……言ったはずだ、神殺しの王よ。……お前の首は、俺がもらうと」

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